第12話

 

遠足や社会見学、文化祭に体育祭、七夕ゼリーやちっちゃいクリスマスケーキ……こういう特別に年々鈍くなっている。何日も前から気持ちの準備というか注視みたいな、心の付箋がなくなりつつある。以前だったら非日常は言い過ぎだけれど明確に一つ区別があったはずなのに今では日常の直線の中でちょっと盛り上がった部分、くらいの感覚。

体育祭の当日なのに、こうもピリッとしない自分に驚きとほんの少しの失望。そんな複雑な寛恕を抱きながら開会式、校長先生のご高説を拝聴中のひと時。

午前の部は校庭で行い、お昼休みを挟んで午後の部。午後からは、移動して近所の競技場で実施する。一日より半日貸し切りの方が利用費は安く上がる。値段を気に掛けるのならずっと校庭でいいのに、と思うけれど「体育祭のために競技場を借ります」の姿勢が、受験生へのアピールになるらしい。

「宣誓。私達は正々堂々、全力で戦うことをここに誓います」

 校歌斉唱、国歌斉唱の後、西生徒会代表の美作さんと東生徒会の代表の男の子が朝礼台の上で詠唱。こうして体育祭の火ぶたは落とされた。


 午前の部の方が障害物競走や大玉転がしなどギミック性に富んだものが多い。

やっぱり成績が人質だから三年生は「ガチ」だ。眼を血走らせながら最後の最後まで手抜かりなく駆け抜けてゆくその姿には、感歎さえ禁じ得ない。ゴール板を過ぎて文字通り地面に這いつくばる敗者と喝采を浴びる勝者。コロッセオの見物人は、こんな気分だったのだろうな。

 退屈せずにあっという間に過ぎゆく午前の部。次は借り物競争だ。スタートから二百メートル先の長机の上。重りが置かれた幾枚もの紙。走者達はそれを拾って各クラスに持ってゆく。そしてお題に沿ったものをクラスで用意。そんな一般的な借り物競争。

 二百メートルの猛ダッシュの末、紙を拾った各生徒達が全員、似た反応を示す。一瞬ピタッと固まって合点承知って表情。それから再び腑に落ちぬって風に眉を八の字にする。五組の走者もそうだった。八の字眉を固めたまま、固唾を呑んで見守るクラスメイト達のもとへ駆け足で寄って来る。

「なあ、これがどれを指すのか知っている?」

 クラスに向けて用紙をぱっと見せびらかしたのと同時に放送部のアナウンスが入った。

「えー、今年の借り物のお題はサボテンファイルです」

 用紙にはゴシック体で一言。「日の出丸(サボテン)のファイル」と印字されていた。

 真っ先に頭に浮かんだのは(というか、それしか思い浮かばないんだけれど)謎のサボテン愛好家が駅で配布したサボテンファイル。印刷されていたサボテンは何十種類にも及ぶ。

 午前の部の間、スマホの使用どころか必要を除いて教室に戻ることも許されない。戻る際には先生に申請が必要となる。またアナウンスが入った。

「借り物競争中の申請は、制限時間内であれば誰でも、何回でも可能です。目くじらは立てられませんので気軽にどうぞ」

つまり日の出丸(サボテン)を所持の疑惑のある生徒を見つけて、ファイルを貸してもらう。それを借り物競争の走者が提出して正解であったらゴールらしい。

クラスが静まり返った。サボテンに詳しい者は一人もいなかった。

「まず、あのサボテンファイルを持っている人ってどのくらいいる?」

 美作さんがクラスに問うた。挙手は私を含めてクラスの五分の一くらい。

「それぞれ自分のファイルの特長を説明してくれる? 名前からして丸っこいサボテンじゃないかと思うの。あと赤色が入っているんじゃないかな……日の出だし」

 当たり前だけれど歯切れが悪い。そりゃそうだ。名前から推察するしかないのだから。

 五組の生徒の中に丸っぽい、赤色の二つの条件を兼ね備えたファイルの該当者はいなかった。

「これは西側陣営に協力を要請しないとだね」

 阿鼻叫喚。最終的に一、二年も西も東も巻き込んで垣根を超えた大捜索が始まった。

 クラスごとのファイルの特徴と持ち主が手書きでリスト化され学年、分け隔てなく配布される。こうなると今度は候補が多すぎて絞れないってクラスが続出。特徴が似ていてもよくよく話を聴きに行くと別物だと判明。そんなことがあっちこっちで起こっている。

「取り敢えず黄色系のファイルを持っている奴!」

「丸型で棘が無くて毛が短いサボテンは!?」

「柱型で白いサボテン! 最悪、雲っぽければ何でもいいから!」

「エメラルド! エメラルド!」

「般若! 般若!」

 ワチャワチャ。ワチャワチャ。誰もが脳みそを振り絞って少ないヒントを手繰ってその結果、三年生はどこも正解に辿り着いた。反対に一、二学年はどのクラスも撃沈。

 一学年と二学年に正解したクラスは存在しなかった。難易度はどこの学年も、クラスも変わりなかった。むしろ全クラス正解できた三年生が不思議なくらいだ。

特に三年二組のお題は「魔神丸(サボテン)のファイル」だった。ほぼノーヒントのこれをよく当てられたものだと、私は一人で感心していた。

 

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