はい、こちら網浜ホットサービスです。 ~我が社は異世界種100%の街の便利屋さんです~

@YasuMasasi

網浜ホットサービス

「社長! 社長!」


 とある地方都市の雑居ビル。


 そんなどこにでもある雑居ビルの、これまたよくある普通の事務所のドアがあいて、あまり普通でないちんちくりんの女が、入ってくる。


 ここ、網浜ホットサービスの事務所に、だ。


「社長いる?」


 その背丈、まるで小学生。


 が、もちろん普通に大人だ。


 何なら、俺より年上だ。


「あ、島本ちゃん、社長どこ行ってん」

「ああ、社長は、その、フーゾクです」

「はぁ?! 昼間っからかいな?」


 うん、その感覚は正しい。


 大切にしたいよねの感覚。


「ええ、なんか、ものすごくお気に入りの娘を見つけたらしくて」

「はぁ……、この会社、もうあかんかもな」


 うん、その感覚も正しい。


 というか、実際に経理を担当している立場からすると、感覚というレベルではなく、非常にシビアな現実としてこの会社の経営はものすごく厳しい。の、だが、それを正直に言うわけにはいかない。


 ね、だってほら、働くモチベってあるじゃないですか。


 離職されたら困っちゃいますしね。


 一人で社長の世話とか、絶対ごめんです。


「不思議と大丈夫なんですよね、うち」

「ガチで? 島本ちゃんは腕利きやなぁ」

「いやぁそれほどでも……って、なんか社長に用事があったんじゃないですか?」

「ああ、そうそう、そうやったわ」


 そう言うと、そのちんちくりん。


 いや、網浜ホットサービスの社員であるレイラちゃんは、背中に巨大なリュックを背負ったまま、そこから器用に紙を一枚出してそれを覗き込んで答えた。


「てかさぁ、島本ちゃん」

「はい?」

「町内会のバスハイクの運転手と添乗員な、エッロエロなサキュバス手配したん、だれや?」

「はぁ?!」

「はぁやあらへんで、バスハイクに参加したおっちゃん連中には大人気やったみたいやけど、おかん連中からごっついクレーム来てんねんで」


 言いながら、レイラちゃんは手にしていた紙を事務所の応接テーブルに乱暴に投げ捨てた。


「見てみぃや」


 言われるがままに恐る恐る覗いてみれば、投げ捨てられた白い紙には「抗議文」と真っ赤なマジックで大書されていて、その周囲には、細かい字でクレームが書かれているようだ。びっしりとみっちりと、隙間なく。


 ぶちのめすぶちのめすぶちのめす……。


「怖っ!」

「離婚騒動まで起きてはるらしいで」


 あちゃぁ、お気の毒様です。


 てか、町内会のお気楽なバスハイクにエッロエロなサキュバスを手配って、マジ誰がやったんだよ。馬鹿なのか、そいつは。ほんと、そんなの、まるで古い昔のAVの設定か、もしくは、それこそフーゾクのイベントみたいじゃないか……。


 って、ああ。


 なんか犯人わかった気がするぞ。


「一応言っておきますけど、俺は人間を手配しましたからね」

「ま、せやろな。ほな、他の奴らかいな」

「出元さんでも、オリビアさんでもないと思いますよ」

「はぁ、思た通りやな」


 そう、きっと、その犯人は。


「社長やな」

「ええ、社長です」


 と、俺が答えたその時、けたたましく事務所のドアが開いて上機嫌のおじさんがひとり飛び込んできた。


 そう、犯人、だ。


「たっだいまぁ!」

「たっだいまぁやあらへんわ、このドアホ社長が!!」

「なになに、レイラちゃんおこなのおこ?」

「おこって……微妙に古い言葉使ってけつかる」

「ええ、おこってもう古いの? ま、いいや、それよりしまもっちゃん、他の人は?」

 

 口ひげにオールバック。


 黙っていれば、そこそこ女の人にモテそうなイケオジ。なのだが、とにかく女好きでだらしない性格が災いし、結果できあがったのは、超絶無責任主義の若い女の子が逃げていく系スケベオヤジ。


 それが、この会社の社長。


 網浜大造、四十七歳、そのひとだ。


「出元さんは3丁目のヘリオスでピアノ搬入の手伝い、オリビアさんは映画のエキストラで東京に出てます。遊んでるのは社長だけですよ」

「な、ひどいなぁ、遊んでたわけじゃないんだぞ」

「もういいですってそういうの、床屋の寺西さんに聞きましたよ、また、新しいフーゾクのお店に通ってるそうじゃないですか」

「おお、大正解!! でもそれ、お仕事なんだなぁ」

 

 フーゾク通いが仕事になるなら俺もそれがしたいわ!


