女始末人絵夢5(5)覇王降臨

 絵夢にふかふかすりすりする夢を見ていたMははっと目を覚ました。

 ここは絵夢の寝ている布団の上だ・・続けて事態に気づいたナオが起きる。

 ナオの方が絵夢の布団の足元の方に寝ることになっている。それを破ると戦車でも弾き飛ばすMの猫パンチがお見舞いされることになる。


 Mは布団の上で耳を澄ました。

 何か巨大な・・邪悪な・・気配が近ずいて来る。

 Mは身ぶるいした。歳経た猫股の勘が伝えているのだ。

 こいつは絵夢の身を狙っている。

 そして・・強い!

 途轍もなく。

 Mには判る。真の強者のみが敵の力量を正しく見抜く。

 勝てるだろうか?

 勝てない・・恐らくは。しかし、Mが守らなくては絵夢の身はどうなる?

 Mはそっと絵夢の顔に回ると、その頬に鼻の頭を押しつけた。

「何? え・・む? M? どうしたの?」寝惚け眼の絵夢が聞く。

 にゃあ~~~お。

 Mは一声、絵夢に別れをつげると、窓に開いた猫用の穴から飛び出した。



「兄貴! 兄貴! どこ行くんです?」後をついてきたナオが聞く。

 振り返ったMの顔は猫ながら厳しかった。

「ナオ。お前は絵夢の側にいろ。これからの絵夢を守るのはお前の仕事だ」

「兄貴。どこかに行っちまうんで?」

「ナオ。お前にはまだ判るまい。何かが近付いてる。そいつは絵夢を狙っている。

 俺が倒れたら、お前が絵夢を守れ。絵夢を連れて逃げろ」

「兄貴。馬鹿なことを言ってないで帰りましょう。俺達を倒せる奴なんているわけがないでしょう」

「いる。世の中には強い奴なんて幾らでも。こいつもそうだ。ナオ。

 逃げることを覚えろ。

 絵夢を頼んだぞ」

「兄貴~。おいらも手伝う。それなら・・」

「ナオ・・」Mは猫にあるまじき深い溜め息をついた。

 今まで絵夢に対してついていたように。

「お前はどのぐらいの大きさまで巨大化できる?」

 巨大化の度合で妖力のほどが判るのだ。

「へえ、このぐらいで・・」

 ナオの身体が膨れる。さいわい深夜なので人気は無い。

 昼間に街のど真中でいきなり巨大な猫が出現したらパニック物だ。

 二メートル・・三メートル・・。ナオはぐんぐん大きくなる。

 五メートルに達したところでナオの膨張が止まった。妖力の限界に達したのだ。

 これ以上膨らめば、今度は身体を動かすだけの妖力が足りなくなる。

 いつも三メートル付近で巨大化を止めるのは、余った妖力を術に使うためだ。

 そうして初めて、ただの爪で鋼鉄を切り裂くことができる。


「へへ、どうです。兄貴。大したもんでしょう」ナオが自慢する。

「自惚れるな。ナオ」

 普通の猫サイズのままのMが二階建ての大きさのナオを叱るのは奇妙な光景だ。

 いつものMとは違って、厳しい口調のままだ。

「俺は、その十倍ぐらいにはなれる」

 その言葉にナオは驚愕した。十倍の大きさと言うことは・・ナオの千倍近い妖力をMは持っていると言うことになる。

 自分がMにかなわないのも当然だと、ナオは変な形で納得した。


「だが、今度の敵は・・・俺よりも強い。確実に。だが倒さねばならん。

 絵夢を守る。俺はそう誓った。俺が倒れたら、ナオ。絵夢を連れて遠くに逃げるんだ。

 お前ではこれから来るヤツに歯は立たない。

 猫又の里に行け。俺のお師匠様ならお前たちを匿ってくれるだろう。

 頼むぞ。ナオ!」

「なんとかならないんですかい。兄貴」ナオはMに縋りついた。

「ならない。お師匠なら何とかできるだろうが、師匠を呼ぶ時間はない。

 話は終わりだ。俺はもう行くぞ」

「兄貴~兄貴~、それなら一緒に逃げようよ~」

「そうはいかん。ここで足止めせねば。あばよ、ナオ」

「兄貴~、また、おいらを一人ぼっちにするのかい」

「一人じゃないさ。絵夢に可愛がって貰えよ。ナオ」

 ナオは後を追おうとしたが足が動かなかった。Mの毛が一本、ナオの足を縛っていた。

 ナオはしばらくの間、一人で鳴いていた。

 いや、ナオは泣いていたのかもしれない。



 なお~。

「あら、ナオ。どうしたの。Mと一緒に飛び出すなんて。変ねえ、さかりの付く時期でも無いし」と絵夢。

 なお~なおなおなおなおすりすり。

「どうしたのよ。ナオ。何を鳴いているの?」

 寝惚け眼の絵夢はTVのスイッチを入れた。


 覇王は、球状の大気圏突入体型から元の人型へとゆっくりと変形した。

 周囲の瓦礫はまだ煙を上げている。

 覇王の動きと共に、その肩の辺りで何か作業をしていた男が慌てて飛び降りる。

 核爆弾の直撃にも耐えうる覇王の身体には大気圏突入用コアは必要無い。丸くなった体のまま地面に何の遠慮もなく激突して見せたのだ。

 恐るべき高熱も衝撃も覇王には何の被害も与えない。着地に際しての減速も不要だ。だから、今、覇王の周りには焼け焦げた巨大なクレーターができていた。位置エネルギーは運動エネルギーに変換され最終的にはすべて熱に変わった。

 余りにも突入角度が高すぎたためにできたクレーターは深いくぼ地へと変じている。その垂直に近い縁を重力制御の助けを借りて、覇王は難なく乗り越えた。


 絶対王者の覇王は放たれた。もう、誰にも止められない。


 やがて新聞社や警察のヘリが飛んで来た。威力偵察モードの覇王は敢えて撃たない。

 報道された方が好都合なのだ。

 自衛隊のスクランブル機はまだ飛んでこない。事が大きすぎるために逆に身動きがつかない。

 いきなり地球の上空に巨大宇宙船が現れたと思ったら、隕石を落として来たのだ。

 どこをどうみても、これは宇宙人による侵略だった。間違えてもプラズマ現象なんかではない。

 下手に軍隊を出せばその場で宇宙人との戦争勃発となりかねない。ひたすらお花畑に生きて来た日本のボンクラ政治家にその決断はできなかった。


 余りにも近付きすぎたヘリに覇王は一発だけ撃った。人間ならさしづめ顔に当る部分の一つ目が開き、中の加速砲が電子ビームを放つ。広く拡散する電子ビームは対空迎撃専用の兵器だ。それでも撃墜されたヘリの背後の湖はビームの一部を受けて煮えて沸き立った。

 明らかにオーバーキルだがそれを気にも留めない。現住生物の扱いに関する銀河帝国の法律はそうとうに惨いものである。目的のためには大量殺戮も辞さない。

 目標たる絵夢の住む町に向けて覇王は無敵の歩行を始めた。


「きゃあ、何これ。深夜の怪獣映画があるなんて・・見逃さなくて良かった~」

 絵夢がナオを膝に載せて、TVに食い入るように見入る。怪獣映画は大の好物なのだ。特にB級映画は絶対に見逃さない。

 それが本物の報道だとどれだけアナウンサーが喚いても、この時点では誰も信じなかった。

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