第5話 とりあえず仲間を作るべく行動に出た事、およびその結果

 姉である第一王女エルノ・シュタンダルトがドラグア帝国皇家より婿を迎えるという……これは全くルリスティーヌにとっては予想外の事態であった。まさか前世では敵であった国の皇帝家と、今生では親戚になるなどとは……。


 もっとも今までもアーネムランド王家とドラグア皇家の血縁関係が皆無だった訳ではなかった。

 隣国同士、長い歴史の中ではあちらの皇女をもらい、こちらの姫を嫁にやり……と幾度かの婚姻関係があったのだ。しかしここ百年ほどはそういう事は無かった。

 それがよりによって(反帝国レジスタンスの英雄であったデイビス・グロンケットが前世である)ルリスティーヌの代に改めて血縁関係を結び直そうというのだから心境複雑どころの話ではない……。


 ……が、事はもはや単なる二家同士の縁談ではない。国家間レベルの問題である。すなわち、彼女一人がどう足掻いても止めさせられるものではないし、ここで強硬に反対したりしても皆から変に思われるだけだ。

 例え前世がデイビス・グロンケットであれムジナであれ芋虫であれ何であれ、何と言った所で現在の彼女はアーネムランド王国の第二王女ルリスティーヌ・シュタンダルトなのだ。


 という訳で彼女は、どうにもならない事はサッサと諦めて仲間を作る事にした。すなわち事情(彼女の前世がデイビス・グロンケットである事)を打ち明ける事が出来、かつシエル地方の独立を取り戻す企てに力を貸してくれる人物を見つけ出すのだ。


 まず思い浮かんだのは彼女の世話役の一人である親しいメイドの顔であった。ハンナという名で、最初に彼女がデイビスの記憶を持って目覚めた時に側にいた、あのメイドである。善は急げ、さっそく話を持ち掛ける事にした。

 しかし、どう切り出したものだろうか……事が事だ。よほど上手く言わないと、頭が変になったと思われかねない。……が、とりあえず考えるのはやめて当たってみる事にした。どうも前世の記憶が目覚めてから決断が早くなったようだ。


「ハンナ、ちょっと良いかな……」

「……はい、何かご用ですか姫様?」


 ちょうど王宮内の回廊で見かけたハンナをルリスティーヌは呼び止めた。都合よく辺りに他に人は居ない。事を打ち明けるチャンスだと思った。


「実はね……ちょっと非現実的な話というか……信じがたい話と思われるかも知れないんだけど……」

「何ですか? 妖精が見えるとか、天使のささやきが聞こえるとかいった類いの話ですか?」


 こういう例えをすぐに持ち出して来る所、そういう方面の話題に抵抗が無い女性なのだ(もちろん信じているかはまた別の話だが)。だから話せると思ったのだ。ルリスティーヌは言った。


「……分野としてはその辺かな。ねえ、君は魂の転移って事は起こり得る事だと思う?」

「はあ……いわゆる転生、というものでしょうか」

「そう、それだ。……魂というのか、精神というのかが、死後も滅する事なく、新たな肉体を与えられてこの世に甦る。しかもその新たな人生でも、前世の記憶を有している……いや、思い出したと言った方が良いかな。ちょっとしたキッカケで……」

「はあ……まあ、そういうお話はたまに聞きますよねぇ……あっ、ひょっとして姫様が前世の記憶があると仰るんですか? それともお友達のどなたかが……?」

「実は……私の事なんだ」


 ルリスティーヌはゆっくりと、だがはっきりと告げた。


「前世の、記憶が、甦った……」

「……」


 ハンナは息を飲んだように固まってしまったが、すぐに気を取り直して尋ねた。


「ぜ、前世の記憶って……では姫様は、姫様としてお生まれになられる前の事を覚えておられるという訳ですか? 例えばロバだったとか、イヌだったとか、ネズミだったとか……」

「何で動物ばっかりなんだよ、ちゃんと人間だったよ」

「し、失礼しました。人であったとして、やはり前世も貴いご身分であられたんですか? それとも平民とか、こじき……」

「君は私を何だと思ってるんだ? 聞いて驚け、私の前世はデイビス・グロンケットだ」

「……誰ですか?」

「……」


 ……英雄とはいえ他国の、それも10年前に死んだ人間だ。しかもアーネムランドは帝国とは中立、遠い国の反乱軍の指導者の一人……くらいにしか認識されていないのかも知れない。ルリスティーヌは手短に説明した。ハンナは聞いていたが、話が終わると尋ねた。


「なるほどぉ……それは大変な御最期をお遂げになられて……それで、そういった記憶が甦ったのは、やはりこの間、頭をお打ちになられて……?」

「うん、それがキッカケとしか思えない。信じられないかも知れないけど……」

「……いいえ、私は姫様のお話を信じますよ」

「……本当に!?」

「ええ、そういう事はあるんだと思います。きっと、あるんですよ」


 そう言って彼女は微笑んだ。本当に本心から信じてくれたのかはまだ解らないが、とにかく理解者第一号を得られたのだ。まさかこんなにアッサリ味方が出来るとは思っていなかったので、ルリスティーヌも喜びと同時に少し拍子抜けする思いであった。


 ……と、その時だった。側の柱の物陰で何かが動く気配がした。


「誰だっ!?」

「えへへ……どうも……」


 現れたのは道化師のクウネルンであった。どことなく気まずそうな表情を浮かべている。ハンナはたしなめた。


「盗み聞きとは、趣味が悪いですよ」

「……いや、そんなつもりなんて無かったんだよ。そこの柱に寄りかかって居眠りしてたらアンタ方の話し声が聞こえてきてさ……で、聞くとはなしに聞いちまったんだ……で、その話って本当なのかい姫様?」

「本当だよ」

「何てこったい!まさか姫様の前世が反帝国レジスタンスの英雄デイビス・グロンケットだったなんて……こいつぁ驚きだ!」

「その通りだ、クウネルン。君は私を知ってるのか?」

「もちろんだよ!……実はね、こう見えてオイラ、デイビス・グロンケットのファンだったんだ。オイラだけじゃない。この国にも心情的にレジスタンスを応援してた人間は少なくないよ。デイビスが死んだと聞いた時は、哀しかったねえ……」

「そうか……それは嬉しい限りだ。私はこうなった今でもシエルの独立を取り戻す事を諦めていない。ちょうど良い、クウネルン。君も私に力を貸してくれないか?」

「あったり前だい!あのデイビス・グロンケットの魂がまさかのこのアーネムランド宮廷に復活して、そのお力になれるってんだから、まるで夢じゃないかと思うよ。この道化めでお役に立てるってんならば喜んでお力をお貸しいたしますぜ!」

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