第13話


  7

 

 午前の部が終わって茜は機嫌が悪かった。以下、校庭から教室に戻る途中において。

「借り物競争の結果が気に食わない。下級生は全滅ってところに政治性を感じて凄く嫌だった。やらせだろ、こんなの」

 借り物競争の得点は分配システムで正解したクラスが多ければ多いほど、一クラスあたりの取り分は減ってしまう。

「受験が掛かっているんだから下級生の遠慮も心情的に仕方がないんじゃない? 自分達が正解すると、三年生の取り分が減ってしまうのだし」

「それが気に食わない。利益感情が競技に持ち込まれたのが嫌だ」

「茜って変なところで純真だよね。たかだか体育祭なんだから割り切りなよ」

 まあ、人から割り切りなさいって説得されても割り切れないのが人間の感情ってものだろう。そのくらいは私でも理解できる。

「あずさ、競技で一番大切なことって何だと思う? 競技っていうのはスポーツだけじゃなくてボードゲームとか賭博とか遊戯を全てひっくるめて」

「藪から棒だなあ。フェアプレイだっていいたいの? それとも勝利への執着とか?」

 茜はかぶりを振った。鹿爪顔でぷりぷりと怒っていた。

「違う。日常との隔絶だよ。隔絶があるから競技は純粋に美しいものなんだ。遊びの美しさは日常と接触した瞬間に霧散しちまう」

「面倒くさいって。誰もそんなこと考えていないよ」

 やれやれと肩をすくめながら歩を進める。お昼休みのうちに昼食を取って競技場まで移動しなければならない。時間はタイトだ。

そんな慌ただしい中、五組では騒ぎが起こっていた。

 惨状と呼ぶほどではないのだけれど何人ものスクールバッグの、筆箱とかお弁当とかバッグの中身がひっくり返されて外に飛び出ていて、その何人かには私も含まれていた。

「もしかしてサボテンファイルを調べるためだったのかな。誰だか知らないけれど、勝手に漁らずに一声かけろよ」

 窃盗被害は発生していないようだし、漁られた全員にサボテンファイルの所持という共通点があった。借り物競争の時のリスト化が利用されたのだろう。念のため定期券とかプリントまでチェックしてみたものの、やっぱり完璧に無事。クラスの雰囲気もサボテンファイルかなあ、って感じだし騒ごうってクラスメイトは見当たらなかった。

 そんな意外にも呑気なクラスに水が差される。

「本当に目的はファイルなのか? だったら何故このクラスだけ漁られている? 窃盗被害はないのだし、ファイル目的に見せかけてリップクリームを舐めにきたとかじゃないか?」

 茜は独りごちたつもりなのだろうけれどクラスへの影響は絶大だった。波紋は一瞬で広がって場は凍り付き、声を震わせてヒステリックに誰かが叫ぶ。

「防犯カメラの映像を見せて貰おうよ。そうすれば全て解決なんだし」

「いや、去年のうちに全部撤去されているよ。壁にも天井にも埋め込まれていない」

 誰かの声に誰かが返事を返す。

 凄いな。この学校。プライバシーも何もあったもんじゃないし、校内で悪いことできないじゃないか。ていうか、そんなところに金を使うならトイレットペーパー設置してよ。

  

 休み時間が僅かなのも相まって、考え過ぎという結論で落ち着いた。

そしてお昼ご飯。私も茜と机を突き合わせてお弁当。

空腹のはずなのに不思議と食欲が湧いてこない。呑気に食事の場合じゃないっていうか、虫の知らせというか……無意識が記憶の断片を結び付けている、みたいな。

「ねえ、さっきの漁られるって未来は視えていなかったんだよね?」

「知らん。全く予期していなかった」

「うん、だと思った。茜の予知には制限があるもん」

 鵜呑みにしてはいないけれど、茜の予知の傾向について気が付いたことがある。まあ、サンプルが少ないし繰り返すが別にスピリチュアルを信じている訳ではない。

 始業式から今日の体育祭までの間に(偶然にも!)予知は正しい結果を何度も予測した。私は超常現象なんて認めないし絶対に理由があるはずだけれど、それはそれとして、事実を事実と受け入れる度量を持ち合わせてはいる。

