第5話


  5

 

 茜のママチャリはシルバーのノーマルなやつだった。

「さっきの話なんだけれどさ、驚いたのは本当だよ。顔に出ない質なのも」

 大切なものだとは想像ついたけれど、ラブレターとまでは勘繰れていなかった。

「嘘を付け。誰であろうとラブレターだと勘づくだろ。このご時世に手紙だなんて」

「気が付かない人は気が付かないんじゃないの?」

「机の中。このご時世にわざわざ便箋の手紙。真っ先に思いつくのはラブレターだろ。それとも果たし状ってか?」

 私は何も返す言葉をもたない。宛先の人以外読んではいけないっていうのは、分かる。でもラブレターだと直感的に悟るのには私の感性は乏しすぎる。

IQテストならともかく、例えば平和と鳩みたいな二つの類似性を繋げるやつ……ああいうのが昔から大の苦手なのだ。恋愛感情の象徴としての手紙と言われても、人並みにピンとこない(人並みでないっていうのは、経験的な解釈だけれど)。「恋愛感情の保持のために、その旨を手紙の形式で綴った」って風に因果的に説明されないと理解ができない。

何より私の独自の理解可能、不可能の言語化は難しすぎる。他人に上手く説明できない。

「そういえば今更だけど、あずさはどうして協力してくれるんだ? アタシは予知を証明したいからだけれど、お前はこれと言った義理もないだろ?」

 ……別に乗り掛かった舟くらいの、ふわっとした理由なんだけれど。

「まあ、何だろう……普通の人は誰かが困っていたら助けてあげるものでしょ?」

 

 日が延びてもまだ、肌寒い。

自転車を漕ぐこと五分。私は地図アプリが十五分を示す道でも、五分でつけてしまう。

 自動ドアをくぐってゲームセンターの空気を浴びる。沼田君はすぐに見つかった。彼はちょうど店員さんに両替を頼むところで、

「使えない五百円玉なので両替をお願いしたいです」

 なんて言っていたものだからダッシュで駈け寄って腕をぱっと掴んだ。

「新五百円玉だね。令和三年」

 私の五百円玉で間違いないだろう。彼の本日の出費の五百円玉。二分の二で盗まれた五百円玉と一致する。偶然かそれとも、はたまた。

目が合ったのでニコッとはにかんでみた。自然なスマイル。

肩のスクールバッグを鮮やかにはぎ取る。入店からここまで、約三秒。

 彼はここにきてようやく理解が追いついたようで、

「おい、何やっているんだよ! 返せよ転校生!」

 沼田君はすごい剣幕で掴みかかって来た。その手をふり払ってしたたかに足払いを放つ。

どしりと尻もちをついて、唖然としている間に有無も言わせず持ち物検査。始業式で荷物の少ない中に、茶色の変な物を一つ発見。その正体はカッターナイフ。

「カッターナイフ? そういえば、購買で同じの見かけたな」

 カッターナイフを写真に収めスクールバッグをポンと放擲して、「じゃ」とそそくさと立ち去ろうとした時、彼は急に叫び始めた。

「先輩のオシャレなリーゼントをこいつが馬鹿にしていました!」

 沼田君の声に反応してメダルスロットから大男が腰を上げた。ガムをくちゃくちゃ。ネックレスじゃらじゃらの金髪リーゼントであった。

「ああん? なんだあてめえ」

 どすの利いた声で私を睨み付けてくる。あまりにもテンプレート過ぎて嬉しくなった。この世界は例外が多すぎる。テンプレートな人間との遭遇は無性に心が躍る。

「ジャンプしてみい。ほれ、女だからって舐めんじゃねえぞ」

 私は眉を寄せて首を傾げてみせた。

「どういう目的ですか? 不良の独自文化の挨拶?」

 ……よくよく考えてみれば、不良のテンプレートってあまり知らない。

「うるせえ。ジャンプしろって言っているんだろ」

 努力はしてみたものの、案の定、いつものことながら意識的に身体を動かせない。

「できないです。目的が分からないから身体が動きません」

「ポケットに金が入っていないのか確かめてえんだよ。金を出せって口で脅しても、もっていませんって答えるだろ?」

 いや、イエスって答えるんだけれど。

「なるほど。納得しました。音はごまかせないですもんね」

 幸い、財布には札しか入っていない。

 とにかく今度は意識的に身体を動かすことができた。すると、金属の擦れる音が鳴った。

「じゃらっていったのお。いくらかもっているんじゃろ」

 ところどころ広島弁? になる。中国地方の出身なのかな。

「いえ、ベルトの音かと。外してもう一回ジャンプしてみますね」

 ジャケットを羽織っているので、不良さんからベルトは見えていないのだ。

「女子高生ってベルトを付けるのか?」

「学校によるんです。前の学校の制服では無かったけれど洋学院高校では必須みたいです」

 再度ジャンプ。今度は無音だった。当たり前だ。財布には札しか入っていないのだから。

「そうか。無一文ならいい。通れ。ベルト閉め忘れるなよ? スカート脱げちまう」

「通ってもいいんですか?」

「だって何ももっていないじゃねえか」

「それは確かにそうだ」

 よいしょとベルトを締め直そうとした時、脳内の豆電球がピコンと灯った。

 三歳児でも理解ができる単純なこと。ベルトを外していればスカートは落ちる。上にジャケットを羽織っているから、不良さんはベルトの有無を確認できなかった。

 留め具とベルト、上位語と下位語。そういう連想は得意だし、好物でもある。

ああ、私ってバカだなあ。なんで気が付かなかったんだろう。

「転校生、ちょっと待て。スマホの写真を削除していけ!」

 私が不良さんと戯れている内に沼田君が進路を先回りしていた。

「そういうことか。だから、沼田君はカッターナイフを購入したんだ。私も中学生の頃に似た経験があるよ。意外と簡単にできちゃうんだよね」

 ジャンプ……というよりバク転。沼田君の頭上を飛び越え一回転。綺麗に着地。

「それじゃあ、また明日。あと、私の名前は仲真あずさだよ」

 転校生は二人なのに、私だけ転校生呼びは異物扱いな感じがするのでやめてもらいたい。

私は足早にゲームセンターを後にした。

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