バー Smoke & Spirits 01
おっと自己紹介が遅れたが、俺は猫。名前は
大きくて艶やかな灰色の身体をしたセクシーな雄猫だ。
相棒は
俺に「天晴門院」なんて苗字を与えるあたり、人間として成熟しているのかどうか、いささか疑わしいが俺の餌代には困っていないようだ。
ここは「
薄暗い店内にはカウンターとピアノ、テーブル席がいくつか、それに付属品のようなマスターとサーバーがいる。よく磨かれた一枚板のカウンターの端に俺は座っている。目立たないように設えられた空気清浄機のおかげで、店内に燻る葉巻の煙は俺の周りではかき消されている。音量を絞ったジャズやクラシックが流されているが、俺のお気に入りは時折やってくる若いピアニストたちだ。皆なかなか選曲が宜しい。
俺の受難を知ったマスターの嘆きは見ものだった。大仰な仕草で高橋嬢に礼を言い、店の奥にいる人間にハンカチを洗わせてアイロンをかけさせた。
「それにしても、まだ若いお嬢さんがお一人で、しかも夜になってからあの辺りを調べるのはおすすめできませんよ」
穏やかにマスターが言うと、高橋嬢は少し不服そうに「私、もう子供じゃありません。成人してます」と言った。隣では康平が俺のリュックをおしぼりで拭いている。その手を止めて言った。
「
義星会とは
「それならちょっと兼ね合いもあるから、そのペットショップについては少し調べておきますよ」
マスターがフルーツの盛り合わせを高橋嬢の前にどうぞ、と勧めながら言った。高橋嬢はその途端に身体を前に乗り出した。
「本当ですか? ありがとうございます」
連絡先はここです、と高橋嬢はメモ帳を一枚切り取り、携帯電話の電話番号と「
「康平、その男は今どこにいる?」
「病院じゃないかな」
「まだ」
生きているのか、と俺の耳には聞こえた。人間の耳には聞き取れなかっただろう。
「痛めつけておいたから、もう無いだろ」
それで会話は終わり、とばかりに康平は目の前に置かれたアイスティーを飲んだ。
その客に気が付いたのは当然、マスターが最初だった。
もちろん、俺の聴覚は人間よりも鋭い、存在には気が付いていた。だが客が落ち込んでいるのか、だとしたら誰かと喋りたいのか、そっとしておいてほしいのか、そういう心の機微ってヤツはマスターの方が敏感だ。
高価そうなスーツを着たその客はカウンターに座った。程なくしてその客の前にグラスが置かれた。やがてマスターの穏やかな口調はその男が悩んでいることを語らせていた。恋人関係の悩みらしい。
放っておけばいいものを、マスターが康平を紹介する。男は立ち上がった。高級スポーツジムに定期的に通っているのであろう良く引き締まった170センチくらいの身体は有能な経営者そのもの、といったところか。
「隣、いいかな?」
有無を言わさず男は康平の横に座った。藁にもすがる思いなのか、俺なら康平よりは藁にすがるね。
「探偵さん、なんだって?」
「一応ね」
「依頼したいことがあるんだ」
康平はマスターを一瞥した。厄介ごとを持ち込まれた、とでも思っているんだろう。マスターの方は、と見れば微かに笑っているような表情をしている。
「
康平が微かに頭を傾けて続きを促した。
「栞理は今度結婚することにしている相手なんだが、最近、どうも様子がおかしいんだ。なんというか、マリッジブルーなんじゃないかって知り合いたちには言われているんだけれど」
「それならカノジョの友達かセラピストに頼む方がいい」
「わかってる、ただ、栞理の親友だった
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