第4話 シルヴィアの奮闘記①
――その日の夕刻。
「寝る前にお食事をとりましょうか」
「そうだな! 食って寝る、体力回復にはそれが一番だ!」
少年をベッドで寝かせ、セーラが提案する。
「事前に粥で流動食を作っておき――」
「ありがとう! 私が与えよう!」
セーラの言葉が終わらぬうちにその手から器を奪い取るシルヴィア。
「ほら、食べるがいい。実質私の作った料理だぞ!」
「……」
「……」
最早何も言うまいと口を紡ぐセーラ。
相変わらず反応のない少年。
「……!?」
しかし粥の上澄みを掬ったスプーンを目の前に出されたとき、少年は初めて反応を示した。
「ぁ……」
「ど、どうしたのだ……?」
しかしその反応は明らかに拒絶を示していた。
「……!? ――!!!」
「お、おい……」
「お、お坊ちゃま!?」
言葉無く泣きながら、喉を、口を掻き毟る少年。
皮膚は破れ、血が滲みだしてもその手は止まらない。
「やめてくださいお坊ちゃま!」
「ああああああっ!」
セーラが必死になって止めようとするが、少年からは想像もつかない力で一向に止められない。
「……」
「どう……どうしたら……っ!?」
「――! ――!!!」
喉を掻き毟る少年。
それを見て慌てふためくセーラ。
シルヴィアは……。
「私を見ろ!」
「――っ!?」
「シルヴィア様!?」
少年の顔を自分に向け、至近距離で向き合うシルヴィア。
「私の顔を見ろ! 私がお前を守る者だ! 私がお前を守るからっ!」
「――っ!? ――!!!」
「シルヴィア様……!」
シルヴィアにもどうすればいいかわからない。
わからないが……かつて似たような状況で当時の隊長がやっていたことを真似る。
「私を見ろ! 私を見るんだ!」
「――! ……!」
少年の昏い瞳がシルヴィアを映し……。
ゆっくりと……少年の手が止まっていく。
「大丈夫だから! 私はお前の味方だから!」
「あ……ぅぁ……」
少年の気持ちに本当には寄り添えない。
専門的知識もない。
ただただ、シルヴィアは気持ちを込め、少年を抱きしめる。
「……すぅ……すぅ……」
やがて少年は眠りについた。
「すまない……私が至らなかったようだ……」
何が悪かったのか、何が少年の琴線に触れてしまったのか。
シルヴィアにはわからない、わからないことだらけだった。
それでも少しでも安心できるよう、優しく力強く抱き続けていた。
「……」
打ち捨てられた流動食を見るセーラ。
「(……次からは匂いのわかりやすいものにしましょう……果物とかがいいかしら)」
少年がこうなっている事情をある程度知らされているセーラ。
今回の原因に気付けたのは不幸中の幸いだった。
◆◆◆
「少年よ! 今日も本を読んでやろう!」
数日後、食事を済ませた少年とシルヴィア。
未だ寝たきりの少年に彼女ができることはあまり多くなく、本を読んで聞かせることが多かった。
「今日の本は……『勇者と囚われのお姫様』だ! きっと囚われた姫が特訓して勇者となる物語だぞ……!」
幼少期から訓練に明け暮れていたシルヴィアは絵本を読んだことがほとんどない。
そして彼女は強い人間だった。
……。
……。
……。
「『こうして、姫は助けてくれた勇者様と末永く幸せに暮らしました』」
「……」
「ふむ……自分の価値観とは真逆のものに触れることもなかなかいい経験だな!」
「……」
どうにかこうにか良い風な感想を絞り出したシルヴィア。
その横にいて話を聞いていた少年は、やはり無反応だった。
「私ならば! 捕えられる前に自身を鍛え上げ! 敵を粉砕することを考える!」
「……」
「はっ!? こここ、これは別に! 助けて貰うことが悪いとかそう言う意味じゃないぞ!?」
「……」
「私ならば! 悪しき者から弱き者を助けるために強くなりたいと……!」
「……」
何も言わない少年の沈黙を勝手に悪いように捉えるシルヴィア。
さすがに自分が空回っていることを理解しているようで、次の言葉が紡げない。
「……すまないな、お前は弱くなんかない。今を必死に戦っているのに……」
困ったシルヴィアが次にしたことは、そっと抱きしめることだった。
「弱いのは……私の方だ……」
そして、そっと涙を流すのだった。
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