8話 それぞれの想い

★ 矢野愛(side)

 

「はぁ~、危なかった~あの笑顔は流石にずるいよ……」


 愛は悪琉と別れた後深く息を吸ってそう言った。

 愛は自分自身でびっくりしていた、悪琉の不意に見せてくる笑顔を見るたびに心臓がバクバクしている事に。

 

「それにしても佐野君、バスケしてる時凄く楽しそうだったな、子供みたいに目がキラキラしてたし」


 私自身考えないようにしていたけど自身の気持ちの変化にははっきり気づいてる。

 佐野君と話している時に傑には感じた事の無い感情が現れている事に。

 私自身傑の事が好きなんだと思っていたけど、佐野君に感じてる気持ちに気づき傑に感じていたのは恋ではないと理解した。


「でも、私には似合わないな……」


 愛の自分自身への評価は全然表情が変わらずに面白味の無い人間、恋とは一番遠い存在、そんな感じだ。

 それ故にその思いを表に出さずに頑張ろう、そう心に決めた。


 家に着きベッドに飛び込んだ。


「あっそうだ、さっきお兄ちゃんに話した事とか佐野君に伝えないと」


 そう言って、スマホを手に取った。


『今日はお疲れ様』

『お兄ちゃんが佐野君に部活入るか聞いてって言われたけど、どんな感じですか?』

『多分入ると思うぞ、思ったより全然歓迎されてたしな』

『そう、分かったわ、じゃあそう伝えるわ』


 佐野君は部活に入ってくれるんだ。

 そう思い少し微笑んだ。


『あぁ、色々ありがとな』

『助けてくれたんだから、これ位普通よ』

『それでも助かってるのは事実だしな、本当に感謝してるよ、矢野も何かあれば気軽に相談してくれよ』

『えぇ、ならお言葉に甘えてさせて貰おうかしら』

『あぁ、俺に出来ることなら何でも助けるぞ』

『明日もあるし私はこれで失礼するわ、お休みなさい』

『そうだな、お休み』


 そんな感じのやり取りが終わり、愛は枕をぎゅっと掴んだ。

 愛は普段誰かを頼るみたいな事は決してしなかった、何故なら弱い自分を例え幼馴染だとしても見せたくなかったからだ。

 それなのに悪琉にそう言われたら素直に嬉しくなって頼ってみてもいいと感じていた。


「にしても、噂ってやっぱり信用ならないな~」


 佐野君と一緒にいて嫌な気分になった事は一度もないし、寧ろ話せば話すほど良い人なんだなって事が感じ取れるし。


「そう言えば佐野君バスケ凄く上手かったし、かっこよかったな。正直目が離せなかったし、あの様子じゃ噂なんて直ぐに払拭されてモテモテになるんだろうなぁ」


 早苗先輩は驚いた様子で佐野君のプレーを見てたけどあれは、バスケ部が強化されて嬉しい、そんな感じの表情だった。

 意外なのは沙羅だ、あの傑一筋の子があんな表情をするとは思わなかった、あれは完全恋に落ちる一歩手前って感じだった。

 そう言えば沙羅も前、佐野君に助けられたんだっけ、それもあり元々悪い印象なかったのかな。

 にしても、びっくりだなぁ、近いうちに佐野君の事を沙羅と話してみようかな、少し恥ずかしいけど。


 そんな事思いながらいつの間にか眠っていた。


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◆ 神谷 傑(side)


 バスケ部の練習が終わり家に戻って考えていた。


「何がどうなってるんだ」


 絶望、苛立ち、そんな気持ちで呟いた。

 傑は試合で手も足も出なかった事、そしてそれ以上に愛が悪琉を一緒に部活に来て、一緒に帰って行った事の方が衝撃的だった。

 それに傑は試合中、自分の弱さを感じながらも愛と沙羅に情けない姿を見せている事に焦っていた。

 恐る恐る二人の方を見たら、目線が佐野に釘付けだった。その後チラチラ見てもずっと佐野の方を見ていた。

 そんな現実を受け入れられて無かった。


「大体おかしい、真面目な愛が佐野と一緒にいるなんて」


 傑は考えていた、悪い噂の多い佐野は愛が一番嫌いなタイプなはずだ。

 二人に接点は今まで無かったはずだ、それに中学から同じ学校なんだから噂を知らないはずがない。

 そんな考えを巡らせて自身の中で答えが出た。


「何か弱みを握られて、脅されてるんじゃないか」


 そんな結論を出した。


「絶対助けるから、もう少し待っててくれ、愛」


 ゲームではバスケで負けたこの時点では悔しさでバスケ部の練習を更に頑張ろうとするはずだった。

 しかし、愛が奪われる、その絶望から既にバスケの事はあまり考えられて無かった。


 傑の中でバスケより愛の方が大切だった故にそんな考えになってしまっていた。

 傑は幼馴染3人がずっと隣にいてくれるのが当たり前だと思ってた。

 この世界はエロゲの世界って事もあり一夫多妻制なのだ、だから大人になったら3人と結婚するつもりだった、それ故にに普段から男友達には、3人とは将来を誓い合って結婚する事になってると自慢していた。

 勿論そんな約束は誰もしていなかったが、何故か傑はそう信じて疑って無かった。


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★ 相沢 沙羅(side)


 私は私自身の気持ちが理解出来ずにいた。

 佐野君に助けられたあの日のあの顔が忘れられない。

 傑君と話している時は傑君の事だけを考えられるのだが、それ以外の時は不意に思い出してしまう。


 そんな時傑君に誘われてバスケ部を見学しに行った。

 そこで佐野君が来てびっくりした、しかも何故か愛ちゃんと一緒に来たから尚更だ。

 そして佐野君の試合を見ていた、素人目でも明らかにレベルが違った。

 前から薄っすらと感じていたが佐野君の噂が本当にかどうか怪しいと思っていた、話していて嫌な感じがしなかったからだ。

 そして佐野君が楽しそうに笑いながらバスケをしている姿に目を奪われ、誰にも聞こえない位の声で呟いた。


「かっこいいなぁ」


 勿論私は傑君の事が好きだ、小学校の頃、胸の成長が早くそれに関して男子に毎日のようにいじられていた。

 その子達からしたら虐めてるつもりは無かったのだろうが、私からしたら辛く虐められていると思っていた。

 それを助けてくれたのが傑君だった、私はそれが嬉しくてその時から傑君の事が好きになっていた。

 その事実は今でも変わらないけど、私は傑君ほど大きくないが間違いなく佐野君に対して同じような感情がほんのちょっとだけど感じていた。


 部活が終わり愛ちゃんは何故か佐野君と帰るからって私に傑君と帰るようにお願いされた。

 正直私はラッキーだと思っていたが、同時に何で愛ちゃんと佐野君が一緒に帰るのか疑問にも思ってもいた。

 それに傑君は試合に負けたのがそんなに悔しかったのか、帰ってる途中私が話しかけても素っ気ない返ししかしてこなかった。

 そればかりか愛ちゃんは何でいないんだ?とそればかり聞いてきた。

 正直私と一緒にいる時位は私の事を考えてほしいそう思っていたが、正直に愛ちゃんが佐野君と一緒に帰ったと教えた。

 そう伝えると傑君は驚いた顔になりその後唇を嚙み締めて悔しそうな顔になった。そして


「沙羅ごめん、先に帰る」


 それだけ言い残して走って帰って行った。


「折角久しぶりに二人になれたのに……」


 私はそんな事を思いながら傑君の小さくなる背中を見つめていた。

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