第7話 ルリスティーヌ、かつてのレジスタンス仲間たち相手に、自分がデイビス・グロンケットの生まれ変わりである事の証明を試みる
その建物は王都の一角、平民区の裏通りの目立たぬ場所にひっそりと建っていた。長らく廃屋であったようで、あちこち傷んでおり、窓ガラスは風化して無くなっていた。
まあ、建物の事はどうでも良い。とにかくそんな廃屋に好き好んで入っていく者などそうそう居ないであろうし、もし浸入したとしても床板の一部が隠し扉になっており、秘密の地下室へと続く階段があるなんて気付きもしないだろう……。
その日、その地下室には珍しく十数人ほどの人間が集まっていた。それはこのアーネムランド王国に亡命しているシエルの反帝国レジスタンスの面々であった。
それだけではない。そんな場所には一見似つかわしくない顔触れもちらほら……。
十歳前後とおぼしき少女と、二十代くらいの若い女性が二人、それから明らかに一見してレジスタンスではないと判る風貌の小男……もちろんルリスティーヌ、メイドのハンナ、それからもう一人は新たにこの秘密の仲間に加わった王室親衛隊の女性将校シャール中尉、そして道化師のクウネルンである。
「……で、本当にアンタがデイビスだってんだな?」
こう尋ねたのは隻眼の男。それに対してルリスティーヌが答える。
「ああ、本当だよ、ヴィルソン……とはいえ、いきなりこんな事言われて信じろって方が無理があるってのも解るが……」
「うぅ~ん……いや、確かにね……あのデイビスが、まさかアーネムランドのお姫様に生まれ変わっていた――しかもご丁寧に前世の記憶までちゃんとある――だなんて、あまりにも突拍子も無さすぎる話だが……」
「「「……」」」
他のレジスタンスの男達も当惑気味、一部は明らかに懐疑的(当然であろう)……だが、完全に否定もしきれないといった様子である。……というのも、ルリスティーヌの話し方、表情、ちょっとした仕草など、そういった雰囲気が、かつてのデイビスをありありと彷彿とさせる程そっくりなのであった。
「ちょ、ちょっと仲間内で相談させてくれ……判断つかないから……」
「ああ、もちろんだ」
レジスタンス達はルリスティーヌ一行から少し離れ、部屋の片隅で話し合い始める。
「お、おい……俺、驚いちまったよ。ありゃあ間違いねえ、デイビス本人だ」
「ああ、俺もそう思う。生まれ変わりって話には聞いてたが、本当にあるもんなんだなぁ……あれは間違いなくデイビスだ」
「まあ待て、お前ら……ちょっと落ち着けよ」
こう言ったのは隻眼の男……ヴィルソンである。彼はデイビスとはレジスタンス活動以前からの親友であり、レジスタンス達の中ではまとめ約みたいな立ち位置でもあった。
「みんな、あのデイビスが生きていて欲しい、復活して欲しいっていう願望から、共同幻想を抱いちまってないか……?」
「何だヴィルソン……お前、デイビスに蘇って欲しくないってのか?」
「……欲しいさ!当たり前じゃねえか……けど、だからこそ真実本当にあの子がデイビスなのか、それともそうでないのかをきちんと確かめなきゃあいけねえだろうが」
それに続いて懐疑派のレジスタンス達も口々に言う。
「そうだな……例えばだ。実はあの姫様が天才的な演技力の持ち主って可能性は有り得ないか?」
「ああ、もしくは当人には嘘や演技をしてるつもりは無くても、あの年頃の子供の事だ……デイビスの話を知って、それにのめり込み過ぎたあまり、現実の自分を忘れて、ついには自分自身をデイビス・グロンケットだと思い込んでしまったとか……」
しかし……と肯定派も反論する。
「……あの話し方の癖、それに会話中の微妙な表情の変化、ちょっとした身振り手振り、その他何もかも……あれはまぎれもなくデイビスのもんだ。俺は今でもはっきり思い出せる」
「……ああ、もしもあの子がデイビス当人と会った事があるってんなら、それを覚えていて真似してると言えなくもない――もしそうなら王族になんてしとくにゃあ勿体ねえ天才役者だぜ――……だがそんな事は有り得ねえ。あの姫様が生まれたのはデイビスが死んだ後なんだからな」
「……こうは考えられねえか? デイビスの事を凄く良く知ってる人間があの子に教え込んだとか……」
「そんなの一体何のために……」
「あぁ? 何だお前? さっきから俺の言う事に反論ばっかしやがって……」
「いや、俺はあくまで可能性をだなぁ……」
「そもそもお前は昔から俺の事のやる事なす事にケチばっか……!」
「そりゃあお前が馬鹿だから……!」
「……あぁんっ!? 何だとコノヤロウ……っ!?」
「お~い!」
部屋の反対側からルリスティーヌが呼び掛けた。
「喧嘩すんなよぉ、お前ら……で、結論は出たのか?」
「ああ、済まねえ……」
「もうちょい待ってくれや」
レジスタンス達は再び話し合いに戻ろうとした……所でヴィルソンが提案した。
