女始末人絵夢5(3)ザノム襲来
重戦闘機ザノム23。開発番号23を持つこの戦闘機械はすでに百年の間、モデルチェンジ無しで使用されているタイプである。豊富なオプションパーツの装着により、宙空陸海地のどの状況でも活動できる優れ物である。銀河帝国が一躍勢力を増したのも、このコストパフォーマンスの良い機体の開発に掛かっていると言っても過言ではあるまい。
そのザノム23の内の一機が、絵夢が買物に出た商店街に潜んでいた。六本の駆動肢を足下の電柱の上に固定し、残り二本の武器肢を装甲の上面から生やした姿は蜘蛛というよりは蟹を連想させる。透明化装置の力で発見されることは無いが、注意深い者が見れば電柱の根本が地面にいつもより深く埋まっているのが判っただろう。
重力制御をかけていないときのザノムは重量二百トンを軽く越えている。
前面装備の三連カメラが標的の姿を捉えた。
『目標発見。攻撃しますか?』
ザノム23が遥か上空の果ての宇宙空間にステルス状態で浮かぶ母船に報告を入れる。
「攻撃を許可する。但し、火器の使用は禁止だ」スブルグ艦長は指示した。
ザノムに搭載された火器で街ごと吹き飛ばすのは簡単だが、敵の不思議な能力をまず見極めなくては、わざわざ威力偵察する意味が無い。
銀河帝国軍では未知の技術の奪取はその場で一階級特進できるほど得点が高いのだ。
虫型ドローンに続き、ペスト45まで破壊されるなど本来はあり得ないことなのだ。
ここの原住民の文明レベルでそんなことができるわけがなかった。例えるならばそれは竹やりを投げて戦車を破壊する行為に等しかった。
謎は早期に解かねばならない。それが消すことのできない大火へと成長する前に。
『了解!』
ザノム23はふわりと宙に浮かんだ。重力制御による浮遊だ。この能力があればこそ、ザノム23には翼も車輪もついていない。六本の駆動肢は森の中や洞窟で隠密行動するためのものだ。
指示を受けて、これも透明化装置で周りの建物にへばりついていた何体ものペスト45情報収集偵察機がざわざわと動く。
その重量だけでビルは倒壊寸前であった。
*
「ええとお、後はお野菜ね」絵夢はお料理メモを見ながら言った。
にゃあ、僕達の缶詰も~。
こっそりと後ろについて来ていたMとナオが騒ぐ。
隠形の術を使っているので、彼らの姿は誰にも見えない。
隠形の術は光自体を屈折させるザノム23の透明化装置とは異なる。
自分を見る者の意識に作用して、猫を猫と認識させないようにする術なのだ。だが非常に高度な隠形の術は機械の目をもあざむくことが出来る。そのためには機械に対する魔法的意味論的アプローチが必要になる。Mほどの猫股になると、そんな術も可能なのだが、別に始末人の仕事のお供でも無いので今回のMは簡単な隠形の術に止めておいた。
そのため、偵察機ペスト45のカメラにははっきりとMとナオが映っていた。
スブルグ艦長は小さな猫のことなど気にも止めなかったが・・。
「攻撃開始」スブルグ艦長が命令を発した。
ザノム23とその他の戦闘機械達が透明化を解除して姿を表した。
透明化装置は全体に張られた小さな泡状の光学フィールドを制御することで機能する。つまり一方に当った光を反対側の装甲の表面に完全に再現する。
だがただ完全に再現すれば済むというものではない。
空中に停止した機体の上に付着した鳥の糞までも再現すればあまりにも不自然な光景になってしまう。空中に点々と鳥の糞が止まっていたのでは見つからないわけが無い。
そこで違和感が無いように現実と乖離する部分を検出して再構築する。そしてそれには莫大な計算能力が必要になる。
戦闘時はザノムの計算容量では擬態処理が追いつかなくなる。だから最初から透明のままの戦闘は想定していない。
驚き呆れる商店街の人々のど真中に、全長十メートルを超えるザノム23が着地した。
逃げ遅れた人々が何人か下敷になる。ザノム23は十トントラック並の大きさがある。
そして重量はそれを遥かに越える。基本的にザノム23は銀河帝国の戦車なのだ。
金属の脚の下で車が潰れる。ビルの壁面に機体がぶつかり、衝撃でガラスが一斉に割れた。
電柱が折れ、火花を散らす電線が所かまわず跳ね回る。
「なによ・・・これえ」絵夢がつぶやいた。
買物の途中にいきなり巨大な金属蟹の化物が現れたのだ。驚かないわけがない。
良くみれば電柱にぶら下がっている蜘蛛の化け物もたくさんいた。
絵夢は腕を組んで考え出した。周囲でパニックになった人々があちらこちらと逃げ惑っている。スマホを出してザノムをライブで撮り始めた通行人がそのままザノムの脚に踏み潰されると、流れた動画でたちまちにして一万ヒットを数えた。
「考えるのよ。絵夢。こんなときにはパニックになった方が負けよ」
そう呟きながら、絵夢は目をつぶった。
にゃ~、逃げた方がいいよ。 絵夢~。Mが絵夢の裾を引っ張る。
