バー Smoke & Spirits 03

 バーSmoke & Spiritsはいつでも落ち着いた雰囲気に包まれている。

 俺はリュックから出ると、バーの休憩室へ向かった。後ろから康平も付いてきている。休憩室には木のパネルが嵌められた壁と作り付けの本棚が壁を囲んでいる。ドアの正面の壁には暖炉型ヒーターが埋め込まれている。壁のところどころにランプ型の照明が並んでいるだけだが、店内よりは明るい。また、明るい色調のソファー脇にあるサイドテーブルには読書用のランプが置かれている。その隣にあるのが猫用トイレだ。俺が用を足している間に康平はオットマンの位置を調整し、足の上でノートパソコンを起動した。USBポートにペン型カメラを繋いでいるので先ほどの映像を確認するつもりらしい。俺も隣に座って観察することにした。

 映像は新宿駅を出たところから始まっている。ペットショップのあるビルに入る辺りでマスターが休憩室に入って来た。

「帰って来ていたのか、康平」

 マスターは天井近くの本棚から一冊抜き取ると康平の向かいの椅子に座った。俺がその椅子のひじ掛け部分に飛び乗るとそっと背中を撫でてくれる。本は紙に墨で書かれた手書きの古い写本に見える。中国語なのか漢字だけで書かれているが、マスターは辞書も無しで読めるらしい。「論語」とかいう書物だろうか?

「ペットショップも回って来た」

 康平は報告するように言うとパソコン画面をマスターへ向けなおして操作した。パソコンではスーツ男と黒服二人の声が再生されてくる。

「おやおや、康平、義星会とお付き合いがあるのかい?」

「無いし」

「出口っていうのは副会長補佐西澤にしざわの配下だ。喋ってるのはもう一人の副会長補佐和田わだの配下だろうね」

「特に何もしてこなかったからもういいんだろ」

「そうかね。おや、お客さんのようだよ、康平」

 康平がノートパソコンを閉じて立ち上がった。俺もひじ掛け部分から飛び降りると康平の後をついて休憩室を出た。短い廊下の先の階段上にあるドアを抜けると店舗のキッチン入り口とフロア用トイレが並んでいる。そこから出るとフロアのカウンター脇に繋がっている。テーブル席にMIS合同会社副社長の山本氏がいた。二人の男性を伴っている。そのうち一人はペットショップの入ったビルにいたスーツ男だ。 

「和田さん、アイツです」

 和田さん、と呼ばれた男性が康平を見る。若い、まだ三十代から四十代前半だろう。痩身を山本に劣らない高級スーツに包み、銀縁眼鏡の奥で一重の目が鋭い眼差しを放っている。雰囲気が変わったのを感じ取ったのか、山本氏が振り返った。

「小林さん、これは偶然ですね」

「こんばんは、山本さん」

「すいません、こちらは私のサイドビジネスのパートナーで和田さんです。和田さん、こちら、私の本業の方でお世話になってる探偵の小林さんです」

 義星会の副会長補佐、か。俺はカウンターの上に座った。あまり近づきたくないタイプの人間だからだ。そもそもこの店も「暴力団追放」のステッカーを入り口に掲示してるハズだが人間ってのはたまに「文盲」おっと「りてらしー能力が低め」になるからな。

「初めまして」

「初めまして、和田です。こちらは部下の田中といいます」

「よろしく、先日は後輩がお世話になったようで」

 にやにやと笑いながら田中がグラスを持ち上げた。

「後輩?」

佐藤直也さとうなおや、打撲と右手の複雑骨折でしばらく仕事できないから俺が代理しないといけないんだよね」

「大変ですね」

 どうやらペットショップの階段下で康平が叩きのめした金髪男は佐藤という名前らしい。他人事の様子な康平に田中は馬鹿にされている、と思ったのか何かを言おうとした。それを和田が片手で制した。

「MIS合同会社様とは今後とも末永くお付き合いしていきたいと思っています、小林さんもどうぞよろしく」

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