第8話 ルリスティーヌとレジスタンス達、仇たるドン・シュルツの実情を知り征伐をためらう気持ちが生まれる

「……それで、あんたら一体どうすんの?」


 レジスタンス達はシトロイツ卿とステングロス教授に尋ねる。二人はきょとんとした表情で訊き返した。


「はあ、どうするって……?」

「何をですか?」

「決まってるだろうが。秘密を聞かれちまった以上、選択肢は二つだ。俺達の仲間に加わるか、それが嫌なら裏のどぶ川の底で魚の餌になってもらうかだ」

「何だそりゃ? 事実上選択肢なんて無いも同然じゃないか…………まあ協力させてもらおう」

「僕も……それにしてもまさか生まれ変わりとはね……これは予想外だった。しかし皆さんこれから一体どうなさるおつもりで……?」


 ルリスティーヌが応えて言う。


「我々の目的はただ一つ……シエルの独立だ。それと、個人的な事になるが……ドン・シュルツという男を討ち取りたい」

「誰です?それ」

「前世の俺の仇だ。ヤツが帝国軍と通じ、待ち伏せを食らって前世の俺は死んだ。今はシエルの総督だ」

「いや、デイビスだけじゃあねえ! ドン・シュルツは俺達レジスタンス全員……いや、シエルの民全員にとって仇だ!」

「ああそうさ!あのヤロウ生かしちゃおけねえ!」

「……まあ落ち着けお前ら……中尉、説明を……」


 いきり立つレジスタンス達をルリスティーヌは制し、傍らの王室親衛隊士官シャール中尉に目配せする。そこで、今まで黙っていたシャール中尉が口を開いた。


「はっ、姫様……実は、今度のドラグア帝国の第二皇子訪問の際の随行メンバーの中に、ドン・シュルツ氏の名前があったのです」


「「「な、何だってえぇぇ……っ!!?」」」


 レジスタンス達は驚愕した。


「何てチャンスだ!!」

「これは……正に天の采配じゃねえか!」

「あぁ……神よ……感謝します……!」

「だが妙だな……ドン・シュルツは今シエルの総督だろう? 何で皇子サマのお供なんて……」

「……うん、それは当然の疑問だな……中尉」

「はっ、姫様……情報部の友人から聞いた話によると、実はドン・シュルツ氏――現在は帝国軍大将ですが――は今度の人事異動でシエル総督から本国の飛行船艦隊司令官に転任となったのです」

「へぇ……!更に偉くなったって事かよ!」

「何てこったい……ちくしょう! 俺達から全てを奪って行った男が……」

「だがヤツの運もこれで尽きたぜ!」

「違いねえ!」

「そういう事だ……」


 ルリスティーヌは言った。


「……中尉、ドン・シュルツについては他には何か……?」

「……はあ、その情報部の友人によりますと、実は、ドン・シュルツ氏は現在精神を病んでいるというもっぱらの噂で……」

「「「はあぁぁっ!!?」」」


 その場の全員、驚いて叫んだ。中尉は続ける。


「……どうやら、シエル併合の功績により帝国貴族に列せられ総督に任命された直後あたりから、奇妙な言動が現れ始めたようです。公衆の面前で突然訳の分からない事を喚き出したり、泣き崩れたり……一部の証言によると、デイビス・グロンケットの亡霊が毎晩夢枕に現れて自分を呪っている、とも言っていたそうです」

「そりゃあねえよ!」


 こう言ったのはクウネルンである。


「……だってデイビスはここにこうして姫様として生まれ変わってんだからな。亡霊なんて出る訳がねえ!」

「それは、恐らく……」


 ステングロス教授が口を挟む。


「……彼の罪悪感が産み出した幻覚・幻聴の類いではないでしょうか」


 シトロイツ卿も言う。


「うむ……その男、どうも話を聞く限り、人を人とも思わず肝計を巡らせ事を己が有利に運ぶ策士タイプって感じじゃあなさそうだ。恐らくデイビス殿を嵌める役割を担ったのも成り行き上だろう。本来は悪事の出来ない小物だったのだろうな」


 シャール中尉は続ける。


「……それから帝国貴族達――彼らの多くは古き良き騎士道精神の持ち主ですから――の間でも『裏切り者』『売国奴』と呼ばれ、色々な嫌がらせを受けていたようです」

「なんてこった……」

「「「……」」」


 悪の親玉が、蓋を開けてみれば何とも情けない実情……レジスタンス達は拍子抜けしていた。もちろんルリスティーヌもだ。自分から全てを奪って、全てを手に入れた、憎んでも憎みきれない仇と思っていた相手は……苛めと罪悪感に悩み苦しみ精神を病んでいた小物だったなんて……。


「……なんか、討ち取るの……可哀想になってきちゃったな……」

「いや……けど仇は仇だから……やっぱり討たなきゃ……」

「つーか……まるで俺達の敵意を一身に集中させるために帝国が立てた標的なんじゃねえかとも思えて来るな……」

「それ確かに言える……」


 レジスタンス達の間でも意見が別れ始めた。


「姫様……」


 メイドのハンナが困惑気味にルリスティーヌの顔を覗き込む。ルリスティーヌは言った。


「……ドン・シュルツは討とう」

「姫様……今の話聞いてました?」

「……確かに話を聞けば哀れなヤツみたいだ。まるで生け贄だもんな……だったらもう、とことん生け贄としての役割を全うしてもらおうじゃないか!我々でヤツを討ち、シエル独立レジスタンスここにありと帝国……いや、全世界に高らかに宣言するんだ!……そして、ヤツの苦しみの日々を終わらせてやろう」


「なるほどねぇ……」


 シトロイツ卿はそっとステングロス教授に囁いた。


「まったく大したお姫様だな……なぁ、お前もそう思うだろ、ステングロス」

「……ああ、僕達も協力のしがいがあるってもんだ」

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