第四話
翌日の昼休み、いつも藻戸原に嫌味を言っている女子たちに話しかけてみた。
「ねえ、なんで藻戸原をいじめると?」
原因がわかれば対処方法も見つかるかもしれない。
「別にいじめてるわけじゃないですよ」
女子たちは慌てたように弁解した。
「そんなつもりはないんです。ただ、ちょっとね」
「うん、あいつって感じ悪いっていうか。ねえ?」
そうそう、と女子たちは頷き合った。
「でもさ、感じ悪い男子ってほかにもおるよね。それなのにどうして藻戸原だけいじめると?」
女子たちは曖昧に笑って回答を避けた。どうやらヤンキーには心を開いてくれないらしい。
男子にもいじめる理由を聞いてまわったが、なんとなくムカツクからとか、いじめているつもりはないとかいった回答ばかりで、明確な理由を言える生徒はいなかった。
話を聞いて回っているとき、常に視線を感じていた。湊本が自席で頬杖をついて、馬鹿にしたような呆れ顔で私の調査を観察しているのだ。なぜ見るのか。不愉快な気持ちになる。できれば見ないでほしいのだが。いや、他人の視線なんていちいち気にしなければいい。今までだってずっとそうやってきたじゃないか。自分にそう言い聞かせて、聞き取り調査を続けた。しかし、特にこれといった情報を得られることもなく、あっという間に放課後となってしまった。
結局いじめ加害者たちはふわっとしたことしか言わなかった。なぜなのだろう。言いたくないのか。あるいは本当に明確な理由なんてないのかもしれなかった。
放課後はもっと深く話を聞いてみようと思ったのだが、いじめを主導している生徒たちはさっさと下校してしまった。まるで私に話しかけられるのを避けるかのように。
湊本もいつのまにか教室から姿を消していた。
これ以上教室に残っていても意味はない。私も帰ろうと荷物をまとめていたら、通りがかった音楽教師が廊下から声を掛けてきた。
「そこのあなた! 悪いんだけどさ、私のかわりにカーテンを受け取ってきてくれない? 洗濯して乾かしたのが体育館に置いてあるはずだから」
「えっと、カーテンですか……?」
「私はこれから職員会議なのよ。あ、カーテンは音楽室のだから、取り付けておいてくれると助かるわ。お願いね」
「あっ、はい」
つい引き受けてしまった。雑用を断れないのが優等生のさがである。まあ、しょうがない。
言われたとおり体育館にいくと、壇上に黒い布が畳まれて置かれていた。
「ああ、これか。……お、重っ」
ただの布だと舐めていたが、予想を上回る重さだった。防音用で生地が分厚いせいなのか、あるいは全部で6枚もあるせいなのか、まるで持ち上がらない。
「どげんしょうかな。2回に分けて運べばよかかなあ。いやでも、持ち方を工夫すれば1回で全部運べるかも?」
一旦カーテンから手を離し、運び方を考えていたときだった。白くて長い手が伸びてきて、カーテンを持ち上げた。
「えっ?」
いつの間にやってきたのかすぐ隣に湊本がいた。カーテンを抱きかかえて歩き出す。どうやら運んでくれるようだ。
「え、えっ、湊本、なんで?」
私は慌てて湊本のあとをついていく。
「あの、重くないと? 半分貸して」
「いいよ。別に。ひとりで運べる」
いかにも都会の青年という感じなのに、普通の顔をしている。
「湊本って力持ちなんやね。運んでくれてありがとう」
返事がない。
「でも、いいと? 湊本、なんか別の用事があったんやないん?」
「用事って?」
「だって体育館におったわけやから、なんか部活とかがあるんやなかったと?」
これにも返事がない。なんなのだ。湊本は階段をのぼり始めた。真っすぐ音楽室に向かっている。
「運ぶ先が音楽室なの、何で知っとうと?」
「ああもう、さっきからごちゃごちゃうるさいんだけど。黙っててよ」
よくわからないが、せっかく運んでくれていることだし、言われたとおり黙ることにした。
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