女始末人絵夢5(4)開戦


 命令を受けてザノム23は残った右の攻撃肢を開いた。中から重粒子線砲の砲口がせり出す。小さなプールぐらいなら瞬時に蒸発させるほどのパワーがある砲だ。


「きゃあああああ、映画のセット壊しちゃったあ!」絵夢が叫ぶ。


 だってカンザシで突いたぐらいで壊れるんだもん。あたしのせいじゃないわよねえ~。

 ここは逃げるが勝ちよね!

 最近、始末の仕事が少なくて家計が苦しいのよ。

 その場で素早く自己弁護すると。瞬時に決意して絵夢は一目算に逃げ出した。

 どんな問題も逃げるが勝ちであることを絵夢はよく知っている


 だがザノム23の高度な照準システムはピタリと絵夢の背中を捉えた。

『パワー全開! 発射』

 重粒子線砲の砲口まわりに陽炎が沸き上がる。砲に取り込んだ物質を強烈な震動フィールドでプラズマ化して、呆れるばかりの強力な磁場で加速して投射する兵器である。

 ほとんどどんな物質でも弾体として使用できるので、補給無しで無制限に撃てる優れものだ。

 砲の輝きが増し、強烈なエネルギーが・・。

 Mが前足をくいっと曲げた。

 数百トンもあるザノム23が見事に転倒し、発射したビームが遥か青空に吸い込まれる。雲の中央にぽっかりとでかい穴が開いた。


「なんだ? 一体、今のは? どうして転倒した?」

 宇宙に浮かぶ巨大侵攻船のブリッジの中でこの光景を見ていたスブルグ艦長が慌てる。

『判りません』

 人間とAIの間で焦りの言葉が飛び交う。


 跳ねるような動きでザノム23が体勢を建て直した。再び砲を前方に向ける。

 絵夢はまだ逃げ切っていない。もっともその原住民が角を曲って姿を消したとしても、ザノムとしては辺り一帯を焼き払えば済むだけなのだ。

 その瞬間、がっきとザノム23の右鋏が押さえられた。黒い前足に。

 体長三メートルに変化したナオでもザノム23の前では小人に見えた。


「な・・なんだ・・あれは?

 いったいどこから、いや、それより何の生物なんだ?」

 判らない事態が立て続けに起きて、混乱するスブルグ艦長。

『プロセス拡大投影。目標の原住生物が連れていた生物です。瞬時に巨大化しています。

 推定体重増加・・メカニズム不明です』

「情報を分析してくれ。さっきの鋏を分解した技といい、まだまだ、この惑星には謎が多すぎる」

 銀河帝国が未だ解明できていない何らかの技術。それはとても魅力的だったが、同時に危険をも意味していた。

 銀河帝国といえども敵がいないわけではない。その中には帝国の軍事力でも歯が立たず、不可触対象、つまり周囲の星系ごと接近禁止されたモノすら存在するのだ。


 艦長の苛立ちは無視してAIは報告を続ける。

『了解・・ザノム23。右武器肢。限界です・・』

「なにい!?」

 スクリーンの中では小さく見えるナオがザノム23の巨大な鋏をじりじりと曲げているところだった。

「馬鹿な。 馬鹿な! 馬鹿な? ザノム23の装甲は・・」

『ベイリアス高張力体、それも軍事規格品です。自然発生の生物に破壊できるような代物ではありません。現在、武器肢にかかっている圧力・・三千ベルム』

 これはブラックホール工廠で使われる超重力圧延機で使われる単位だ。

「それだけの力を・・あの生物が・・。どうやって!」


 ボキン!

 ついに鋏が圧力に負けてザノムの右武器肢が折れた。信じられない力が加わった折れ口は赤熱している。

 核兵器の直撃でも平然と耐える代物が枯れ枝のように折られたのだ。

 この隙をついてナオは右前足の爪を延ばす。

 にゅうっと音がしたように思えた。

 1メートル近くナオの爪が伸びる。爪と言うよりはどうみても剣だ!

