第6話

 

 生徒会の役員は三年のポイント上位者が自動的に就任する。ポイントは三年次の定期テストや各行事など様々なところで獲得でき、二学期終了時点で生徒会に属していた者が指定校推薦の対象生徒に認定される。また三年の最初の生徒会役員は二年までの成績上位者が選出の仕組みとなっている。

 ただし、生徒会は西生徒会と東生徒会の二つが存在し、指定校推薦を獲得可能なのは片方の陣営のみ。勝敗は生徒会の役員だけではなく、陣営の生徒全員のポイントの割合によって決まる。指定校推薦は飽くまで団体戦だ。

 合計ではなく割合。では、どうすれば割合が上がる?

 簡単だ。ポイントの低い者を足切りする。それだけで充分だ。


 西生徒会室は別館の三階に位置している。その階下には図書館と自動販売機が立ち並ぶ謎の憩いの空間。白いテーブルと椅子が何列にも並ぶ。

 ことん、と缶コーヒーをテーブルに置いて、美作さんは一つため息を漏らした。

「まさか仲真さんまで沼田君の犯人説を押すとは」

 私と茜は西生徒会室に直談判しに行った。洋学院高校の生徒会権力は不思議な程に強い。今回の戸山さんの取り調べ権限がまさにそうだ。

美作さんを西生徒会室から連れ出した時、取り調べ最中の戸山さんと目が合った。彼女はガタイのいい生徒会役員に囲まれて青い顔で震えていた。

苦虫を噛みつぶしたような顔の美作さんを、この謎の空間に引っ張り出して今に至る。

「沼田君は始業式の最中に放送室の窓から抜け出して教室のベランダに侵入。想定される道のりを実際に試したけれど、その気になれば誰でも簡単にいけそうだったよ」

「随分なこじつけに聞こえるかな。戸山さんが普通に教室に隠れていたじゃいけないの?」

 用具入れに隠れていた戸山さんが、クラスが静まり返った後に袋のお金を盗み何食わぬ顔で鍵を開けて体育館にやってきた、とする従来の説。

「こっちの方が簡潔で破綻はないと思うんだけどなあ。お財布から五百円玉二枚でてきたし」

「その五百円玉、見せて貰えない? 年度覚えているから盗まれたものと同じか判断できるよ」

「ごめんね、仲真さん。もう岡崎先生に渡しちゃった。三学年分の五百円玉の中に紛れちゃったと思うの。それなりの額が集まったって言っていたし、もう無理だよ」

 頬杖をついてそっぽを向いていた茜が横やりを入れて来た。

「戸山はまだ犯行を認めていないんだろ? 勝手にそんなことしていいのかよ」

「時間の問題だよ。そろそろ認めるんじゃないかな?」

「屁理屈未満だな。性根腐ってんじゃねーのか?」

 茜の語気の強まりから(多分、苛立ちって感情だ)なんだか話題がずれていく前兆を感じたので割って入る。

「二人とも、ちょっと話を戻すんだけれど沼田君が黒でも破綻はしないんだよ。それに根拠だっていくらか示せる。まず校舎の雨よけに足跡が確認できた。埃が溜まっているから残っちゃったんだと思う。それと、沼田君の五百円玉、二枚とも確認したんだけれど、どちらも盗まれたのと鋳造の年度が一致していて……」

「足跡は、全員上履なのだから特定までできないよ。鋳造の年度に関しても偶々同じだってこともありえるし、仲真さんを疑う訳じゃないけれど記憶違いだってあり得るよね?」

 バンとテーブルを叩いて茜が立ち上がる。目を吊り上げて強い口調で、

「いい加減にしろよ! 美作は取り敢えず戸山を有罪にしたいだけだろ! ホームルームの時も弁明させないで! 高校生にもなって嫌いでいじめるとか情けない奴らだな!」

 予知を証明したいだけって言っていたのに。茜はやけに顔に朱を注いでいる。

「あの、茜? いじめって何のこと?」

「ああん? ホームルームでロッカーが特等席だのロクに弁明も聞かずに犯人扱いだの、美作達はずっと横暴だっただろ」

 そんなさも当然って風に言われても私は困る。もっと早く教えて貰いたかったよ。

「いじめなんて大げさだなあ。クラスを上げて戸山さんの尻を叩いているだけだよ。彼女はクラスでワーストの成績だからさ。それに幾ら二人が沼田犯人説を主張してもベランダにはクレセント錠が掛かっていたんだから、沼田君に犯行は不可能って結論を下さざるを得ないよね?」

