婚約破棄公爵令嬢リルオードは最後に第二王子の寵愛を受ける.05

「キスなさい。あたくしの……靴に」


 どくん。

 どくん、どくん。

 羞恥心で頭がどうにかなりそうです。

 でも……金貨一枚あれば三ヶ月は暮らせます。

 選択肢は、ありませんでした。


 ……ちゅ……


「あっははははは! アレン、だめよお、こんなふしだらで守銭奴なオンナに引っかかっちゃあ! きゃっははははは!」


 かつん。

 笑いながらわたくしの顎を軽く蹴りました。


 ……だれの。

 だれの。

 だれの、せいで?

 だれのせいで、こんな思い、してると思って?


 ぷつん。


 わたくしは気がついたらどん、とクララを突き飛ばして、無我夢中で走り出していました。


 ……


 どれくらい走ったでしょうか。

 あまりの怒りとやるせなさで、頭がどうにかなりそうで。

 気がついたら知らない街の裏路地まで来ていました。

 そしては、胸のはだけた婦女が来ていい場所ではありませんでした。


「おいみろよ、ウリ女が向こうからやって来てくれたぜ?」

「おうおう、嬢ちゃん、そんなに急いでどうしたよ」


「あ……ぃや」


 男の手が伸びてきて、そして押し倒されました。

 がんっ。

 後頭部を壁にぶつけて、火花が散りました。


 ……


「……いじょうぶ?」


 そっか。

 わたくし。


「だいじょうぶ?」


 盗られたんだ。

 いつもクララがそうしてきたように。


「ねえ、だいじょうぶ?」


 わたくしに最後に残された純潔というプライドさえも。

 いま。

 さっき。


 ……


「ねえってば」

「へ?」


 わっ。

 びっくりした。


「だいじょうぶ?」


 目の前に、女の子がいます。

 わたくし……さっきならず者に押し倒されて……

 それで……


「だいじょうぶ?」


 あら、どうして……?


「だいじょうぶかって、聞いてるの」

「え、ええ」


 あれえ。

 気がつくとわたくしはお庭、のような所に寝転がっていました。

 お日様が柔らかく差し込む小さな箱庭。

 さあっと風が草花が揺らします。

 ちくり。


「いたっ」


 頬を刺す鋭い痛みで飛び起きました。

 見ると、見たことの無い紫色のお花──ちくちくした棘が覆ってる綺麗なお花──が、庭一面に咲き乱れています。


「それ、わたし」

「へ?」

「わたし、そのお花なの」


 にこっ。

 そう言うと、目の前の女の子は満面の笑みを浮かべました。

 光が反射すると、深い紫色にも見える真っ黒いワンピース。

 頭の上には、山吹色した大きなリボン。

 ワンピースと同じ色の、紫に艶めくセミロングの黒髪。

 金色の瞳。


アザミシッスルよ」

「え?」

「わたしの、名前。花言葉は、復讐。ようこそ──」


 女の子はわたくしを覗き込んだまま、ぐんっと口付けでもするかのように顔を近付けました。


「わたしの報復の庭へ」


 ぱちぱちと、瞬きすると長いまつ毛がわたくしのまつ毛に当たります。

 金色に輝く美しい瞳が印象的です。


「報復……?」

「そう」


 あんまり顔が近いから、後ずさって手を後ろにつきます。

 ちくっとまた花の棘が刺さりました。

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