第2話 騎士団長との交渉

「あの少年を引き取りたいだぁっ!?」


 少年を拠点に運び、治療を受けさせてからしばらくして落ち着いた頃。

 部隊長キーファが配下……とは言えない配下、現在特別に配属されているシルヴィアから耳を疑うような発言を食らった。


「な、何でだいシルヴィアちゃぁ~ん……そ、そんな――」

「はいっ! わかりません! しかし引き取ります!」

「そ、そんなぁ……元気に言えば良いってもんじゃないよぉ……?」

「はいっ!」


 騎士団の長であり、辺境伯の地位を拝している領主、その娘である女騎士シルヴィア。


 いずれ騎士団を率いることが期待され、半ば決まっている彼女が現在キーファの部隊に所属しているのは偶々である。

 ただの経験値稼ぎ。もう数カ月もすれば別の部隊に移る。


「シルヴィアさん、何もこういったことが初めてという訳ではないでしょう? 通例通り、生き残った子は孤児院で――」

「はいっ! 存じていますっ! しかし、私が引き取りますっ!」


 副隊長のアールもシルヴィアを説得しようとするが、引き下がらないシルヴィア。


「おいおいおい~……俺の隊で問題をおこさないでくれよぉ~……ただでさえこっちは村の処理でいっぱいいっぱいなんだらかよぉ~……」

「……シルヴィアさん。あなたが前線に出る以上、同様のことが何回もあるでしょう。あなたはその度に子どもを引き取るつもりですか?」


 窘められるべき隊長の発言もそのままに、副隊長アールがもっともなことを言う。


「……声が、聞こえたんです……多分」

「声ぇ?」

「はい。弱々しくも……『生きたい』、と」

「あの少年から……? とてもそう言える状態には……」


 体力的にも精神的にも、とてもそんなことを言うようには見えなかったと言うアール。


「はい……しかし、確かに聞こえたんです……」

「……」


 顔を伏せ、自信なく答えるシルヴィア。

 常に全身全霊威風堂々。そんな彼女ですら半信半疑の様子。


「だ、だからと言ってさぁ! 別に嬢ちゃんが育てる必要は――」

「はいっ! ありません! しかし引き取ります!」


 しかしその目は、確かに決意をしている目だった。




「……まっ! 嬢ちゃんが決めたんなら俺からは何も言えねぇしなっ!」

「はいっ!」

「『はいっ!』じゃあねぇんだよなぁ~……はぁ……どう報告したもんか」

「……ふぅ。隊長の首だけで済みますかね? もちろん物理的な首で」


 物騒なことを言う副隊長、しかし本気で首が飛びかねない事態である。

 首を摩りながら、任務を終え首都に戻り騎士団長である領主にしなければいけない報告を思うキーファ。


『おたくの娘さん、1児の母になりますってよ!』

『できた娘さんですねぇ、家族を失って可哀そうな子を代わりに育てるんですって!』

『さすが騎士団長の娘さん! 兵役と子育ての両立ができるなんて素晴らしいっ!』


「なぁにっ! 部隊生存率ナンバーワンの俺様にかかれば問題なしよっ! はーっはっは……」


 肉体の全盛期を過ぎて尚騎士団長からの信頼が厚い男キーファ。

 彼の戦いが今始まる。


「はぁ……」




 ◆◆◆




「……キーファ、そしてアールよ。頭を差し出せ」

「ですよねぇ~」

「……っく」


 数日後、滅んだ開拓村についての報告と偶々運悪く臨時で配下となっている騎士団長の娘の報告を済ませたキーファ。

 彼の目の前には、オーガをもその眼力で殺す……かも知れない程の威圧感を込め、彼を睨み続ける男がいた。


 騎士団長にして王国の北方を守護するノートン領、その首長ファルシス=ノートン。


 逞しく発達した全身の筋肉は、彼が鍛錬を怠らなかった証。

 研ぎ澄まされた眼光は、一時も気を緩めない常在戦場の具現化。


 その彼が、得物である大剣を手に取り2人の方へと歩む。


 俺の戦い、終わったんですけどぉ……そう諦めかけたキーファを救ったのはその騎士団長の娘。


「お待ちください父上っ! 彼らは関係ありません!」


 父にも引けを取らない程の胆力を以て両者の間に割って入る。

 服の上からでもわかる引き締まった筋肉、そして意志の強い眼はやはりこの女騎士が騎士団長の娘なのだと納得できるものだった。


「関係あるっ! 形式的でも今のお前はキーファの配下っ! その配下が問題を起こしたんだぞっ! 長であるキーファが責任を取るのは当たり前だ!」

「しかしっ!」

「しかしも糞もあるかぁっ! それと父上と呼ぶなっ!」

「騎士団長! しかしっ! 私は問題を起こしていません!」

「「「……?」」」


 幼い頃から騎士団長の娘として、やがては騎士団を率いる者として。

 シルヴィアは厳しい訓練を課せられてきた。


「騎士団長は常々言っておりました! 『騎士たるもの全ての行動は正しくあれ』と!」

「う、うむ」

「私は既に騎士なので! 全ての行動が正しいのです!」

「「「……?」」」


 彼は娘を善く育てた。曲げず、腐らせず、真っすぐに。

 そうして育った精神は圧倒的自己肯定感をもたらした。


「『一度決めたことは最後までやり遂げよ』とも!」

「そ、それは……」


 信念を曲げない意志の強さを。


「それに、あの子には……私が必要なのです。この世の何もかもに絶望した眼のあの子には……」


 愛にも似た、そして根拠も何もない自信を得てしまった。


「……ならん」

「なります!」

「ならんっ!」

「なりますっ!」

「ぐぬぬ……ならば! 決闘だっ! 決闘で私に勝てば――」

「失礼しますっ! シルヴィア様!」


 最早言葉でどうこうできるものではないと、肉体言語で決めようと提案した騎士団長の言葉を遮る者がいた。


「何だ?」

「例の子が目を覚ましました!」

「本当か!? すぐに行くっ!」

「待て!」


 部屋に入って来た侍女の言葉に応じ、シルヴィアが少年の元に向かおうとする。

 当然制止しようと声を上げる騎士団長ファルシス。


「まだ話は終わってぐぼぉっ!?」

「少年も回復し! 決闘も私の勝ち! やはり私は間違っていなかった! あーっはっはっはー!」


 自身の父親を思いっきり殴りつけ、高笑いを上げながら駆け出すシルヴィア。

 後に残ったのは泡を吹いてうずくまる騎士団長と、呆然と親子を交互に見ることしかできないキーファとアール。


「くそ……っ! 娘も息子も好き勝手しおって……!」


 しばらく見ていない息子のことを思い出し、苦虫を噛んだような表情を浮かべるファルシス。


「……俺にも年頃の娘がいましてね、やはりとんだじゃじゃ馬でして……」

「比べ物にならないのでは? お菓子が欲しいとだだをこねる娘さんとシルヴィアさんとじゃ」


 虚空を見やり、ふぅと息を吐いてキーファは呟く。


「……最終的には、似たようなもんだよ」

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