女始末人絵夢5(2)エスカレーション

 大気圏突入コアから、ゆっくりとそいつは這い出して来た。

 ペスト45タイプ。六本の足を持つ蜘蛛型の偵察ロボットである。武装は貧弱だが、強靭な装甲と高度な情報収集能力で戦場での目の役目を一手に引き受ける名機である。

 大きさは四トントラックと同じぐらいだが、重量はそれよりも遥かに大きい。

 主任務は強行偵察なので、全身を装甲で固めている。

 そいつは、内部に記憶した標的の座標目がけて、高速移動モードに入った。

 屋根の幾つかがその足の下で踏み潰された。脆い木造の家ではその重量には耐えられない。

 現住生物の巣など銀河帝国では保護の対象にはならない。ペスト45は遠慮無く目標までの直線コースを突っ走った。

 目標に近づくと高速モードから低速静寂モードに切り替え、そいつは音一つ立てずに絵夢の家の中を覗き込んだ。頭部の複合カメラのレンズが窓の中に焦点を結ぶ。

 窓は湯気でくもっていた。

 ・・!?

「きゃあああああ。痴漢よおおおおおおお!」

 外部音声センサーに許容限界ぎりぎりの大声が響いた。

 がらっ!

 湯気に曇った窓が開く。


 ペスト45強襲偵察機。識別番号P44672345。製造は二十年前に遡る。

 戦地で砲弾の雨を浴びたことはある。

 レーザーで狙撃されたこともある。

 ミサイルにしつこく追いかけられたこともある。

 だがそのペスト45にして、頭からお湯をかけられたのは初めての経験だった。


「おまわりさ~ん。この人、痴漢ですうううううう」

 お風呂の窓から首だけ出して、絵夢が叫ぶ。

 実は風呂に入るときにコンタクトを外しているので、絵夢には痴漢の姿がおぼろげにしか見えていない。分かるのはカメラのレンズの反射光のみ。

 なぜかペスト45の人工知性に『逃げなくては』という思いが浮かんだ。

 戦場で敵戦車が放つプラズマビームの中を強行突破して情報を収集していたときも、決して逃げようとは思わなかった。

 そのペスト45は今なぜかパニックに陥っていた。

 コン!

