青春はどげんも、こげんも、なか!

ゴオルド

第一話 博多弁の転校生

 自分をヤンキーだと思ったことはない。高校だってサボらず登校している。校内で暴れたことはないし補導を受けたこともない。

 そもそもヤンキー自体を見たことがなかった。実在するのだろうか。アニメやドラマでしか見たことがない。それなのにクラスメートは私をヤンキーだと言う。おかしいと思う。

 私はメイクをしない。面倒くさいからだ。リップクリームすら持っていない。でもそれは手にハンドクリームを塗ったとき、ついでに口にも塗ればいいと思っているからであって、喧嘩相手に舐められないよう唇に色を乗せることを控えているわけではない。太りやすい体質だから筋トレして体型維持に励んでいるが、筋肉で誰かを暴行しようとも思っていない。


 福岡県にいた頃は、友人は少ないほうだった。それでも特に浮いてはいなかったと思う。しかし、親の転勤にともない東京の高校に転校したのを機に、一匹狼のヤンキーと呼ばれるようになってしまった。


 クラスの女子は私に丁寧語で話す。男子は目が合っただけで怯える。

「あいつヤンキーだから怖いよな」


 その原因となった出来事は、転校して間もない5月頃に起きた。

 その日は朝から雨で、教室に登校してきたクラスメートたちは髪が膨らむとこぼしていた。そこから藻戸原もとはらという男子生徒の髪が変だという話になった。

「髪がボサボサでお化けみたい」

「ちゃんと洗ってないんじゃないの。風呂ぐらい入れよ、藻戸原」

 おそらくそういう髪質なだけなのだろうに、皆が馬鹿にして笑い、藻戸原は顔を強張らせた。なんだこのクラスは。高校生にもなって人の外見を笑うなど、あまりにも幼稚ではないか。

「そげん言いようと、くらさるっぞ」

 思わずそう言っていた。教室内がしんとした。みんな驚いた顔で私を見つめている。東京育ちのみんなには言葉の意味が伝わらなかったのかと思い、「ぶん殴るぞ?」と言い直したが、どうも翻訳を間違えたようだった。本当は「そんなことを言ったらぶん殴られますよ」ということが言いたかったのだ。いや、それさえ本気で誰かがぶん殴られるという意味はなくて、皆さんはぶん殴られても仕方がないぐらいの失礼な発言をなさっていますよというニュアンスのことを伝えたかったのだ。でも誤解されてしまった。ぶん殴る発言により、ヤンキーだと思われてしまったのだ。


 もともと私はクラスの委員長的なまじめな女子生徒なので心外だった。トイレ掃除もサボらず、大きな声で挨拶をし、いじめを見かけたら注意する、そういう性格なのだ。大人から言われたことを律儀に守っているように周囲からは思われるかもしれない。だが、これでも盲目的に大人に従っているわけじゃない。自分が正しいと思うことをしたいだけだ。それが私の望む生き方だから。そんな私がヤンキー扱いされようとは夢にも思わなかった。


 いじめに遭っている藻戸原がどういう男子なのか、私はよく知らない。しかし、彼が鞄を隠されたり無視されて笑われたりしているのを、見て見ぬ振りをするつもりはなかった。

「そういうの、やめてくれん?」

 私はいちいち注意する。うざいと思われるかもしれないが、自分の評判なんかより大事なことがある。胸を張って生きたい。私は藻戸原のためにいじめを注意しているのではなく、自分の美学のためにやっているのだ。ある意味、身勝手なのかもしれない。

 いじめをやっている連中は邪魔されて不服そうにするが、でも何も言い返さずに黙り込む。どうやらヤンキーが怖いようである。


 七月に入ると、猛暑が襲ってきた。階段を三段飛ばしで上がるみたいな季節の切り替えの唐突さは東京も福岡も同じで、そんなことが少し嬉しかった。

 その日の午後は体育があり、頭のてっぺんがはげそうなぐらい強い日差しの中でサッカーをやる予定だった。熱中症対策とかでグラウンドは決められた時間しか使用できないため、男女混合の短縮戦となった。

 ところが藻戸原が試合開始早々ボールを踏んで転倒し、試合はいきなり中断した。藻戸原はグラウンドのど真ん中で倒れたまま立ち上がれず、無理に動かすのもよくないということで、グラウンドが使えなくなった。


 やることがないので私は日陰に避難し、ぼんやりと入道雲を眺めて時間を潰した。一部の生徒たちはひそひそと何か話していた。このときから既に嫌な予感がしていた。

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