女始末人絵夢5(8)災厄の姫
「ナオ! いたわ。あいつよ!」
絵夢が顔を叩きつける風圧に負けじと叫ぶ。ナオの速度はもの凄い。もちろん道路など走らない。ビルの屋上から屋上へと驚くべき距離を猫又ジャンプしてこなす。
ときたま、風になぶられたナオの毛が絵夢の鼻をくすぐり、大きなくしゃみが出る。
「姐さん。どうやってあいつを・・」
「かんざしよ!」
絵夢の右手にいつの間にかカンザシが現れている。例の言葉も無しですでにイケイケ・モードになっている。
「効きますかねえ?」ナオが疑問をぶつける。
相手は十数階建てのビルの大きさに対して、カンザシはせいぜいが二十センチ。あまりにもしょぼすぎる。
「やるしかないわよ。Mはどこ?」
「判りません。もしや、もう・・」
「楽観主義に生きなさい! ナオ。きっと生き延びてあたし達の助けを待ってるわよ」
「へえええい」とナオが気のない返事をする。
「ナオ。あいつの身体を駆け上って!」
無茶苦茶である。だがナオにはそれができた。覇王の無敵の装甲の上を平地であるかのように垂直に駆けあがる。
近付いてくる小物体は覇王の近接警戒限界を突破した。
戦闘管理知性からの命令が自動で発せられる。
迎撃開始。
覇王の肩の震動鞭が絵夢を乗せたナオを迎撃しようと亜音速で振り降ろされる。
高速微震動モードの震動鞭は触れる物全てを切り裂く鋭利な刃だ。
Mは擬態を解いてがばっと立ち上がった。崩れたビルが元の大白猫怪獣へと姿を変ずる。
Mは尻尾で震動鞭を弾くと、覇王と再び四つに組んだ。さっきより妖力が減っている分だけ、相手を押え込むのがやっとだ。
今度、あのパチパチする大砲で撃たれたら避け切れまい。Mは猫ながら冷汗をかいた。
だが溜め息をついている暇は無い。
覇王の体を駆け上るナオと絵夢を震動鞭の攻撃から守るので精一杯だ。目に見えないほどの震動鞭の攻撃をこれも目に見えない尻尾の動きで迎え打つ。激突のたびに生じる衝撃波を絵夢たちに向かないように妖力で弾く。
「ナオ。この馬鹿者。俺は絵夢をつれて逃げろと言ったんだ。連れて来いじゃない」
「でも、兄貴いいい」
ナオが泣き声で言い訳した。
「姐御が~」
「M! そのまま抑えていなさい! ナオ! まずはあいつの膝のすぐ下よ~」
なおおおおおおお。ナオは脇目もふらずに一直線。絵夢の命令を聞いている限りはMに殴られることはないだろうとの計算がある。
覇王は絵夢達を震動鞭で打とうとしたが、その度にMの尻尾に妨害される。
ナオが覇王の身体を駆け上る。
「あたしには判る。始末人の勘よ~。こいつの急所はここ!」
もちろん絵夢に何の根拠があるわけではない。
絵夢がカンザシを突き出した。
ナオが身体を右に傾けて絵夢の手が覇王の表面に届くようにする。
かん!
あり得ざることに、覇王の装甲に少し傷がついた。
その間もMは猫額に青筋を浮かべて覇王の動きを抑えている。
*
「なんだ、何をしているんだ。あの原住生物は?」
遥か宇宙でスブルグ艦長がわめく。
『現在シミュレーション中。覇王。集束モード加速砲、再充填完了』
「今度は外すな。発射せよ」
*
覇王がじりじりと向きを変える。その頭が動き、Mの身体の中心に照準を合わせる。
さっきの一撃でこの敵の装甲能力は判明している。戦闘管理知性が今度は貫通することなく敵の身体の中でビームが拡散するように砲に微調整を加えた。
「こことお・・・えい!」
絵夢は覇王のへその辺りにカンザシを刺した。
またもや、小さな傷が残る。
「次は顎の下よ。ナオ」
絵夢に何かの目論見や技術的知識があるわけではない。だが分かるのだ。刺すべき位置が。
相手が一番刺されたくない場所が手に取るように。
絵夢は自分でも理解していなかったが、それは絵夢という人物の中に眠る災厄の姫の直感であった。
ナオがとっとっとっと可愛い足音を立てながら覇王の身体を真上に駆け上る。
きゅいいいいいいんん。加速砲の周りに陽炎が揺らめく。
独特の渦巻パターンが砲の周りで踊る。
いかん。また、あれだ。
Mは覇王を抑えながら焦った。今度は逃げることはできない。ここで動けば絵夢達が死ぬ。
ならばとMは覚悟を決めた。自分が死にさえすれば絵夢たちも引くだろう。
「これでおしまい」絵夢はカンザシを覇王の顎に刺した。
「ナオ。顔の辺りで何かやってるわ、そこへ」
ナオは覇王の顔の前へまわった。光は加速砲から出ていた。加速砲の威力を何も知らない絵夢がナオに乗ったまま、その前に立つ。
にゃっ! Mが慌てた。
なお!? ナオも慌てた。
誰がどう見てもヤバイ絵面だ。加速砲のビームは山に大穴を開ける威力がある。
「えいっ!」
絵夢がカンザシを加速砲目掛けて投げた。それは驚くばかりに一直線に宙を飛ぶと、狙い過たずに加速砲の先端に突き刺さる。
「逃げて! ナオ。
怪獣物のおきまりのパターンよ。きっと爆発するわ」
さすがに絵夢はB級映画のファンだけはある。
ナオは覇王の顔の横を駆け抜けた。そのまま空中へと飛び出す。
絵夢の目が覇王の頭の横に止まった。そこには蛍光ペンキで大きく次の文字が描いてあった。
【絵夢。スカートでネコに乗るときは横座りにしなさい】
「は~い。元締~」
空中を飛ぶナオの背中の上で絵夢は慌てて姿勢を変えた。
なるほど、スカートで猫に跨れば丸見えになる道理だ。もっとも、それを見るためには突進する大きさ三メートルの化け猫ナオの正面に立たなくてはならないが。
元締って一体、何者? 何故? どうやって?