 ずっと柔らかな微笑を携えながら美作さんはスラスラと弁を並べてゆく。言葉を操る職業に向いてそうだと思う。聞き取りやすいしテンポやメリハリも凄くいい。

 だけれど、今回に関してはカードが揃っている。言いくるめられる恐れはない。

「クレセント錠の謎は解けたよ」

 美作さんの張り付いた笑顔が消えた。彼女は愁眉を寄せて、無言で水を向けてくる。

「年季の入ったクレセント錠ってネジが緩むから揺らすことで、簡単に開けられるんだよ」

「残念だけれど、洋学院高校のクレセント錠は意外と新しいよ。揺らされて開くほど緩んではいないんじゃないかな」

「うん。でもネジが緩むのって経年劣化だけじゃないよね? 人工的に外しちゃえばいい。ただそれだけの話なんだ」

 放送部は始業式のマイクテストで朝早く登校を余儀なくされていた。沼田君が誰にも見られずにネジを外すのは、不可能ではない。

「ネジが外れた状態でロックをかけておけば防犯効果が皆無になる。カッターナイフで代用したのも間違いがない。沼田君のスクールバッグとカッターナイフは写真に収めてきたよ」

 一拍措いて、

「カバーのお陰でネジが外れていても誰も気が付かない。噛みが緩いって感じたとしても、学校の備品なんて気にも留めないだろうしね」

 何となく、腕を組んでみる。

「以上の根拠から、戸山さんが疑わしい事実は変わらないけれど沼田君も怪しいと言えるんじゃないかな?」

 美作さんは缶コーヒーを苦々しげに一杯呷る。少し唇を舐めてそれから口を開こうとしたその時、別の生徒会役員が駆け足で部屋に入って来た。

「やっと戸山が犯行を認めた」

 役員の生徒は大儀そうに、そう報告をして、

「たかが千円のためにあいつもバカだなあ。退学は免れないんじゃないか?」

 報告を聞かされて、寝耳に水なのは私と茜である。

「いや、そんな訳ないよ。犯人は沼田君だもの」

「仲真さんの気持ちは分かるけれど本人が認めちゃったならもうどうしようもないよ。第一さ、やっぱり戸山さんには用具入れに隠れていた動機が他に見当たらないんだもの」

 そういう美作さんの顔には、いつもの柔らかな微笑が戻っていた。隣の茜は「何だよそれ」って呟いてテーブルの角を蹴り飛ばす。首には青筋が立っていた。


 日付をまたいで次の日。教室に戸山さんの姿はなかった。

 ……あれから昨日の帰り道。敗走を余儀なくされた私と茜は沼田君を犯人と仮定して、戸山さんが犯行を認めた訳を考察した。まあ、二人でというより、茜が一人で考えて私に自説をお披露目してくれたって方が正しいのだけれど。

「西生徒会室に直談判しに行った時、戸山はアタシ達と目が合っただろ。あれで意を決しちまったんじゃないかな」

 つまり、沼田君を恋愛感情のために庇ったというのである。彼を疑っている茜が直談判に来た姿を目撃し嘘の自白を決意した、と。

「完全に想像なんだけれど用具入れから出た時点では、袋にお金が入っていたのを確認していたんじゃないか? それで沼田が犯人だって一人で合点していた。用具入れからあずさの机に向かうのに、教卓の前を通ったとか。いやまあ、完全に想像なんだけれど」

 ラブレターのことは美作さんに黙っていた。それで完全に戸山さんの疑いが晴れる訳では無いし、その前に自白をされてしまったから。まあ、私は『やさしいどうとく・一ねん生』に従って何があろうと話す気はなかったが。