茜はこれまでにテストの問題を全く言い当てたり担任の岡崎先生の季節外れのインフルエンザを予言したりしてきた。ライター事件とスクールバッグ漁りと、視えないが続いたのは初めての出来事だった。

「私が惨敗って予言したけどさ、じゃあ私が負けるとして勝つのは誰? もしかしてそこは視えていないんじゃない?」

 気が付いた予知の規則。それはクラスに無関係の事象は予測不可、というものだ。例えば社会情勢は予期できない。学校内に限ってもライターは四組の事件だったしスクールバッグ漁りだって、犯人が他クラスの生徒だから予知が作用しなかった。

「どうだろう? そんな感じじゃない?」

「いや、勝者も分かるぞ。三年四組のやつだ。名前は確か……」

 ……分かるんかい。頭の中で思いっきりずっこけた。やっぱりスピリチュアルに規則も何もないのだろうか。ていうかまじかよ。陸田なんかに負けるのか。いや、信じてなんかいないけれども。

「名前は黄泉坂って奴。そう、三年四組の黄泉坂」

 誰だよ、そいつは。

「そんな生徒はいないよ。まあいいや、とにかく四組の奴に負けるって予知なんだね?」

 茜は小さく頷いて、それから眉を顰める、

「急にどうしたんだよ。スピリチュアルは信じないんじゃなかったのか?」

「信じてないけれど、さっきから無意識が喚いているの」

 ろくすっぽ進まない箸をおいて顎に手を置く。この虫の知らせを捉えられなければ、予知通りに惨敗な気がしてならない。

 ……惨敗? この私が、有象無象に?

 いやいや、ありえない。練習であんなにぶっちぎっていたじゃないか。陸田君に敗北だなんて天地がひっくり返っても起こり得ない。

 目を伏せながら茜と話を続ける。

「流石にその予知は外れるんじゃない? 確かに陸田君の実力は、私を除けばずば抜けているかもしれないよ? 私を除けばさ」

「実力? あずさは何を言っているんだ?」

 私はお弁当から目を離して顔を上げる。

「だってお前、ルールブック配られたんだろ? ……もしかして読んでいないのか?」

「いらないから捨てたよ。ただ走るだけなんだから失格にもなりようがないし」

 そのくらい自身の能力に全幅の信頼を置いているから、この賭博において私は私に賭けている。昨晩に学校のホームページから学校の口座に入金しておいた。入金時に偽名を用いたのは自分で自分に賭けたのがバレてはまずい気がしたからだ。

何よりも昨晩は胸騒ぎに襲われなかったし。……襲われなかったよね?

 茜に驚いたような、呆れたような顔をされた。水筒をごくりと飲んで一言。

「だからそんなに自信たっぷりだったのか。おかしいと思っていたんだよ」

 無意識が騒ぐ。鳩尾に冷たいものが広がってゆく。

 本当に胸騒ぎに襲われなかったのか? ヒート形式競争の最初の練習の日。そういえば、圧勝を根拠に黙殺したけれど心は不安を訴えていなかったっけ?

「あずさ、賭博に大切なことは偶然だ。分かるだろ?」

「そりゃあ、分かるとも」

 本来、賭博において当たるか否かは完全に偶然であるべきだ。宝くじの「この店舗で三等が出ました」って宣伝に一体、何の意味があるのか。

「そしてヒート形式競争は賭博を兼ねる。だから勝者に求められるのは実力ではなく……というよりも実力と同時に運でなければならない。矛盾したその二つのはずなんだ」

「だから、枠順って概念があるんでしょ」

「それだけで埋まる実力差じゃないんだろ? それはお前自身が言っていたことじゃないか」

 喉が急速に乾いて水筒に手を伸ばす。ちびりとほんの少しだけ給水。

「もしかして、他に実力差を縮める工夫があるってこと? ……私だけ五十メートルくらい長く走るとか?」

「違う。本当にルールブック読んでいないのかよ。ハンデを背負うんだよ。四月の体力測定の結果に基づいた」

なんだか血の気が引いてきた。「破産」ってワードが脳裏によぎる。

「ハンデキャップとして重りの詰められたリュックを背負って走るんだ。あずさくらい実力が抜けていれば、十キロくらい背負わされるんじゃないか?」

 十キロ……十キロ!? 

