第3話 思い出した事など

 それから一夜が明けた。その頃にはもう我らがデイビス……もといルリスティーヌ姫様も精神的な混乱が収まり、ついでに色々な事を思い出していた。すなわち、生まれてから今までの記憶……


 家族の事……父、母、姉……実際は可もなく不可もない、適当にずるく適当に誠実なタダの人なのだが、国民の手前、愛と知性に満ち明るく笑顔の絶えない愛される王家……をやっている、そんな自分の立場とか……


 また、城で働く従者たち、廷臣たち、その子女である友人たちの事とか……


 また、諸行無常、興亡渦巻く国際情勢の中、そこそこ良い地理的条件に恵まれ、何とここ200年もの長きに渡って対外戦役を経験した事の無い平和で幸運な祖国とか……


 また、調子に乗って宮殿の庭園の手摺の上を歩いていたら、足を滑らせて頭をしたたかに打って気を失った事とか……そんな色々な事を思い出したのであった。


 だが、デイビス・グロンケットであった記憶も確かにあるのだった。

 つまり頭を打った事で、いわゆる前世の記憶というヤツが甦ったのであろう。


 そして、思い出した事の中に付け加えておかねばならない。今年が神聖紀元暦1898年である事も。


 そう、デイビスの死から、何と10年の月日が流れていたのだ。


「何て事だ……」


 ルリスティーヌは従者に頼んで過去の新聞を王立図書館から取り寄せてもらい、この10年間に起きた事を知った。


 デイビスの死後、レジスタンスは総崩れとなり、結局シエル共和国はドラグア帝国に降伏、現在は帝国の一属州となっている事。


 だがレジスタンスの残党の一部は未だに山中に立て籠り抵抗活動を続けており、帝国は未だシエルの完全支配を成し得ていない事(この事実を知った時、ルリスティーヌは涙を抑えられなかった)。


 そして何と、あの憎きドン・シュルツ……彼はシエル併合の功績を帝国に認められ、貴族に列せられた上、現在はシエル属州総督の地位にあるという事であった。それだけではない。何とデイビスの恋人ローザが、ドン・シュルツの妻となっていたのだ(このあまりに理不尽な運命を知った時にはデイビス……もといルリスティーヌは怒りと憤りと悔しさで気がおかしくなりそうになった)。


 ちなみにアーネムランド王国はドラグア帝国とは相互不可侵条約を結んでおり、現在の両国の関係は可もなく不可もない……よってこれらの記事は、侵略されたシエルに若干同情的ではあるものの、特に帝国を強く批判する訳でもなく、ほとんど客観的に書かれていた。


 アーネムランドについては、もう少しだけ詳しく述べておかねばならない。

 人口、国土、経済力など、総合的な国力はそこそこの大国であり、帝国もシエルほど簡単に戦いを挑める相手ではない。

 だが問題はこの国の位置であった。実はアーネムランドは、帝国が未だ手を焼いている東のシエルから広大な領土を隔てた真反対側、西の国境に接しているのであった。


「つまりは……」


 ルリスティーヌはひとりごちる……。


「……何とか上手くして、この眠れる大国を帝国にけしかける事が出来れば……帝国を東西両面から挟み撃ちに出来る……!」

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