第二話

 放課後、予想どおりつるし上げが始まった。スポーツ好きな生徒たちが藻戸原を囲んで責めたてる。

「おまえのせいで試合ができなかったじゃないか」

「ほんと最悪だよね」

 さほどスポーツに興味のない生徒までが、教室のあちこちから野次を飛ばす。非難の嵐の中、当の本人は肩を丸めて椅子に腰掛け、腿で両手を挟み込んで机の染みを見つめていた。

「これだけ言われてるのに謝りもしないんだ」

「今日の試合、楽しみにしてたのに」

「一言くらい謝罪したっていいだろ。おまえ、本当ひどいな」

 藻戸原は何も言わない。顔から表情を消して、時間が過ぎるのを待っているかのようだ。さらに非難の声が降り注ぐ。もう見ていられなかった。

「もういいやろ。体育の授業でのミスなんてわざわざ謝らせるようなもんでもなか」

 皆、不満そうに黙り込んだ。藻戸原はにやりと笑うと、席を立った。

「おまえさあ」

 私の側までやってきて、肩をぽんと叩いた。

「なまり過ぎだろ」

 私は溜息を吐く。転校当初は藻戸原がどんな性格なのかなんてわからなかったが、今はうんざりするほどよくわかっている。この男子はいつも脈絡なく不愉快なことを言ってくるのだ。

「博多弁女子のアタシって可愛いでしょみたいに思って、わざとなまってるのバレバレ。そういう計算って普通の男はすぐ見抜くからやめたほうがいいよ」

 藻戸原はにやにやしている。

「俺は普通にしゃべれる女の子が好みなんだよね」

「あっそ。そんなん私には関係ないし、どうでもよか」

 室内が白けたムードになって、クラスメートたちは教室を出ていきはじめた。私ももうこれ以上藻戸原と会話する必要を感じないので帰宅しようと思い、鞄を持って足早に教室を出た。なのに藻戸原が廊下までついてきた。

「俺が教えてやろうか」

「なんを?」

 立ち止まって振り返ると、藻戸原はにんまりと笑った。

「女の子らしいしゃべり方だよ。俺に好かれたいならもっと努力して可愛くならなくっちゃ」

 この男子は一体何を勘違いしているんだろうか。私はただいじめをなくしたいだけで、藻戸原に恋しているわけではないのだ。そう説明しようとしたときだった。


 教室から湊本みなもとが出てきた。髪をかなり薄い色に染めている男子だ。黒髪の私なんかよりずっとヤンキーっぽい。いや、ヤンキーというにはあまりにも今時な感じだけれど。遊んでそうな雰囲気だと言ったほうが正確かもしれない。すれ違ったとき、香水みたいな甘いにおいがするからきっとヤンキーの亜種であろう。色白で髪が細くてさらさらで薄い顔立ちで、いかにも都会の子って感じだ。私と違ってハンドクリームとリップクリームも使い分けているに違いない。唇がつるりとしていた。

「小宮ちゃん」

「なん?」

 私が返事をすると、藻戸原は舌打ちをして教室に戻っていった。湊本はいじめには加わっていないようなのに、なぜか藻戸原は湊本のことが苦手らしい。湊本の外見のせいだろうか。

「ちょっと良い?」

「なんなん?」

 湊本とはあまりしゃべったことがない。突然何の用があるというのだろう。

「来て」

 数歩近づけば、同じだけ離れて、こちらを振り返ってにこりと笑う。誘導されるまま後をついていった。


 西日の当たる廊下を歩く湊本はどこか気だるげで、それでいて重心だけはブレない。芯のとおった動きをしている。何度目かで振り返ったとき、かすかに甘い香りがした。


「どこに行くと?」

「いいから。こっち。ほら、来てよ」


 大きいけれど厚みのないその背中を追いかけて、やがて理科準備室に到着した。理科の授業の準備を手伝えということだろうか。今は放課後なのに?

 疑問に思いながらも部屋に入った。室内は閉め切っているせいか蒸し暑く、どこかカビ臭かった。

 室内の真ん中まで進み、鍵のかかった戸棚を見回していたら、背後でかちゃりと鍵がかかる金属音がした。

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