「……そうだ! こうなったら当人に聞いて確かめてみりゃあ良いじゃねえか。デイビスと俺達にしか知り得ないはずの事をさ……」
「おぉ!それ良いな」
「何でもっと早く思い付かなかったんだろ」
……という訳でレジスタンス達はルリスティーヌに様々な質問を浴びせた。絶対にルリスティーヌならば知らない、デイビス・グロンケットでなければ分からないはずの事……
「俺達レジスタンスが発足した年月日は?」
「……神聖紀元暦1888年5月10日、帝国のシエル侵攻を受けて、だ……公式にはな。だが実際は帝国のシエル侵攻の前年から、シエルに対して強圧的な外交態度を取る帝国への対抗手段の一つとして、民間抵抗運動の組織化・武装化の動きはあったから……事実上のレジスタンス発足は1887年4月8日だな」
「……そうだ!その通りだ!」
「じゃ、じゃあ俺達レジスタンスの初陣は?」
「アレンドラ市攻防戦だ。市内に布陣した正規軍を支援する形で、市街地南方にレジスタンス数部隊が展開……南東から侵攻してきた帝国軍との間に起きた戦闘が我々の初陣……」
レジスタンスの面々から「んん~……」と溜め息のような、落胆したような、だがどこか安心したような嘆息が漏れる。
「……と公式にはされているが、実際はその数日前から帝国軍の補給部隊にゲリラ攻撃を仕掛けて、武器・弾薬・食料等の奪取に成功していた……」
「「「……!!」」」
全員の目の色が変わった。
「……そ、それは俺達レジスタンス以外は知らないはずだぞ!」
「なぜアンタが知ってるんだ!?」
「なぜって……デイビスだからさ……」
「……そんな……この子は……いや、こいつぁマジで……?」
「……よ、よし!それじゃあこれはどうだ……!?」
彼らは躍起になってルリスティーヌに質問を続けた……それがまた正当率100%、何を聞いてもデイビスとレジスタンス達の間にしか知られていないはずの事をピタリと言い当てるのである。
レジスタンス達は驚き、質問は次第に個人的な事柄に移っていく……誰それの借金の額、誰それの賭博での勝ち負けの割合、誰それが付き合った女の数まで……ルリスティーヌはそれら全てに答えた。
「……全部合ってる!!」
「間違いねえ!!こいつがデイビスだ!」
ついに懐疑派の面々までもが認めた。
「さ…最後に一つ……!」
こう言ったのはヴィルソンであった。
「……お、俺が……男になった歳を答えられるか?」
「ヴィルソン……」
ルリスティーヌは苦笑気味に言った。
「……忘れるもんかよ。二人して初めて貰った給金握りしめて、娼館街に走ったよなぁ……」
そして、ヴィルソンの耳元に口を寄せ、何か囁いた。
「……あっ! そ、そうだ……お、俺の相手の女の名前まで……ま、間違いねえ!」
ヴィルソンの両目が驚きに大きく見開かれた。その目に涙が浮かんでいた。彼はルリスティーヌの両肩をガシッと力強く掴んで宣言した。
「間違いねえ!! あんた間違いなくデイビス・グロンケットだよ!」
「解ってくれたか!ヴィルソン」
「ああ!……会いたかったぜ……デイビス!」
「俺もだ相棒!……だがちょっと手の力を抜いてくれないか……今のこの体にはお前の握力は痛い……」
「あぁ、済まん済まん……」
一同の間に和やかな笑いが広まった…………と、その時であった。
「……おい!!外に誰か居るぞ!」
部屋の外に何者かの気配があった。全員の間に緊張が走る。よもや帝国のスパイか……何人かは咄嗟に懐に手を入れる。
また別の何人かは部屋の扉に駆け寄り、外にいた人影を取っ捕まえて引っ張り込んだ。
「……いてててててっ!離せ離せ!我々は怪しい者じゃあない!」
「ぬ、盗み聞きした事はお詫びします!ですが、我々はあなた方の敵じゃあありません!」
引っ立てられて現れたのは、二人の紳士然とした壮年の男達。どう見てもスパイどころか現役の軍人にも見えない……それはシトロイツ卿とステングロス教授であった。ヴィルソンが気付いた。
「……なあんだ。さっきカフェで会ったお二人さんじゃないか」
「おぉ……ちょうど良かった。君、我々の身柄を証明してくれたまえ」
「あんたら帝国のスパイだったの?」
「いや!違います違います!」
「……あれぇ? こいつら知ってるぞ……」
そう言ったのは道化師のクウネルンであった。
「何者なんだ?」
全員の視線がクウネルンに向く……。
「……いやあ、ステングロスって王立大学の変わり者で通ってる変人教授と、その論客仲間で落ちぶれ貴族のシトロイツ卿……大丈夫だよ。悪い人間じゃねえよ。関わらなくても良い事件に自分から首を突っ込んでいく物好きではあるかも知れんが……」
「そうか……」
二人の拘束は解かれた。
「フゥ……助かりましたよ、ありがとう……でも変人教授とは、参ったなぁ……」
「俺も、落ちぶれ貴族とは……失礼なヤツだな」
「へん、助けてやったんだから文句言うねい」
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