茜がスマホを取り出し、そして検索エンジンをかける。

「ほら、練習で圧巻のパフォーマンスを示していたのにあずさは現在二番人気。賭ける側はハンデキャップが重すぎて勝負にならないと踏んでいるんだ」

 昨晩、私は私自身に大金を(実家から送金されてきた一か月分の生活費)をぶっこんだのに、現在二番人気? てことは私のぶっこみを除けば、人気はもっと下ってこと?

「体力測定、ちゃんとやらなければよかったの?」

「そしたら個人のポイントが減るけどな。だから、少なくとも三年生は誰も手を抜かずに測定をやっていたはずだ。ヒート形式競争の練習で手を抜かせないための工夫なんだろうな」

私は水筒を机に置いて軽くこめかみを抑える。

「何とかなる、のか?」

無意識がずっと騒ぎたてる。破産回避、ヒート形式競争勝利。キーは全て、揃っている。

「ちょっと待って、インストールやるから」

ふうう、と長く息を吐いて五秒、フリーズ。それから三秒だけ己の慢心を呪う。それから二秒後、腹をくくってフレッシュな脳みそをぎゅるんぎゅるんと回しだす。回さねばならない。

「あ? 何だそれ? お前はアプリケーションじゃないだろ」

根拠のない直感に従って私は茜のインストールを始めた。このインストールが、どう解決に結びつくのかは自分でも分かってない。観察に基づく茜の人格を頭の中で構築。考え方、反応、性格を私に重ね合わせる。私を更新する。

脳みそがガクりとズレ動いた気がした。視界がクリアになったというか世界が白みを帯びて、えも言えぬ快感に全身が貫かれる。

「あずさって焦るとこんな風になるんだな。なんだか怖いわ」

 茜を無視して、脳内の茜と私をシンクロさせる。火照ってきた。徐々に酸欠の症状を伴って視界が霞む。ハンデありでは陸田に逆転を許してしまう。許せば破産。非常にまずい。

自分が瞼を閉じているのか否かも分からない。意識遠のく、ブラックアウトのわずかに直前、白くてキラキラと輝く糸がゆらりと垂れ下がってきた。糸を引っ張った刹那、ワープホールに吸い込まれたかのように意識が加速してゆく。

「おい、涎垂れているぞ。大丈夫か?」

光明。キーが繋がって、とても、とても魅力的なアイデアが閃く。

「そうか。陸田に勝たせなければいいんだ」

どう考えても、いかにハンデが重かろうと陸だ以下の有象無象共には負けない。蹴散らせる自信がある。

それに別に三連続で一着を取る必要はないのだ。五百メートル×三なのだから、一位を二回と二位を一回で合計ポイントは一位だ。一度くらいは他の奴に譲ってやってもいい。

「ねえ、惨敗って私が具体的に何着か分かる?」

 茜は少したじろく仕草を見せた。

「分からん。一着で無いことだけは確か。一着の奴がぶっちぎることしか分からない」

「そうだよね。日常から隔絶した領域においては一着でなければ、一位にしか価値なんてないよね。だから敗者は美しいんだよね。茜の定義だと二位以下は僅差であろうと何であろうと全員、惨めな敗北に他ならないもんね」

 隔絶した空間において無利益な空間においてこそ美は存在するのだ。美は無利益な空間にしか存在しえない。無益こそ純粋なのだ。至高なのだ。

「オッケー。もう茜の部分いらないや」

 私の中の惨敗と茜のでは意味が異なっていた。そこに気が付けただけでも儲けだ。

「あずさ? どうした、目が血走っているぞ? 気が触れちゃったか」

 私は二着なら硬い。確かに陸田は私さえいなければいい線をしている。ハンデがあれば、私の優位は脅かされるかもしれない。他のボンクラ共は端から論外だ。負けるはずがない。

陸田を脅して潰す。キーは既に揃っていた。

緊急事態に際して『やさしいどうとく・一ねん生』は一度アンインストール。そうしないと餓死するか借家を追い出されてジエンドなのだから仕方がない。背に腹は代えられまい。

