第一章 

ブリアール・エスタ・エスタと食道楽

「ああ、ブリちゃん、ここ違う」

「あ、すまない、島本殿」

「あと、ここと、ここもね。いい加減覚えてね」

「あ、うう、すまない、島本殿……」


 顔可愛いのに、つっかえねぇなぁ……じゃなかった、ゴホン。これじゃぁルッキズムな上にパワハラになる。気をつけねばね。でもまあ、本当に可愛いというかキレイというか完璧な見た目なのに。


 桁揃えて金額記入するだけに、どんだけ間違ってるんだ。


 エルフの聖騎士さんよ。


「あっちにいるときは、剣ダコを作ることしかしなかったもので」

「知ってますよ、有名なんですから」

「そ、そうか!我が雷名はこちらでも轟いて……」

「ええ、指名手配犯としてね」

「ぐっ」


 そう、このエルフの美人聖騎士。

 

 今現在、この網浜ホットサービスにて事務員見習いをやっている。社長の買ってきた『ザ・昭和の事務員!』な格好をさせられている。腕に、なんて名前かよくわからない黒い袋をはめさせられている。


 オレの指示で、度無しの黒縁メガネまでかけさせられている。


 ダッサい格好のエルフの聖騎士。


 その名を、ドービルの森ナビアの娘ブリアール・エスタ・エスタ。社長の壊滅的なセンスでブリちゃんと呼ばれることになったこのエルフの聖騎士は、日本で、いや世界で知らないもののいない、特一級の国際指名手配犯なのである。


「だからダミーユさんのところに隠れてたんでしょ」

「う、ま、まあそうなんだが……」


 そう、あの日社長がフーゾク嬢のダミーユさん経由で持ち帰った儲け話。


 その正体が、ダミーユさんの家に隠れ住んでいたブリちゃんなのである。


「あ、そこ、また桁ずれてる」

「うきいいいいい!」


 もうなんか、そろばん渡した方がうまく使いそうだなこの人。


 しかし、こうやって見ると本当に普通のエルフで、まあ、ちょっとだけ普通のエルフよりも美人さんなんだが、それでも、テレビでモデルやってることの多いよく見るエルフ種と何も変わらないのだなぁ。


 勇者パーティーの女聖騎士様は。


「ねえ、あんたほんとにあの閃光のブリアールさんなの?」

「おお、そうなのだ!」

「ちょ、だからそこは数字じゃなくて空欄だってば!」

「にゅぅぅぅ」


 閃光のブリアール。


 伝え聞いた話によれば、白銀の髪をなびかせる超絶美形のエルフで、踊るように敵を屠り、そして、神より授かったその聖なる光の城壁で仲間を守護る、豊穣の姫巫女聖女バーミルについで、一部の厨二に人気の人物だ。


 いや、まあ、見た目に関しては、確かに噂通りだけどね。


「島本殿!」

「な、なに?!」

「そろそろ中食の時間ではあるまいか!!」


 こうやって隣で仕事をすれば、残念この上ない駄エルフだ。


 って、ああ、たしかに12時になったね。


「そうだね、お昼にしようか」

「そうこなくては!」

「どうする?」

「萬金亭でチャーシュー麺大盛りと炒飯と餃子とレバニラ炒めで!」

「食うねぇ相変わらず」

「騎士は体が資本ですゆえっ!」


 ですゆえっ! って、今のあんたは事務員見習いだっての。


 事務所住み込みで家賃とか光熱費ゼロだからいいものの、それでも食費だけでこの網浜ホットサービスの安月給が吹っ飛びそうな勢いだね。


「島本殿はどうされるので?」

「ああぁ?!」

「あ、すみません、ごめんなさい」

「自分で電話しなよ」

「はいぃぃぃっ」


 ったく。


 まあとりあえず食いしん坊犯罪者エルフは放おっておくとして、そろそろ誰か事務所に戻ってきそうな感じなんだけどな。ていうか、基本的に俺は二人っきりというのが苦手なんだよね。


 特に美人は、ね。


「あの島本殿」

「なに?」

「あ、えっと、怒っておられるか?」

「いいや」


 もう、こういう雰囲気!


 わかるよね、鬱陶しい。


「あ、そうか、良かった」


 ……か、かわいいやん。


 その心底ホッとして、良かった怒ってなかったんだぁ、な顔している超絶美形エルフさん、もう、なんというか、すっごいかわいいじゃないですか!