 妖力で強化されたナオの爪はどんなものでも切り裂ける。金属の蟹とて例外では無い。

 残忍な猫の笑みを見せてナオが前足を振った。

 ナオの三倍はあるザノム23の体が駆動肢をことごとく切断されて、ナオの前に崩れ落ちる。

 ナオが掴んだままの武器肢の方は宙に浮いたままだ。今やザノムは足という足を切り取られたただの大きな金属蟹に過ぎない。

 ナオは舌なめずりしながら、解体作業にかかった。


『ザノム23。機能停止。完全に破壊されました』

 AIの声はどこまでも冷静だ。それに比してスブルグ艦長の声には怒りと焦りが籠っている。

「自爆装置を作動。町ごと消してしまえ」

『主エンジン停止により主自爆プロセス起動不可能。

 緊急自爆装置だけ起動できます。

 起動しました。

 爆発を確認。

 半径五十ダガロク破壊確認』


 スクリーンに映る地上の光景は、住宅街のど真ん中に輝く柱が立っているというものだ。

 主自爆装置に比べると予備自爆装置はずいぶんと破壊範囲が狭い。本来は技術的秘密が詰まったコア部だけを消滅させるための装置なのだ。

 それでも周囲の住宅地は衝撃波と熱で壊滅的な被害を受けている。

 だが重戦車ザノムを易々と屠る敵がこんな小さな爆発で倒れたとはスブルグ艦長は思わなかった。

 ここは続けてザノムの大部隊を送り込むべきか。

 だが戦術的観点からは戦力の逐次投入は避けねばならない。

 ならばここはアレの出番だ。

 切り札は大事に取っておくものではない。ここぞというタイミングで躊躇いなく使うべきものだ。それにこれは部下の仇打ちでもある。

 スブルグ艦長は決断した。


「良し・・覇王を出撃させろ」

『覇王出撃了解しました。命令を確認します。艦長コードを入れて下さい』

「コード:スブルグ、イソ、ファン、デイモス、ノバル」

『コード確認。覇王始動メンテナンス完了まで五千デルム、最適放出軌道までの遷移にさらに一万二千デルムかかります』

「遅すぎる! メンテナンス終了次第に放出しろ」

 スブルグ艦長は相当頭に血が上っている。もっとも彼の血は含有ナノマシンのために緑色なのだが。

『それでは落下地点は、目標のポイントから四十バルム離れた地点になります。

 ただし軌道遷移時間は一千デルムで完了します』

 ためらわずに艦長は答える。

「それでいい」


『艦長』母船のAIが改まった口調で聞く。

「なんだ?」

『本当に覇王の使用が必要なのですか? これでは威力偵察の範囲を越えています』

「必要だ。すでに重戦車まで破壊されたというのに敵の武器レベルひとつ判定できていない。

 覇王こそが全ての謎を解くだろう」

 無敵のはずの銀河帝国の軍事技術がまったく相手に通用しない。我々は手を出してはならない相手に手を出してしまったのではないか?

 自分の心に巣食ったその怯えについてはあえて説明しなかった。

『了解。覇王始動まで、後四百九十八デルム』



「M~ナオ~、御飯よ~」

 絵夢の声が聞こえる。

 商店街での大惨劇もすべて映画のロケと解釈した絵夢はそれ異常は追及しない。

 にゃお~、なお~。猫たちの声が響く。

 平和な光景。温かな家庭。そして空の上では危険な秒読みが続いている。



 覇王・・開発番号は無し。なぜなら、これこそ最初にして最後の究極の巨大人型兵器。


 絶対に破壊できない兵器。

 覇王の開発コンセプトである。

 覇王のコストは非常に高い。信じられないほど。そのため、母船1つに付き、搭載が許されるのはわずかに1機のみである。


 兵器というものはコストパフォーマンスが重要である。安くて強力な兵器をたくさん持った方が常に勝つ。歴史はそう教えている。その意味ではザノム23等は兵器の王道を歩いている。


 では覇王の存在意義は何か?

 お答えしよう。


 覇王は対レジスタンス用の兵器なのだ。

 レジスタンスの暴れている惑星にはもっぱら覇王が投入される。

 覇王は絶対に破壊できない。この絶対不死身兵器は核爆弾の直撃にも平然と耐えるのだ。

 そして覇王に挑戦したレジスタンスグループは無駄に戦力を消耗して壊滅する。

 覇王が一機配備されるだけで、その惑星のレジスタンス運動は息の根が止まる。


 反乱惑星の一つでは投入された覇王に対して惑星上の全人口が総力をあげて戦った。無数の核爆弾が使われたが、覇王を破壊することはできなかった。たまに与えるわずかな被害も覇王の自己修復には追い付かない。

 最初の衝突の後から、覇王は二百年に渡って惑星上で破壊の限りを尽くした。

 その活動期の終わりには反乱軍は惑星上のあらゆる資源を使い尽くし、文明は地球での中世の時代にまで後退した。つまり使える資源が鉄だけになってしまったのだ。

 その後百年ほどは平和な時代が続いた。つまり覇王による一方的な攻撃だけの期間である。さすがに剣と弓だけでこの巨大な怪物と戦う馬鹿はいなかった。

 人々はわずかに残った通信機を使って惑星上で覇王が居る地点を知りその反対側に常に移動するようになったのである。

 永遠の放浪種族の形成である。

 首都を大きな台車の上に乗せ、惑星上で覇王の居る地点の反対側へと常に移動するのだ。

 地底都市建設の試みは覇王の武器による地殻崩壊で全住民が生き埋めになった後には放棄された。

 それ以降はさらに文明のレベルは低下し続けた。首都の運搬には最初は核動力が使われ、やがてそれは石炭へと変わり、最後は馬の力に頼るようになった。

 文明が産み出すすべてのエネルギーが都市の移動のためだけに消費された。やがてどの技術も維持が不可能になる点を越え、人々はただの蛮族へと落ちて行った。

 覇王降臨三百年期に他惑星から救援の手が差し伸べられた。

 惑星の全域から生き残った人々が救出されたのだ。

 こうして惑星には覇王が一機だけ残り、この惑星の文明は終わった。


 全長五十メートルの巨体と核爆弾にも耐えうる特殊な装甲の他には、覇王の武器はわずかに二つしかない。

 両肩に装備された震動鞭と頭の部位に装備された加速砲のみだ。

 震動鞭は特殊な圧電素子により構成される触手で、超音速の速度で伸びあらゆるものを切り裂くことができる。更に電流を流すことにより触れるものを塵と化す高周波震動から、共鳴による低周波破壊まで幅広い破壊行動を行うことができる。

 体内工場で無限に合成される振動鞭は最期には惑星のあらゆる所に張り巡らされ致命的な罠を構築する。

 加速砲は電子線から重粒子まであらゆるものを発射できる砲だ。これも山脈のど真中に瞬時にどでかい穴を開けることができるだけの出力を持っている。


 覇王はシンボルとしての兵器である。

 絶対不敗を誇る銀河帝国は今までただの一度も覇王を破壊されたことがない。

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