第五話

 音楽室に到着すると、二人で手分けしてカーテンを取り付けることになった。椅子の上に立ってカーテンレールの金具にカーテンを取り付けながら、口元がにやけてしまう。

「もしかして湊本って優等生なんやろうか」

「はあ?」

「私が先生から雑用を頼まれたのをどこかで聞いていて、それで手伝いに来てくれたわけやろう? 私のこと、良く思ってないみたいなのに手伝ってくれるなんて、ザ・優等生やね。なんか親近感」

 湊本が何か言ったようだが、カーテンの金具のじゃらじゃらという音に紛れて聞き取れなかった。

「あれやん、優等生っておせっかいな性格が多いとよね。私もそうやもん。ああ! だから私に藻戸原をほうっておけって忠告してくれたんやね。いじめに巻き込まれるのを心配してくれたとやろ?」

 湊本は最後の金具をつけおわると、「ぜんっぜん違うし。本当おめでたいよね、ばーか」と吐き捨てていなくなった。

「違わんと思うけどなあ」

 これはあれだろうか。まじめな人に、まじめだねって言ったら嫌がられるみたいな、そういうあれなのだろうか。


 数日後。それは雲一つなく、気温が四十度近くまで上がった地獄みたいな日のことだった。

 午後のホームルーム時に事件は起きた。

 担任の男が、教卓の前で腕組みして鼻の穴を膨らませた。

「きょうは残念な報告がある。実はこのクラスでいじめが起きていると、ある生徒から相談を受けた」

 みんな黙って俯いた。藻戸原のことだと誰もがわかっている。先生は厳しいまなざしで私を見つめた。

「小宮、立て」

 びっくりした。なんで私が名指しされるのだろう。わけがわからないまま、のろのろと立った。

「おまえがいじめの主犯らしいじゃないか。いじめられた本人がそう言っているぞ」

「えっ」

 そんな馬鹿な。思わず藻戸原のほうを見た。彼は私と目が合うと両手で口元を覆った。口を隠しても、目元が笑っているのは隠せない。

「どういうこと……」

「このクラスは、これまでいじめなんかなかった。それが転校生のせいでいじめが起きてしまった。先生は悲しいぞ」

 どうしてそういう話になってしまったのだ。呆然としてしまって先生の話が頭に入ってこない。私がいじめの主犯? 何の冗談だ。

「でも、先生は反省しているんだ」

 急に優しい声になった。

「小宮は新しい高校に馴染めなくて辛かったんだよな。だからいじめをして、クラスのみんなと仲良くしようとしたんだよな? 転校生の小宮をフォローしてやれなかった先生がいけなかった。本当にごめんな。ずっと寂しかったよな」

 藻戸原が笑いをこらえるみたいに肩を震わせたのを見て、私はやっと茫然自失状態を抜け出した。

「ちょ、どういうことなん」

 席を離れ、藻戸原に詰め寄る。

「小宮! やめろ」

 先生が怖い顔をして私を叱りつけた。

「もういじめはしないって約束してくれ」

「でも」

「でもじゃない。いじめは絶対にだめだ」

 唇を噛んで俯く。でも、こんなのは間違っている。藻戸原のやつ、どういうつもりだ。私がいじめの主犯だと嘘をつくなんて。

「小宮がいじめをやめるって約束するまでホームルームは終われないし、全員帰れないからな」

 溜息が教室内に満ちた。目に見えない圧力がかかって、息苦しくなる。

「先生……私……」

 言葉が続かない。焦れた先生が助け船を出した。

「イジメやめます、だろ?」

 言いたくない。だって私はいじめをしていないのだから。でも、このままではみんな家に帰れない。先生も納得しないだろう。だから……。

「イジメ……やめます……」

 藻戸原が机に頭突きするみたいに激しく頭を振って喜んだ。


 ホームルームが終わり、先生が教室から出ていくと、生徒たちも先を争うによう教室を出ていった。やっかいな話に巻き込まれたくないのだろう。

 失望と悔しさで席から立ち上がれずにいたら、藻戸原が私のところにやってきた。

「反省した?」

 私の顔を覗き込んで、おどけるみたいに口をすぼめた。

「あんた、どういうつもりなん。私がいじめの主犯だなんて嘘を吐くなんて」

「だって俺を裏切って、いじめをやっているようなクズたちと仲良くしてただろ。そのお仕置きだよ」

「何それ! 私はいじめをやめさせたくて、聞き取り調査をしとっただけなのに!」

「嘘くさ。俺を裏切った上に嘘まで吐くとか、これはお詫びをしてもらう必要があるなあ」

「お詫びって……なにそれ……」

「本当はおまえだってしたいって思ってるくせに、とぼけるなよ」

 意味深に口を歪めて笑う。醜く邪悪で淫靡なものを感じさせる笑みだった。藻戸原がさらに距離を詰めてきた。肌に熱を感じるほど近くに。びくりと体が震える。


「だから言ったのにね」

 その声に、藻戸原は後ずさった。振り返ると、湊本が私の背後に立っていた。

「余計なことをするから馬鹿をみるんだよ? 小宮ちゃん」

 そう言う湊本の険しい視線は、私ではなく藻戸原に向けられていた。

「くそ、何だよ」

 藻戸原はぶつぶつ言いながら逃げるように教室を出ていった。

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