第6話 シルヴィアの奮闘記③


 ――翌日。


 鳥の羽ばたきが聞こえてくる。

 そんな澄んだ日の早朝。


 シルヴィアの心境も同じように晴れやかなものだった。


 昨日は遂にアンジュが反応を示したのだ。

 その後は疲れてしまったのか、すぐ眠ってしまった。


 今朝はどうだろうか。

 何か反応してくれるだろうか。

 それとも、また無反応となってしまうのだろうか。


 いずれにしろ、変化があったことはシルヴィアにとって非常に嬉しいものだった。




 シルヴィアは朝食の準備を終え、アンジュのいる部屋へと向かう。


「アンジュ! 起きているか? いい朝だ――」

「……ぅぁあ……」


 アンジュはベッドの上で膝を抱えて震えていた。

 目は見開き、必死に拒絶の声を上げ……まるで何かに怯えるように。


「アンジュ……」


 シルヴィアは何も言わずに、そんなアンジュを抱きしめる。


「大丈夫、大丈夫だぞ……私が必ずお前を守るからな……」

「……ぅ……ぁ……」


 ……。


 ……。


 ……。


 ◆


「さぁ、アンジュ。そろそろ行こうか。美味しい朝ご飯ができているぞ」

「……ぁ……ぁ……」


 アンジュが落ち着いたのを見計らい、シルヴィアが促そうとすると――。


「ん? どうした?」


 シルヴィアを見上げるアンジュが口をパクパクと動かしている。


「お腹が減ったのか? 喜ぶがいい! 今日も私の自信作だぞ! 特に果実水は渾身の1絞りで――」

「ぁ……ぁ……」


 そこでようやく気付くシルヴィア。

 今までほとんど何も反応しなかった少年、アンジュ。


 過去に魔物に襲われ、その絶望から心が壊れてしまっていたアンジュ。

 そのアンジュがついに明確な反応を示し、更には何か伝えようとしている。


 思わず泣きそうになってしまいそうになったシルヴィアだが、何とか堪えてアンジュを待つ。


「……」

「ぁ……! ぃ……!」


 それでも一向に話せる様子のないアンジュ。

 どうやら過度のストレスから言葉を発せなくなってしまったようだ。


 どうして言葉が出ないのかと、終いには大粒の涙が溢れてくる。


「……ゆっくりでいいんだぞ。いつまでも待ってるからな」

「……」


 優しく語り掛けるシルヴィア。


「焦らなくっていいんだ。ゆっくり……大丈夫だ。いつか、できる時を待てばいい……」

「……ぅぅ」


 どうしても伝えたい、けれど声が出ない。

 そのもどかしい気持ちすらも包んでくれる。


 アンジュはありったけの気持ちを込め、シルヴィアを抱きしめた。


「……」

「……うん、うん」


 ◆


「あら、随分遅かったですね」

「あぁ! 素晴らしい朝だ! おはようセーラ! 今日も世界は美しい!!! あーっはっはっは!」


 おかしい、どう考えてもシルヴィアの様子がおかしい。

 しかしよく考えたらシルヴィアはいつも何かしらおかしかったと思い直すセーラ。


「さぁ、美味しいご飯ができてますよ。特に今日の果実水はシルヴィアお嬢様の渾身の――」


 その時、いつもとは明らかに様子の異なるアンジュを見てセーラの動きが止まる。


「――! ――!」


 アンジュ少年が再び何かを言おうとしているが、先程よりも厳しそうな様子にシルヴィアが声を掛ける。


「焦らなくてもいいんだぞ! 感謝したいけど声が出ないときは……そうだな、とびっきりの笑顔だ!」

「……ぅ!」

「……」


 シルヴィアに促され、気持ちを込めてぎこちないながらもしっかりと笑顔を向けるアンジュ。


『いつもありがとう』


「――あぁ、あぁ……アンジュ様……」

「……」


 アンジュを抱きしめるセーラ。

 抱きしめ返すアンジュ。




 まだまだ道のりは遠いけれど、この日確かに気持ちが通じ合ったのを感じた3人だった。

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