第3話 目覚めた少年

「目覚めたか!」


 少年が眠っている部屋に飛び込んだシルヴィア。

 彼女が目にしたのは、やはりあの時と同じ昏い眼をした少年だった。


 腕に栄養補給用の注射がされており、回復魔法の効果もあってか顔色は先日とは比べ物にならないくらい良くなっている。

 それでも、だからこそ、顔に全くと言っていいほど生気がないのことが際立っている。


「……」

「これ、は……」


 遅れて入って来たキーファとアール。

 2人は最初の頃の少年を見ていたはずだが、アールは再度衝撃を受けた。


 一方のキーファは、表情を変えなかった。

 残された現場を見る限り、この子の両親は目の前で、そしてこの子自身も……。

 だから、当然だと思った。


「……やはり、生きたいなどと――」

「少年よ! 私のことは覚えているな? そうだ、お前の命の恩人だ!」


 アールの呟きを、そして自身の不安をかき消すかのように声を張るシルヴィア。


「……」

「何だ忘れてしまったのか? 私はこのノートン領の騎士シルヴィアだ! お前の面倒を見ることになった!」

「……」

「安心しろ! これからお前は世界一安全に暮らすのだ! 何も心配はいらないぞ!」

「……」

「うむ! 嬉しすぎて言葉にできないようだな! ――私もだっ!」


 思わず少年を抱きしめるシルヴィア。


「嬉しすぎて! 涙が止まらんぞっ!」

「……」


 涙を流しながら何も変わらない少年を優しく抱くシルヴィア。


「……シルヴィア様、これ以上は体に触りますので……」

「うむ、うむ。わかっている、わかっているさ……大丈夫だ」




 ◆◆◆




 数日後。

 経過観察を終え、肉体的にはある程度回復した少年が連れて来られたのは領主館の敷地内にあるシルヴィアの家。


「ここが今日からお前と私の家だ! 何も遠慮することはない、お前の家だからな!」

「……」


 昏い瞳で家を見つめる少年。

 少年の手を握り、腹の底から明るく声を出すシルヴィア。


「お嬢様、お坊ちゃま。おかえりなさい」


 それを迎えたのは、侍女服に身を包んだ妙齢の女性だった。

 決闘に負けた父親が家と同様に渋々用意した、少年を世話するための侍女だ。


「うむ、セーラよ! これから私が世話になるぞ!」

「……主にお坊ちゃまのお世話だと伺っておりますが……」

「この子の世話は私がやろう! セーラにはその為の私の世話を頼む!」


 このお嬢様は何を言っているのだろう。

 セーラは訝しんだ。


 しかし雇い主である領主に言われたのだ。

 シルヴィアの気持ちは尊重するが、それでも彼女はいずれ騎士団を背負って立つ存在。

 訓練を疎かにしないよう、少年の世話はセーラが担うのだと。


「も、もちろんお嬢様のお手伝いもさせて頂きますが私は主にお坊ちゃまの――」

「問題ない! 我々騎士団は1つの目標に皆で動く! 前線に立つもの、それを支える後衛、さらには兵糧を生産してくれる民達! どれかが欠ければ目的は達成できない!」

「……」

「故に! 目標達成は騎士団だけでなく民たちの手柄でもある! 今回も同様、私を世話することが少年を世話することなのだ!」

 

 だったら黙って後衛に行け……その言葉をぐっと飲み込むセーラ。

 年を重ね、言いたいことを飲み込むことが多くなったと感じつつ、仕方がなく頷く。


「……かしこまりました」

「うむ! そんなことよりも笑えセーラよ! この子が初めて家に帰って来たんだぞ! そんな顔でどうする!」


 疑問顔にさせたのは誰だと思いながらも、確かに笑顔の方がいいと思い直したセーラ。


「……そうですね。それではお坊ちゃま、お部屋に行きましょう」

「まぁ待て。この子は退院したばかりでまだ体力がないんだ。だから今から一緒に走り込みをしようと思う」

「……へえ?」


 思わず間の抜けた声を上げるセーラ。


 退院したばかりなのに走れる体力があるのか? いや、ない。

 顔は青白く、どこかフラフラしている体。

 今走り込みなどしたら間違いなく死んでしまう。


「シルヴィア様、体力がないのに走ったりするのは……その、よくないのでは?」

「? なぜだ? 体力がないからこそ走るのだろう? むしろ限界を超えて走ることに意味がある!」


 その限界を超えたら死だぞとか、それは健常時にやることだとか、このお嬢様は馬鹿なんじゃないかとか、脳味噌が筋肉でできているんだとか……。

 様々な言葉を飲み込み、セーラは必死に言葉を選び取る。


「ですがお坊ちゃまは眠たそうですよ」

「何? ……確かに。しかたないな、走り込みはまた明日だ!」


 この日、少年の命の恩人がまた1人増えたのだった。

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