「分からないけれど、なんかとんでもない自己矛盾に陥っていないか?」

「どこが? 私はいたって論理的だよ? 一位を潰せば、繰り上がって私が一位になる」

「いや、その繰り上がりってアタシの予知が前提じゃないか。あずさの言うところのスピリチュアルじゃないの?」

「そんなことはない。どちらにしろ陸田以外は私の足元にも及ばないのだから」

「……本当に、大丈夫なのか?」

 

 善は急げというか時間がない。教室を飛び出し、久しぶりに食堂へ赴いた。食堂は混雑のピークを過ぎて落ち着きを取り戻している。運の良いことに購買には誰も並んでいない。

 私は駆け足で購買のおばさんに近づいて始業式同様、単刀直入に質問をぶつける。

「お久しぶりです。不躾で恐縮ですが、校内の設計図ってどこで入手が可能でしょうか?」

「ええと、久しぶりね。始業式の時の子よね? なんだか雰囲気が変わったみたいで……」

 うるっさい。そんなことどうでもいい。

「あははっ。校内の設計図ってどこで入手が可能でしょうか? 食品の販売もなさっているのだからご存じですよね?」

衛生や安全管理のために、学校の購買であっても専門の機関へ設計図の提出が義務付けられている。また、例えばソフトクリーム機のように新たな機材の設置に際しては、その都度、再提出が必要となる。

「あら、詳しいのねえ。でも入手は不可能よ。漏洩禁止ってきまりなの。ほら、この学校ってやけに秘密主義でしょ?」

「ではもし悪い生徒が入手を試みた場合、学校のどこに忍び込んで、どこのパソコンのデータから入手を試みるでしょうか?」

 おばさんは困り眉を作って何かを言いかけたが、睨み付けることで黙らせた。

「事務か用務員室じゃないかしら。あのね、悪いことは考えちゃだめよ。この学校はすぐに退学処分を下すんだから。去年なんか防犯カメラの……」

 ご高説は無視。なるほど。入手を試みるとしたら、ざるなのは用務員室の方だろう。確か合鍵もなかったし。用務員室に忍び込んでUSBで設計図を落とし込む。不可能では無かろう。

「ありがとうございます。私は悪いことなんてしませんよ。むしろその反対です」

 私はの「は」を強調して踵を返す。おばさんはやっぱり何かを言いかけたけれど、全く興味がない。無視。オーケーだ。これで陸田を潰せる。ノット破産。

 五組のスクールバッグ漁りの犯人は陸田だ。目的はUSBメモリの回収。

 先のライター事件にて四組の生徒は全員、抜き打ちの持ち物検査を受ける羽目になった。あの日、陸田はスクールバッグにUSBメモリを隠し持っていた。それも校内の設計図のデータのUSBメモリだ。持ち物検査による露呈を恐れた陸田は咄嗟にUSBを五組のスクールバッグに隠したのだ。

そして本日、漁られたスクールバッグには共通してサボテンファイルが入っていた。大方、USBを隠したスクールバッグにはサボテンファイルが入っていたってところだろう。

洋学院高校はキーホルダー類禁止だから誰のスクールバッグにも特徴が無い。よって陸田は目立つ中身を覚えておくしかなかった。借り物競争にかこつけて校内にそっと忍び込んで見事にUSBメモリを回収。ヒート形式競争のアイツは他の競技は免除だろうし、自由にちょこまかしても咎められることはない。友達も、碌にいなさそうだし。

サボテンファイルの持ち主は借り物競争の際に全員リスト化されていた。教卓の上に席順名簿があるのだからリストとの照らし合せは容易だ。USBメモリは小さいので、スクールバッグの端にこっそり忍び込ませておけば気が付かれない。

 

