第4話 父王にシエル地方の救援を訴えた事、またその際に聞かされた意外な事

 アーネムランド王国第61代目国王ハルレルト16世、治世8年、現在34歳。この男を君主として端的に評価するならば……無主義、無信条、常にその時最も無難な選択肢を選ぶ、争いは極力避けるし、他者の争いを裁く立場になれば常に両者の名誉が重んじられる裁定を下す、道徳的観点からというよりは、誰かの顔を潰して恨みを買って、後に禍根を残すような事になったら面倒臭いから……


 ……こう聞くと一見何とも情けないというか、事なかれ主義というのか、どこか頼りなげな印象を受けるが、実はなかなか簡単な事ではないのかも知れない。様々な思惑、欲望や情念の渦巻く宮廷の中心にあって、それらに囚われ流されて泥沼にハマらないよう慎重に進む。それでいて本人は慎重に進んでいるという自覚はあまり無い。平和な国の統治者としてはそれで良いのかも知れない。人並み(よりはほんの少しだけ多め)の思いやりと自制心を心掛け、あとはニコニコしていれば君主としては合格……。


 ……そんな男の所へルリスティーヌは飛び込んで行った。計画もへったくれも無かった。思いの丈をぶつければ、きっと理解してくれるはずだと思った。



 その日、国王ハルレルトは宮殿の中庭の木陰でリュート(ギターの先祖みたいなもの)をつま弾きながら木漏れ日に照らされ、政務(といっても実権はほぼ無く、政府と議会の決定を追認するだけなのだが)の間のひと時を楽しんでいた。傍らには宮廷道化師(何とこのアーネムランド王国の宮廷には未だにそんなものがいたのだった!)がいて国王を茶化している。


「……どうだ? クウネルンよ。私の作曲した歌……我が国と王家の平和と繁栄を神々と祖先に感謝する気持ちを曲にしてみたのだ」

「へたくそ~、聞いちゃいらんねえや。オイラならもっと上手くやれるよ」

「言うねえ~、もう少しテンポを速くしてみても良いかも知れない……」


「お父様……っ!」


 そこへ突然、ルリスティーヌが妙に真剣な様子で飛び込んできた。王と道化はキョトンとして顔を見合わせる。


「実は、現在ドラグア帝国領シエル地方で継続中の紛争に関しまして、是非とも聞いていただきたい事が……」

「何だい? 改まって……まあ聞こう」


 ルリスティーヌは訴えた。帝国の軍旗の下、民族の誇りと自由を奪われているシエルの民達の心情、健気にも未だ抵抗を続けている勇気あるレジスタンス達、そんな状況を尻目に我がアーネムランドは対岸の火事と指をくわえて見ているだけで良いのか……


「はあ……」


 国王ハルレルトは思う……この二番目の娘は(長女の方は婿を取らせて自分の跡を継がせるとして、彼女はいずれ他国か臣下の、いずれにせよ他家へ嫁いでいくのは決定しているようなものだから)適度に王侯としての自覚と責任を教え込む程度で、あとはただの親として人並みの愛情は注いで可愛がってきたつもりだった……が、こんな事を言い出したのはかつて無い事だったので、ちょっと驚き一瞬言葉を失った。

 その沈黙を打ち消したのは道化師クウネルン、彼はやや大袈裟とも思える身振りと口調で言った。


「あぁ……お可哀想な姫様!頭を打っておかしくなられた!」

「いやいや、それは違うぞクウネルンよ。やはり蛙の子は蛙……王の子は王の気質を備えるもので、長じれば自然とあまねく衆生への慈悲心を持つに至るようになるものなのだ」

「そういうもんですかねえ?」

「我が国が平和で民達が何の心配も不安も無いがゆえ――ま、我が国の市井も実際は色々あるんだろうが――他国の人民に対して同情の心を持つに至ったのだ。実に喜ばしい事だとは思わんかね……」

「……それで父上、私の話はご理解いただけたんでしょうか?」


 この二人のやり取りは放っておけばいつまでも続くのでルリスティーヌは口を挟んだ。


「シエルへの侵略行為を続けるドラグア帝国に対し、我がアーネムランドは国際的人道主義的観点から強く非難の意を表すべきでは……いや、もういっそ帝国へ宣戦布告して……」

「いやそんな事できる訳ないだろ」


「……そもそも帝国に限らず、我が国はお前の曾祖父の代から四方の国々とはでやって来て、今や泰平の眠りを謳歌する事200年に及ぼうとしているのだ。それに自国が危機に晒されている訳でもないのに、あんな大国と戦う意義が無い」

「でも……シエルを平定したら帝国は今度は西の方……すなわち我が国の方へ矛先を向けて来るかも知れないじゃないですか」

「そりゃあね……だがそんないつの事になるかも分からない将来への懸念だけで帝国と事を構えるなんて、政府と議会を納得させられるか? 国民は? そんな事よりも他に解決すべき問題は山積みだよ」

「うぅ……」

「しかし民衆への思いやりや国際関係への関心が芽生えたのは良い事だな……だがお前には先だって王族としてなすべき仕事がある」

「……何ですか?」

「その帝国からの親善大使だ。一ヶ月後、かの帝国より第二皇子ガイナイ殿下が我が国との不可侵条約更新の調印のためにご訪問される」

「えぇ……っ!?」

「さらにこれは内密の話だが……」


 ルリスティーヌと道化の他には誰も居ないのでその必要は無いにも関わらず、国王ハルレルトは心なし声を潜めて言った。


「……調印式は表向きの口実……実はガイナイ殿下をお前の姉エルノの婿に、と思っていてな……もちろん両家合意の上だ……それで、今度のご訪問の真の目的は、二人の顔合わせなんだ」

「えぇ~っ!?」

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