都営地下鉄 01
「私もね、岡部さんが刺されたって聞いた時最初に『堀さん遂にやっちゃったのか』って思ったのよ」
占部婦人は先ほど康平に食って掛かったのはなんだったのか、というほど毒を含んだ口調で告げた。
「岡部さんはそんなに恨まれるタイプだったんですか」
「だってあれはさすがにどうかと思うわよ。ほとんどの日常業務を全部堀さんに丸投げしてたらしいわよ。だから堀さんは毎日残業ってわけ」
「誰も注意しなかったんですか」
「してたわよ、私もしたことあった。そしたらね、岡部さん『私たち、中学の吹奏楽部の頃から一緒にいる仲だから』とか言い出して全然聞かなかったのよ。そんなこと関係ないって堀さんも言えばいいのに黙ってたわね。だから周りも本人が何も言わないならって感じでそのうち黙ったわけなんだけど」
占部婦人がSuicaで改札を通る。康平の腕はまだ掴まれているのだろうか、康平も左手の時計をかざして改札を抜けた。我々はどこに連れていかれているのだろうか? このホームは新宿とは反対方面行きじゃないのか?
「岡部さん、結婚するはずだったんだよね」
「婚約されていたんですか」
「そ。私、結構岡部さんとは仲良くしてたからさ、私は営業職だけど急ぎの事務とかお願いしてたし普段は社内にいないから喋りやすかったのかもしれないけど、一回『彼氏だ』って写真を見せてもらったことあるんだよね」
その事務をやってたのは誰だったんだろうな?
「で、今度は堀さんが寿退社するって言うからお相手とのツーショット写真を見せてもらったら同じ人だったんだよね」
「それって」
「二股ってやつなんじゃないかなと思って。だって岡部さん亡くなってからまだ半年だよ? 知り合うの、早すぎない?」
「だとしたら」
「お相手は気づかれてないって思ってたのかもしれないけど、女同士は気づいてたんじゃない? 同じ会社内だもの。醜く争ってたんじゃないかしらねぇ? だってベンチャーの社長さんだってよ?」
この時の占部婦人の声が歪んで聞こえたのはちょうどホームに入って来た地下鉄の音のせいだと思いたい。
地下鉄の車内は平日の昼間としてはそれなりに乗客がいた。康平がリュックを胸元に持ち帰るとリュックの中から占部婦人と向かい合うような形になったので俺は向きを変えた。
「それにね堀さんってさ、ああ見えて気が強いんだよね。岡部さんが堀さんに『栞理は音楽室から追い出したこともあるくらいよねぇ』って休憩室で二人きりの時に言ってたし。あ、私は偶然外回りから戻って来てただけなんだけどね」
駅に停車した。やっぱり反対方向だ。おい、康平電車から降りよう。このままいくと荒川を越えるぞ。
「そんなこと言われたら堀さんのイメージだと泣いちゃいそうですけど」
「そう見えたでしょ? そんなことないのよ、堀さん、もう真っ青というか白っぽくなってたもの、相当怒ってたんじゃないかしら、あれ」
「お二人は中学卒業以来、久しぶりに会社で再会したんですか」
「附属高校から大学までずーっと一緒だったらしいわよ。そうね、あんまり話題にはなってないけど。なんだってあんなに中学にこだわってるのかしらね。それと、もう一つ」
占部婦人は吊革につかまっていた手を康平の腕にからめ、康平の顔を下から見上げるようにした。
「堀さんは会長の
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