喫茶店 カイシャマエ 01

 竹内氏の婚約者はほり 栞理しおり嬢という。竹内氏のスマホからプリントした顔写真と、昨夜のうちに康平が作った簡単な経緯をまとめた紙が喫茶店「カイシャマエ」のテーブル上に広がっている。ふざけた名前だと思ったら、喫茶店の前には大きな会社があった。そこが栞理嬢の勤める「株式会社 大正モータース」本社だ。大手自動車メーカーのディーラーとして関東で随一の規模を誇り、さらに中古車販売でも全国展開している。最近は東南アジアや中東方面とも取引を開始したと聞く。オフィス街の平日の昼間、ということもあり新宿の路上のような悪臭がしないのは気分が良かった。

 ただ喫茶店ということもあり、俺はリュック型キャリーの中だ。非常に不満だ。文句を言うと、康平は眉毛をハの字にしてリュックを覗き込んできた。リュックをテーブル上に置き、どこから出しているのかと思うような声で舌足らずに語りかけてくる。

「ごめんね、ぎんちゃん、ちょっとだけガマンしてくだしゃいねぇ」

 隣のテーブルの若いビジネスマンが目をむいて康平を見ている。そして慌ててビジネスバッグからイヤホンを取り出すと両耳に差し込んだ。まぁ、いい。俺はテーブルの上にある栞理嬢の写真を眺めた。白い肌に目が2つに赤い口が1つ、長い髪の毛。よく見たらもう一枚の写真は別の女性だ。そっちも白い肌に目が2つに赤い口が1つ、長い髪の毛、間違い探しのようだが、栞理嬢よりも口が大きめか。

「すみません、お待たせしました」

 女性の声に顔を上げると、テーブルの傍に栞理嬢が立っていた。ベージュのニットにロングスカートで清楚に見えても良いはずなのにかなり華やかに感じた。俺を見ている。待ち合わせの目印は「美形猫おれ」だな。もちろん康平は彼女が近づいてくる前に資料を片付けて椅子から立ち上がっていたわけだが。

「小林 康平です」

「堀 栞理です」

 康平に促されて椅子に座ってから栞理嬢は康平をまっすぐ見て言った。サラサラとこげ茶色の長い髪が揺れていた。

「竹内からお話は伺っています、私に何か質問がおありとか?」

 隣の席でイヤホンを突っ込んだビジネスマンは栞理嬢から目が離せないらしい。その反応から判断するに人間の基準でいったら美人の部類に入るのだろう、それもかなりの。

 康平は口の大きい方の女性の写真を栞理嬢の前に出した。

「岡部 梨緒ですね。私の親友です、でした、と言うべきでしょうけど」

「竹内さんはあなたが岡部さんのことで悩んでいるのではないか、と心配されているようですが、何か悔やんでいることでもおありですか?」

 栞理嬢は少し目を伏せて迷っているようだったが、吐き出すように言った。

「梨緒から竹内を奪った、と言われているんです。だから、梨緒は自殺したのではないかって、間接的に私が殺したようなものだって言われているんです」

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