いまこの瞬間、一番常識があるのは猫又のMであった。
ザノム23がゆっくりと絵夢に近付く。
動きからザノムは鈍重に見えるが、本当は恐ろしいほどの高速度で動ける。それは同時に内包するエネルギー量の大きさを示している。
ザノム23は飛来する戦車砲弾ぐらいならば、視認して軽く避けることさえできるのだ。
普段ひどくゆっくりと動くのは一つは機体の負担を下げるため、もう一つは相手となるレジスタンスグループなどに油断をさせるために組み込まれた偽装なのである。
「Mの鳴き声が聞こえるのが慌てている証拠よ。絵夢。動いた方が負けよ・・。きっとこれには何か納得の行く理由があるはずよ・・」
絵夢はひたすら眉間に皺を寄せて考える。
真面目なのではない。ただ単に現実逃避しているだけである。
その横では目をつぶって動かぬ絵夢を引っ張りながらMが必死である。
にゃ~。絵夢ったら。駄目だにゃ~。ナオ。たまには、お前が相手しろ。
Mがザノム目掛けてナオを押し出した。
打撃攻撃射程に入った。そう判定して、ザノム23は武器の収納された蟹の鋏そっくりの腕を振り上げた。この打撃だけでも、厳重生物が使う装甲された戦車を破壊できるほどの威力がある。
場合によってはプラズマ兵器より打撃兵器の方が有効なこともあるので、このような設計にしてある。
「もう、少しで。判るわ、答えが近くまで来てる・・そう、そう、それよ!」
目をつぶったまま現実逃避を続ける絵夢。
ザノム23が鋏を振り降ろした!
あまりの素早さに鋏が消えたように見える。
今までの鈍重な動きが嘘のようだ。
「映画のロケね!」
絵夢がいつの間にか右手に持っていたかんざしを前に突き出しながら、叫ぶ。かんざしを握るのは絵夢の考えるときの癖なのだ。
ぐさっ!
亜音速に近い速度で振り降ろされた機械蟹の鋏が絵夢のかんざしに刺されてピタリと動きが止まる。
蟹腕の装甲が弾けた。内部から短距離レーザー砲の砲身が覗く。つづいて単分子ウィヤー切断機、超高熱溶断機、衝撃ロッドが外れたロックボトルと一緒に支持架から外れる。
ひでぶっ!
奇妙なノイズ音と共に武器をバラバラと落しながら、機械蟹の鋏が完全に分解した。
*
『ザノム23内部モニターよりの報告。武器肢内部アクチュエーター逆転機構が敵の武器により破損、緊急停止システムにより、武器肢が停止。その際の運動エネルギーで武器肢が壊滅的なダメージを受けました。信じ難いことですが、武器肢の停止の際に共鳴破壊効果まで生じています。
問題の武器は炭素と鉄の合金と判明。その硬度のものがどうしてベイリアス高張力体の装甲を貫けるのかは不明』
AIは次々と信じられない報告を続けた。
ベイリアス高張力体はブラックホールを利用して作られる恐ろしく頑丈な素材だ。ザノムの装甲は何とベイリアス高張力体の一ミリ厚という信じられないほどの重装甲である。銀河帝国の使うほとんどの武器に対して相当な耐性を持っている。
ザノムの二百トン越えという重量もかなりの部分はこの素材が原因である。
「オペレーター達の様子は?」とスブルグ艦長。
その言葉と共に今や人気が無くなったブリッジの中を見回す。ここに生きている人間はズブルグ艦長ただ一人である。
『問題のザノム23はランダムサンプリングで抽出。オペレーターはそれ以前に全員が深層意識探査で問題が無いことが確認されています』
母船のAIがスブルグ艦長の前に禁固室の様子を映し出す。
幸せそうによだれを垂らしながら、積木で遊んでいるかってのオペレーター達の姿が映る。
「もう、いい」
今まで共に幾多の星を壊滅・占領してきた部下達の変わり果てた姿を見て、スブルグ艦長は厭な気分になった。ではスパイがいたわけでは無かったのだ。
つまるところ今の彼らの悲惨な状況は自分の判断ミスのせいだったということになる。
「AIに訊く。あの原住生物がなんらかの探知機能を持っていることは確認できたか?」
『未確認です』
AIの声は冷たい。まるでスブルグ艦長の苦難に自分を巻き込むなとでも言うかのように。
では・・もしや・・まったくの偶然であの・・原住生物は・・ロボット達の欠陥を攻撃しているのでは?
いや、どこの世界にそんな幸運な生物がいるというのか。
自分がどれほど真相に近付いているかも知らずに、スブルグ艦長は推理を放棄した。
彼はまだ自分が何を相手にしているのかも、自分がどれほどのトラブルに陥っているのかも、自分がもう引き返せない分岐点を越えていることも全然理解していなかった。
だがそれも無理はない。災厄の女神の神話は銀河帝国にはない。銀河帝国皇帝こそがその化身と見なされているからだ。
長い間躊躇った末にスブルグ艦長は決心した。
「ザノム23に攻撃命令。火器を使用せよ」
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