「仲真さん、よかった。ちょっといい?」

 食堂を後にしようとしたその時、美作さんに呼び留められた。

 おばさんとは違いクラスメイトに険悪な態度はよろしくない。社交的モードに切り替えて口角を上げる。

「物凄く険しい表情だよ? ヒート形式競争に緊張?」

 美作さんは一人でテーブルの上に英単語帳を投げ出していた。

「険しかった? 無意識だけれど緊張しているのかも。美作さんは一人なの?」

「お昼ご飯はいつも一人で食堂だよ」

「美作さんって一人が好きな人なんだ。自分一人の時間が無いと嫌みたいな」

「うーん、それもあるんだけれど友達を作る資格なんて私にはないでしょ? 同級生を退学に追い込むような人間なんだし」

 相も変わらずにニコニコとしている。始業式の一件を素直に認めるんだって少し驚いたけれども変な方向に話題が逸れても嫌なので早急に切り込むことにした。

「それで何か私に御用が?」

「そうそう。力抜いて走ってもらえないかな」

「ああ、肩の力を抜いて走るよ。緊張しいではないから」

「ううん。最下位でいいから余力を残して戻ってきて欲しいってこと」

「え? 嫌だよ。だって」

 ここから先は飲み込んだ。自分で自分に賭けたと誰かに教えるのはまずい。

「ヒート形式の走者って人によっては負荷が掛かり過ぎて骨折しちゃうの。そうでなくても余力が残らなくてクラス対抗の大繩に参加できなくなったりする。だから自重して欲しいんだ」

「千五百メートルくらいで大げさだなあ。練習では疲れもしなかったし大丈夫だよ」

「もしかして、ルールブック読んでいない?」

 ハンデキャップのことだろうか。

「ハンデキャップありの五百×三の千五百メートル走って分かっているよ」

「……ヒート形式競争は五百メートル×三回先取って理解している?」

 せんしゅ? 一瞬、変換ができなくて固まる。

「つまり、誰かが三回一着を取るまで、エンドレスに五百メートル走が続くってこと」

「は? エンドレス?」

表情筋が痙攣。私に意志に逆らってヒクヒクと動く。

おいおいおい。どうして私はルールブック読んでいなかったのだ?

「何それ、凄い頭の悪いルールじゃん」

 声が震える。ハンデキャップを聞いた瞬間に三連続で一着は諦めていた。二回、一着を取れば安泰と高をくくっていた。だから、陸田さえ潰せばと考えた訳で。

「三回も一着は絶対厳しいって。小学生でも分かるよ」

 ハンデキャップの大きな私は、一回分の疲労も大きくなる。つまり長引けば長引くほど有象無象を相手に不利になってゆく。別に後先考えなくていいのなら、ハンデキャップありでも二回は勝てる。けれどそれ以降に間違いなく燃え尽きてしまう。

「ヒート形式競争は、体育祭の得点には一切反映されない。真面目にやっても意味がない」

 美作さんは食堂の上に広げていた単語帳をパタンと閉じた。

「クラス対抗の大繩。大繩って人数が既に登録されていて、誰かが出られなくなったら可能な限り代理で誰かが出場しないといけない。せっかく骨折して貰ったのに羽田さんにお鉢が回っちゃう。仲真さん、どちらの競技の方が大切かは分かるでしょ?」

 羽田さんからすれば、骨折り損なんてもんじゃないだろう。ただでさえ、運動苦手なのにギプスまでつけて跳ぶことになるのだ。

「だから手を抜いて、疲れないように走れって?」

「クラス全員の受験を左右するかもしれないんだよ? 一人のわがままで、全員が被害を受けるっていうのはどうなんだろうね」

「ていうか、何故出られなくなる前提なのさ。ヒート形式競争も大繩も両方いけるよ? 多分」

「デッドヒートになるに決まっているから。無理にでも起こすためのハンデ設定だし。デッドヒートになるとアドレナリンでハイになって限界を超えて頑張っちゃう人が多いんだ。その結果、安静を余儀なくされる人が毎年、続出する」

「一応言うけれど、私は分類上も自認もホモサピエンスだよ?」

 お馬さんが限界超えて走っちゃうって話を聞いたことあるけれどさ。

「それでも事実として毎年、担架で保健室の走者がいるし救急車を呼ばれることもある。レースの完走者は、そこからさらに少ない」

 腑に落ちてはいないけれど、顎に手を当てて考えてみる。

「三回も一着を取らなくちゃいけない」

 短期決戦しかありえない。その方がぶっ倒れる可能性が低いし、長びくほどハンデの重い私には不利だし。ハンデが重かろうと二回までは勝てるのだから、問題は後の一回。

「あ、結構余裕で勝てるかも」

 ……八割くらいの力で。この方法なら全員を騙して、潰せる。

「名案を思い付いちゃった。多分、楽勝だと思う」

 私は天才なのかもしれない。

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