「ねえブリちゃん」

「なんであるか?」

「そんなかわいい顔してるのに、なんで佐々木なんか追っかけてきちゃったわけ?」

「ぶふっ!」

 

 そう、今や知らない人のいない伝説の勇者佐々木。


 その顔形は、それこそ教科書にも載っているので、知らない人はいないくらいのものなのだが、どう考えても普通というか冴えないというか、まあ、一般通過男性のような見た目なのだ。


 すくなくとも、絶世の美女と噂の姫巫女や閃光のブリちゃんが惚れてしまうような人間ではないと思うのだけど。


 と、多分、全人類が思っているのだが。


「かっこよくなくない? 佐々木」

「いや、まあ、そうだな、うん」

「性格がいいとか?」

「いや、それも普通で、その……」

「じゃぁ、何がいいの?」


「いや、その、わたしは佐々木に惚れてないので、その……」


 なんだって?


 姫巫女と聖騎士とあともう二人が勇者に惚れていて、それでこっちの世界まで追っかけてきた。ってのがこっちの世界での定説なんだけど。


 ちがうの?


「いや、その、バム、あ、えっと姫巫女バーミルはおっしゃるっとおり佐々木を追ってこっちに来たのであるが、ほかは、その、いろいろ違う目的で」

「目的? じゃぁブリちゃんはなんでこっち来たかったの」

「い、いや、その……実は……」


――ピンポーン


「萬金亭っす!」

「あ。はーい」


 と、いうわけでブリちゃんの身の上話は一旦中断となった。


 って、しっかし嬉しそうに食うな。ここに来て、ブリちゃんとこうして仕事をするのはもう十日目になるのだが、この商店街のありとあらゆる店で飯を食い続け、その食い方と言ったらもう。


 笑顔でがっつく……いい意味……豚である。


 いい意味豚って!


 ん、待てよ、もしかして……いや、流石にそれはないか……いや……でも、一応確認だけはしておくか。


「まさかブリちゃん、美味しいもの食べたくてこっちに来たの?」

「おおお、はふがふぁひまっほとでょの、ぎょげいぎゃんでふぁふ」

(さすがは島本殿、ご慧眼である)

「まじかぁぁぁ」


 いえねええ、あの大災厄の引き金となった『転生勇者佐々木の帰還事件』のその理由のひとつが、食いしん坊聖騎士の食い意地のせいだったなんて。


「……もぐもぐ、うぐっ、ぷはっ。ええと、ちなみに、他の娘たちは知りませんが、大魔法使いビリィーメイはライトノベルを読みに来たのであるよ」

「ガチか、はっはっは、笑えねぇよ」


 けど、笑うしかないわそんな話。


 いやもちろんね、無理矢理に引き裂かれてしまった勇者パーティーの恋物語だったとしても、あの大災厄は到底受け入れられないものだけどさ。流石に、美味しいものが食べたかったから、なんて世間にバレたら。


 第4次世界大戦が起こるわ。


「そんなにこっちの飯はうまいの?」

「段違いであるよ、島本殿!」

「そうなんだ」

「こっちのこの豊かな食文化に比べれば、あっちの世界の食い物なんか飼葉桶に忘れ去られたまま放置されて10年経った飼葉であるよ!」


 わかりにくいたとえっ!


「あっちでは、佐々木の手料理で再現したものを食べていたのであるがね、それでも目を瞠るほどにうまくて……しかし、こっちに来てプロの作った素晴らしい食事を食べたらもう……聖騎士の位もエルフの国の未来も打ち捨ててやって来たの我が身ではあるが、そんなもの、ぜんせん惜しくはなかったのであるよ」


 まあ、こっちが大災厄で失ったものは、だいぶ惜しいものだけどな。


 残念なことに、俺はそういう激しい感情というものがないので、激昂して抗議しようなんて気概はもともと湧いてこないのだけど、このちょっと抜けている美人聖騎士さんのこの世の春とばかりの食いっぷりを見ていると、もう何か色々言う気も失せてくるというもの。


 美味しそうにご飯を食べる人に悪い人はいないってばあちゃんも言ってたしな。


 あの『転生勇者佐々木の帰還事件』のあと、そんな佐々木を追いかけてやって来た4人のパーティーメンバーが無理やりこじ開けた異世界との穴。その影響で、世界中に同じような異世界との連結部が出来上がってしまった結果。


 大災厄は起こった。


 世界中に溢れ出した異世界の民。見たことのない人種、亜人種、そして、何より甚大な被害を生んだモンスターたち。


「ひゃぁぁ、レバニラはうまいであるなぁぁ」


 世界人口の4割を失った大災厄の原因が、今、眼の前で萬金亭の一番人気メニューレバニラ炒めを褒めている。


「島本殿! レバニラ炒めとニラレバ炒めはどう違うのであるか!」


 もうほんと。


 なんて言っていいのか、言葉もありませんよ、マジで。

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