 絵夢の投げたシャンプーのプラスティック容器が装甲に当った。

 逃げ出そうと向きを変えたペスト45に、洗面器、石鹸、スポンジ、洗いたわしなどが続けて飛んで来た。



 6本の移動肢の内、一本が脱落したのは、絵夢の家の近くの空き地であった。

『・・・?』

 一瞬状況が理解できないペスト45の内部で人工知性が全力を挙げて自己診断を行う。


  体内モニターより報告:右1番肢脱落。原因不明

  統合AIより指令  :原因を究明せよ

  体内モニターより報告:補助エンジン動作異常

  統合AIより指令  :補助エンジンを停止せよ

  体内モニターより報告:補助エンジン停止不可。安全装置故障。

  続けて報告     :左2番肢脱落。武器制御系暴走。主エンジン制御離脱。

             モニター制御効率低下。

  統合AIより指令  :活動不能と判定。自爆装置を起動せよ

             ・・自爆・・装置・・起動・・しま・せ・・ん


 そして静かな闇がペスト45の人工知性に訪れた。電子回路の中を最後の電流が走る。

 電子の天使が空中に現れ、ペスト45の魂を収穫していった。



「艦長。ペスト45。破壊されました」

「なに?」

 スブルグ艦長は座席の脇を手術で強化された握力で握り締めた。

「核融合文明以前の種族に、あの機械が破壊できるわけが無いだろう! 偵察機でも頑丈さだけは戦車並みなんだぞ!」

 そんなこと言われても事実なんだから仕方ないでしょう。オペレータの一人が口の中で呟く。

「スクリーンに解析結果を出します」と、これは母船のメインAIだ。

 空中にペスト45の透視図がホログラムで投影される。

「説明します。最初のこの容器の衝突は・・装甲内部に微細な震動を与えています。

 その震動は装甲内面で反響・伝達し、この部分に集束しています」

 投影図の一部がクローズアップされ、小さな結合部が提示される。

「この部分の金属疲労に応力が集中しました。共鳴破壊効果と呼ばれる現象です。続けて飛んで来た物体による効果です」

 石鹸や洗面器が投射され、ペスト45の内部に与える影響が次々と解説される。

 投影図は今や破壊箇所だらけだ。一つの故障が次の故障を生み出していく。あっという間に偵察機の内部は故障表示だらけになった。

 スブルグ艦長が呆れてつぶやいた。

「馬鹿な。自慢の兵器がこんなに脆いとは・・・設計ミスか?」

 それに母船のAIが答える。

「設計ミスではありません。これらの効果を引き起こすためには、ペスト45の詳細な設計図に加えて、現時点での対象ユニットの金属疲労に関するメンテ情報が必要です。

 さらには外部の物体が命中するポイントが1ポムでもずれれば、この効果は起きません。

 この事から、次の推論が導き出されます。


 1.この母船の中にレジスタンスグループがいて、情報を対象生物に伝えている。

   確率0.0001%

 2.対象生物に我々の科学レベルを遥かに超えた探知機能がある。

   確率0.00000000001%

 3.全くの偶然である。

   確率 問題外」


「他の可能性は?」とスブルグ艦長。顔の色が厳格を表す色に染まっている。

 推測された可能性がこれだけだとすれば、すぐにスブルグ艦長はある決断を下さなくてはならなくなる。

「データ不足です。現時点では推論不可能です」

 母船の人工知性の意識の片隅に、なぜか『災厄の姫』という記号が浮かんだが、すぐにノイズとして消去された。

 スブルグ艦長はしばらく考えた。

 この命令は出したくはない。だが仕方がない。

「よし・・・では、1番の可能性を取る。全オペレーターに深層心理探査を行え」

 その命令を聞いたオペレーターが血相を変えて席を立ったが、天井から麻痺光線が照射されるとそのまま床に倒れた。続いて残りのオペレーターたちも次々と撃ち倒される。

 ブリッジの中が悲鳴で満ちた。


 深層心理探査。脳内に深く潜行させた神経接合素子による全記憶探査のことである。

 検査は破壊性検査である。つまり、この検査の後には靴の紐も満足に結べない人間が出来上がることになる。彼らが抵抗するのも無理はない。

 基本的に船の運営には人間のオペレーターは必要としない。あくまでも人間はAI動作の監視を行うためだけに存在している。

 スブルグ艦長は暗い目でロボットに連行されて行く部下たちを見つめた。長い間、共に戦って来た部下なのだ。

 しかし・・感傷と仕事は・・別だ。

「残りの可能性を検討する。重戦闘ロボットを投入せよ。情報収集機をつけてな」

「了解しました。艦長。大気圏突入コアの最適放出ポイントまで6500デルムです」

 母船のAIが答える。



 空き地の前でおばさん達が立ち話をしていた。


「どうしたんですか?」絵夢が立ち止まって聞いて見る。

「それがねえ。ほら、空き地の真中」とおばさんの一人。

 絵夢は空き地を見た。中央に山のように積まれた金属のガラクタが見える。

「あれ、車か何かのスクラップでしょ。誰かが産廃を捨てていったのよねえ。本当にどうなっているのかしら。この頃の人達は」

 へえ、と思いながら絵夢は興味を失って向きを変えた。

 コンと何かが足に当る。

 きらきらと光る何かの小さな部品だ。きっと金属ゴミの一部だろう。

 絵夢はそれを拾うと空き地の金属の山へと投げた。まとめておいた方が片付け易いだろうとの配慮からだ。絵夢はとても気の効く女性なのだ。


 絵夢が立ち去った後もあいもかわらず、おばさん達は空き地の周りで話をしている。

 だがしかし、まだペスト45は完全には死んでいなかった。

 中枢制御部から修理用の触手を伸ばして辺りを探っている。

 もはや機体の再構築は不可能だが、エネルギーが残っている内にせめて自爆装置を回復させるのが第一優先目標だ。銀河帝国の貴重な軍事情報を敵に渡すわけにはいかない。


 解体された自分のボディである金属の山を探っていた触手が、先ほど絵夢の投げたパーツに触れた。触手の先で表面に組み込まれている分子配列認識コードを読み込む。

 これだ!

 自爆装置の起動コアだ。どうしても見つからなかった部分だ。

 ペスト45は早速、自爆装置に最後のパーツを組み込んだ。

 自爆まで、残り時間はわずかに5デルム。


 その日一日。絵夢の住む町は空き地でのガス爆発の噂で持ちきりとなった。

 町内のやもめの割合は一気に増えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る