 それに茜がどう反応するかは分からないけれど私達の沼田犯人説がそもそも間違っている可能性だってある。普通に戸山さんが盗んで白状した。その可能性だって大いにある。

 転校して二日目の朝の会が始まる。ガラガラと扉を引いて担任の岡崎先生が教室に入って来た。教卓の前に袋をおいて、開口一番、

「全体で集まった募金の額があまりにも少ないので、今日も募ることになった。善意に頼ってもお前らは絶対に寄付しないので、ポイントをやる。千円以上寄付した者には一ポイント。さあ、金を持ってこい」

 戸山さんの退学については一切触れない。

昨日と違って袋を放置せずに朝のうちに集めるようだ。袋には長蛇の列ができた。私と茜以外の全員が、しっかり千円を募金したのだった。


 朝の会が終わって一限の前の時間。私は美作さんの机の前に立つ。

「一つだけ、尋ねてもいいかな?」

 美作さんは無言で諾う。

 私はラブレターのことを黙っていた。だけれども、美作さんも私の机の中に便箋が入っていたのを確認している。戸山さんが沼田君に恋愛感情を寄せていたのは周知の事実だった。名前の順で私より後ろの美作さんは、体育館で戸山さんが私に意味深長なアクションを起こしたのを目撃している。

「美作さんが、学校で便箋を発見したらどんな内容だと推測する?」

彼女は頬に人差し指を当てて斜め上を見上げた。目元は笑っている。

「そうだな。ロマンチックにラブレターってところじゃないかな?」

体育祭

 

  1

 

生き物係だったことがある。中学生の頃だ。生き物係の子が不登校になったとかで転校初日に押し付けられた。ホウキとチリトリを持って先生に案内された飼育小屋。私は真っ白なウサギに邂逅する。

「ウサギのウーちゃんよ。仲良くしてあげてね」 

 ちょこんと猫背で真っ黒いビー玉のような眼、一定のリズムを刻むモゴモゴと動く口。ウーちゃんは耳を倒してこちらの様子をじっと観察していた。

「どう? 可愛いでしょ? 学校のアイドルなの」

 私は先生に曖昧に返事をしてウーちゃんを凝視していた。性別不明の「それ」は警戒を解いたのか十秒ほど経つと首を傾げて、そそくさとラビットハウスに戻っていく。膝を曲げて手を伸ばすと、鼻をヒクヒクと指にくっつけてきた。

その日から「それ」は、毎日の暇つぶし相手になってくれていた。

たくさんお世話をした。ウサギは寂しいと死んじゃうって噂を信じ切ってなるだけ多くの時間を一緒に過ごした。餌やりも掃除も一人でこなして、先生にも用務員さんにも褒められた。動物思いの優しい子と絶賛されたのだけれど、実をいうとクラスに居場所が無かっただけなのだ。転校早々にやらかしたから。

転校二日目。新しいクラスメイトのごにょごにょ話に耳をそばだてながら文学少女のフリをして時間を潰していると、ドン! って机が叩かれた。驚いて顔を上げる。

「仲真さん! 私、高坂蜜柑って言うの! 転校生で分からないことも多いでしょ? 何でも聞いてくれていいからねっ!」

 この時、高坂さんは気を遣って話しかけてくれたのだ。そして、私に要求されていたのは、気遣いに相応な丁寧なリアクションだった。

当時の私には、周囲に溶け込もうって意志が浅薄だった(というか溶け込むって発想を持ち合わせてさえいなかった)。そのため彼女のスマイルに鬱陶しい以外の感想を抱けず、

「……」

無視。そんな私の態度に目を丸くしつつも彼女は笑顔で話しかけ続ける。

「うちの学校、中学校なのにローファーで登校ってヤバいよね! 私達成長期で足のサイズがどんどん変わっちゃうのにさ」

「……」

 無視の継続。視線も小説に戻す。しばらくすると、いたたまれなくなった彼女は「なんか、

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