女始末人絵夢5(1)銀河帝国侵攻す

 その直径二キロに渡る巨大円盤型宇宙船は地球の衛星軌道上に静かに侵入して来た。

 極めて精巧な光学処理フイールドが背後の星の光を再現し、その巨大さにも関わらず宇宙船はどこからも探知できない存在であった。


 銀河帝国探査軍4002041部隊所属のこの惑星破壊級侵略母艦の艦長はスブルグ。階級は大佐。

 むろん銀河帝国の階級は地球のそれとは似ても似つかぬものである。


 スブルグ艦長は目の前の投影体に映る地球の映像に見入った。彼は人間そっくりだった。目も表向きには2つである。増設したもう一つの目の位置は、そう簡単には他人には教えないことになっている。


 この惑星はかなり汚染されている、彼はそう思った。過密状態の現住生物による環境汚染は、どこの文明種族も一度は陥る進化の罠だ。

 だが手遅れと言うほどではない。今、銀河帝国が占領し完全に支配すれば、まだまだ救えるだろう。不要な人口を九割程度削減すればいいだけなのだ。


 今まで、この巨大母艦の力に抗し得た惑星は無い。銀河帝国皇帝の偉大なる威光に逆らえる者はいない。

 おおおおお、皇帝万歳!


「艦長。軌道に乗りました。隠蔽スクリーン展開済」オペレーターの一人が報告する。

 そこでスブルグ艦長は夢想から覚めて、命令を下した。

「偵察部隊を降下させろ」



 黒くて平たい体についた薄い羽を広げて、その昆虫に似た偵察機は地上に降下した。同時に降下した一万体の内の一体である。

 眼下には現住生物の街が広がっている。

 文明レベルは核融合技術未満。レア元素の使用レベルに到達したぐらいだ。

 銀河帝国との文明レベルの差は五千年ぐらいと見積もられている。

 技術的には大人の目の前でハイハイをしている赤ん坊ほどの差がある。

 もちろん偵察機にはそんな意識はない。指示に従い降下を続ける。周囲の状況はすべてリアルタイムで母船に報告している。

 何かがキラリと光った。

 偵察機が近づいてみると、それは空中を飛行する一本の針であった。

 すばやくX線で撮像してそれが何の推進力も機構も持たないただの金属の小さな塊でしかないことを知り、偵察機は興味を持った。

 未知の技術の発見。最優先で調査すべき目標である。

 ただちに進路を変更し、その針を追いかける。

 針が案内した先は一件の家であった。

 その家では猫を二匹飼っていた。


 その偵察機は今、家の中を撮影しているところであった。スリムなボディはどんな隙間からでも建物に侵入して情報を持ち帰れるようになっている。

 黒く艶々と光るその小型偵察機は、天井に張りついて全周カメラを回した。

 報告はリアルタイムで母艦に送られる。それ自体には低レベルの回避行動だけを保持しているミニ・ロボットだ。

 銀河帝国の軍隊のほとんどは人工知性によるロボットである。そうでないと、銀河内の距離の大きさゆえに反乱が相継いだことであろう。

 タンパク質でできた生物は忠誠心というものが相当に怪しい存在なのだ。


 カメラには、布団に寝ている現住民の女性が映っている。


 健康そうな綺麗な肌に、枕元に畳んで置いてあるきちんと洗濯されている服。布団からはみ出している手はこの原住民の健康な生活を示している。

 もっともスブルグ艦長はこの寝姿自体にはまったく興味が無かった。

 所詮は異星人なのだ。

 銀河帝国臣民を貴族とすれば、この惑星の生き物はどれだけ自分たちに似ていてもただの貧民奴隷に過ぎない。家畜よりは少しだけマシな存在ということだ。

 偵察機に指令が送られる。


 原住生物の身体のサンプルを採集せよ!

 --了解! --


 偵察機はゆっくりと壁を降りて、絵夢の方へと向った。

 尖った針を突き出して絵夢の顔の方へと這い寄って行く。

 後、1メートル・・30センチ・・20センチ・・10センチ・・

 偵察機はぐっと針を持ち上げて絵夢へと飛びついた!


 ・・ばちん!

「何よお。M。うるさいわよ」寝惚け眼を擦りながら絵夢が目覚める。

 にゃあ~。猫のMが前足で何かを床に押さえつけながら鳴く。捕まえた~

「うん、何持ってるの? M」

 絵夢がMの前足をのぞき込む。

 そこのあったのは黒くて艶々とした物体。かさかさとまだ動いている。

「ごきぶり! 捨てて来なさい! M!」

 絵夢の怒りの声が飛んだ。

 憮然とした顔でMがその物体を咥えて外へでる。



「マイクロ偵察機。破壊されたようです」

 操作盤を覗き込んでいたオペレーターの一人が報告する。

 母船のブリッジは中央に艦長。そのまわりに円形に十人ほどのオペレーターが配置されている。

 高度に自律化されている巨大母艦は艦長の他には三十人ほどの帝国人オペレーターのみで、後は全てロボットと人工知性で運用されている。


「破壊?」

 スブルグ艦長は不審に思って聞いた。偵察機とは云えそうそう簡単に破壊できる代物ではないはずなのだ。特にこの惑星の文明レベルでは。

「あの現住生物に壊された? そんなに脆いロボットでは無いはずだが・・」

「報告によると外殻が凄い圧力で押し潰されています。何かの工作機械で潰されたのかもしれません」

 そうだとすると、誰かがマイクロ偵察機の正体に気付いたということだぞ、とスブルグ艦長は考えた。

「高度情報収集機があったな」

「ペスト45タイプです」と艦長の椅子に仕込まれている母艦の人工知性が答える。

「放出しますか?」

「そうしてくれ。目標は今の原住生物とする」

 スブルグ艦長の決断は早い。


 がりっ!

 Mはロボットの残骸を吐き出した。鋼鉄でさえ噛み砕くMの顎にかかっては、たとえ象が踏んでも壊れない装甲でも耐えられるわけがない。

 にゃあ。まずいぞ。これ。

 Mはまだ、これから何が始まるか気付いていなかった。

 たった今、自分が壊した代物がこの惑星の産物ではないことにも。

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