 なんてことは言わないし出来もしないのだけれど、ただ、なんやかんや言いつつ、この網浜ホットサービスが経営を続けていられるのは、このアホ社長の持つ特殊能力のおかげなのだ。


 異常なコミュ力という名の。


 そう、この社長、何故か人に好かれるタイプなのだ。


 これまでも、その意味不明な魅力で起死回生の一手を生み出し、この網浜ホットサービスは都度その危機を乗り越えてきているのだが……。


 流石に風俗通いは、ねぇ。


「もうね、大発見なんだよ、それが!」


 それでも、社長なら……ワンチャンあるのか?


「3丁目のマッサージ店の新人さんがね、すんごいエッロいのよ」


 うん、起死回生の一手が生まれそうな気配がない。まるでない。


 あってたまるか。


「はぁ……」

「興味ない?」

「ないですよ」


 あるわきゃない。


「ええ、いけずぅ」


 うざっ。


「わかりましたよ、で、どんな新人さんなんですか?」

「えっとね、ゴーゴン」

「は?」

「ゴーゴンなんだよね、新人のダミーユちゃん!」


 ちょいちょいちょいちょい。


 確かゴーゴンって、特別警戒異世界種として政府登録されてなかったっけ?


「やばいんじゃないですか? それ」

「え、なんで。ゴーゴンって石化能力あるからどんなに疲れてても、すぐに元気百倍カチンカチンチン……」

「やかましいわ! たく、そうじゃなくて、ゴーゴンって特別警戒種ですよね?」

「そうだよ、でも、言わなきゃバレないじゃん」

「あ、いや……ったくこの人は……」


 バレないじゃん、じゃないでしょうが。


「うちの仕事知ってますよね?!」

「なぁに言ってんのさ、僕の会社だよ、網浜ホットサービスは。ここは、異世界種スタッフ100%の街の便利屋さんです!」

「そうですけど、そこじゃないでしょ、中心は!」

「違いますぅ、うちは便利屋が中心事業なんですぅ」


「う、うっざ!」


「島本ちゃん、心の声出てはるで、同意やけどな」

「ひどい!」

「あ、すんません、つい本音が」

「ひ、ひどすぎ!」

「って、そんなことよりですね」


 言いながら、俺は壁を見る。


 そこには、売れない女優の猫獣人、オリビアちゃんがウインクをしているポスターが数年前から貼りっぱなしになっていて。


『異世界トラブル大好物にゃんっ!』


 ……って、だめじゃん。と、突っ込みたくなるようなキャプション付きで招き猫のポーズをとっている。でも、実はそれであっていて、異世界トラブルこそ、我が社の最も重要な仕事なのだ。


 そうここ網浜ホットサービスは。


 2020年代後半に世界降り掛かった災難『転生勇者佐々木の帰還事件』によってこの世界に流入してくることとなった異世界種、つまり異世界の様々な生き物によるトラブルを解決し、適性を見てそのまま雇用するか他社に斡旋するか、はたまた捕縛するかの権利を認められている、国指定異世界問題解決企業。


 一般に異世界便利屋と言われる会社の一つ。


「便利屋はあくまで異世界種の皆さんの働き口の為にやってることで、あくまで本業は国家に委託された異世界種のトラブル解決ですよ!」

「かたい仕事嫌い」

「潰すぞ」

「怖っ!島もっちゃん怖っ!」

「ああ、もうつまりうちはですね」


 そう、つまり網浜ホットサービスは、業許可のいる許認可事業所なのである。


「業許可もらってる会社が脱法異世界種を見過ごしちゃまずいでしょ!」

「知らへんで、お上にさかろうて良いことなんて何もあらへんからな」


 そう言ってレイラちゃんも社長をに恨む。


 そんなレイラちゃん、その正体は、異世界から来たドワーフの成人女性。


 異世界にいるときは、どこぞの街の工房で剣を打っていたらしい。


 ただ、いまでは、鍵のトラブルから大工仕事に包丁研ぎ、庭木の手入れにゴミ屋敷の片付けまで行う、ある意味一番便利屋っぽい仕事を任せられていて、社長が何故か大切にしている街の便利屋さん的な方面における我が社のエースなのだ。


 それだけに発言力は強い。


「島もっちゃんならまだしもレイラたんに言われたらへこんじゃうなぁ社長」


 ガチでキモイ、そして、やかましい。


 ……って、まだしもってなんだまだしもって。


「それに、遊んでたわけじゃないって言ったでしょ、ちゃんと儲け話持ってきたんだから」


 ほぉ、それはそれは。


「聞かせてもらいましょう」

「何か偉そうじゃない、島もっちゃん」

「就業時間中に風俗に通う社長よりは偉いです」

「ひどい!」

「やかましい、早くいえ」

「くぅぅぅ」


 そう言って、社長が語り始めたその内容は……。


「はぁぁぁ?!」

「あんな、それマジで言ってはんのか?!」

「うん、大マジ。マジのガチ、社長嘘つかない」


 網浜ホットサービスのハチャメチャな毎日が動き始める起爆剤となったのである。

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