絵夢の頭の周りに「?」マークが飛び交った。
覇王は肩の震動鞭をMの尻尾から引き剥すと、空中のナオ達へと照準を切り替える。この方向ならMの尻尾には邪魔されない。
同時に加速砲の照準をMに向ける。ちょうど心臓の辺りだ。
この同時に放つ二撃で敵の殲滅は完了する。
震動鞭がぐんとしなる。加速砲が力を解放する。
発射の瞬間、絵夢に秘孔を突かれた加速砲が「ひでぶ」と奇妙な音を立てて分解する。
続けて覇王の顔で起こった大爆発はさしもの巨体をもぐらつかせた。
実際の被害は軽微だが、震動鞭の狙いはわずかにずれ、ナオ達は無事に着地した。
「????? 姐御? 壊れませんぜ」ナオが不思議そうに言う。
今まで絵夢のカンザシに刺されて壊れなかったものはない。
「大きすぎるのよ、あたしのカンザシじゃ、秘孔まで届かない」
秘孔って何、とナオは思った。だが面倒なことになるので聞き返したりはしなかった。
絵夢は両手をメガホンにすると叫んだ。
「え~~~む~~~、あたしが刺したところを攻撃するのよ~」
Mは瞬時に理解した。
了解にゃっ!
加速砲の爆発で混乱したままの覇王から手を振り解くと、Mは爪がついた猫パンチを繰り出した。
狙いは・・。
膝のすぐ下!
絵夢のかんざしの跡!
Mの爪ががつんと打ち込まれる。
へその横!
絵夢のかんざしの跡。
ここにもMの爪が打ち込まれる。
最後の一撃は顎の下。
だがしかし、何かがおかしいと気付いた覇王の腕がMの攻撃をブロックした。
再び、Mと覇王が四つに組んで動きが止まる。
「ナオ。何か無い? 顎の下への最後の一撃!」
絵夢が拳を握って地団駄を踏んだ。
ナオは慌ててあたりを見回した。
*
『シミュレーション終了。原住生物が傷つけた部分は・・以下の通り。
中心部のエネルギーコア安全回路、脚部の緊急動力増幅機構、頭下部戦闘管理知性中枢へ繋がる分散ネットワークが配置されています』
「そこを破壊すると?」
『緊急動力増幅機構がロックされるとエネルギーコアに活動増大が命令されます。
この時点で安全回路が故障すると疑似ブラックホールが暴走します。
本来なら修復機能が暴走を未然に防ぎますが、戦闘知性がダメージを受けていると修復機能は最優先で戦闘知性を修復します。そういう設計なのです。
これらのダメージは個々では問題無く処理されますが50デルム以内にこれらが集中すると』
船AIは言い淀んだ。
「どうなる?」
『覇王の制御は不可能となり、動力の無制限解放により爆発します』
ズブルグ艦長は椅子から立ち上がった。
「覇王に連絡! 50デルムの間、敵の動きを止めよ」
『もう、しました』
*
覇王も必死だった。Mも。そして・・。
何か無いか・・必死に探したナオは折れた街灯を見つけた。なお~ん。これだ!
ついと延ばした爪で街灯の一部をすっぱりと切り落す。しかし、これだけでは、あの硬い装甲に傷も付けられまい。街灯は姐御のカンザシとは物が違う。
そこで思いついた。躊躇っている暇はない。
ナオは覚悟を決めた。
左前足の爪を一メートル近く延ばしてから妖気で最大限に硬化すると、指の付け根から食いちぎった。
激痛に飛び上がらんばかりだったがナオは我慢した。その頭の中には兄貴分のMのことしかない。
まだ、血と肉のついたままの爪を街灯の切断面に押し付けるとナオはありったけの妖力を込めて命令した。
「くっつけやい!」
たちまち、ちぎれた肉が広がり、街灯にしっかりと爪を接着する。
ナオはその即製の槍を肩の上に構えた。
動きの止まった覇王目がけて大きくモーションをつけて投げに入った。
「きゃあああああ、ナオ。あったまいいいいいいい!」
絵夢がナオの耳元で大声を上げた。
ナオの爪を付けた槍はとんでもない方向に飛んでいった。
にゃっ?
Mは目の隅に動きを認めた。ナオの爪をつけた槍が一直線にMを目がけて飛んでくる。
慌てたためにMの体勢が崩れ、覇王が大きくのしかかる。
覇王の戦闘管理知性は飛んでくる槍を認め、瞬時に走査した。
『駆動能力無し。爆発能力無し。軌道交差無し、危険度ゼロ、無視せよ』
そのまま倒れたMに足を踏み降ろそうとした。覇王の体重は同じ体積の水の三百倍はある。重力制御無しでは地上での活動もままならない重さだ。踏まれればMでも致命傷になりかねない。
Mが自由になった前足を振った。
秘技! 猫操り!
空中でナオの爪槍が向きを変え、Mの全妖力を込めて加速された。
どすうううううううん。
重々しい衝撃音と共に、覇王の顎の下を爪槍は完全に貫いた。
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