女始末人絵夢4(3)死地へ

 カチリ。TVのスイッチが勝手に入った。元締からの連絡だ。

 元締?

 そう、元締だ。


 絵夢は極めて普通の女の子です。

 ジグゾーパズルとゲームを趣味とする、手のキレイなごく普通の可愛い女の子です。

 でも、たった一つだけ普通と違っていたのは・・絵夢は始末人だったのです。


 始末人・・

 怨みをのんで死んでいく善良な人々。

 そんな人々の怨みを存分に、晴らしてあげます、格安で。

 この世の悪の掃除人。

 お任せ下さい、ためらわずに。

 ・・絵夢はそんな始末人の一人、それも最強と呼び声高き。


「絵夢。今回の仕事は少し厳しい。心して掛かってくれ」

 御高祖頭巾の元締の正体は配下の始末人でさえも知らない。絵夢は元締めのことを中年のおじさんだと言うことだけしか判っていない。

「ええ~、元締~。あたし、女の子ですうう。簡単な仕事にして下さい~」

「近頃、起きている謎の誘拐事件は知っているね? 絵夢」

 元締は絵夢の抗議を完全に無視して話始めた。

「あの~最近あたし、ニュースを見てないんですう」

「そうか、駄目だよ、ニュースぐらいは注意を払わなくては」

 最近、SFXRの略称で呼ばれるゲームにのめり込んで時間が無いことには言及しなかった。

 とにかくこのゲームが面白いのだ。

 それも猫たちの世話を忘れるほどに。

「ここのところ、少年や少女の誘拐が相継いでいる。

 なぜか身代金の要求も無い。

 ただ、さらわれるだけなのだ。犯人の手がかりも無く、変質者の仕業かと思われていたのだが・・」

「いたのだが?」

 絵夢は本音ではその先を聞きたくなかったが、話の流れから避けることはできなかった。

「我々、始末人ネットワークに入った最新情報によれば・・」

「どこから入ったんですかあ?」

「それは、警察内部にも始末人はいるからね、中村もん・・おっと、名前は秘密だ」

「は~い」

 明るく答える絵夢であった。他人の秘密には関心が無いのに、それでいて自分は秘密だらけの女性だ。

「ええと、最新情報によれば、骨だけになった死体が何体か発見されているようだ。

 あまりにもひどいので家族にもまだ伝えていない」

「それって・・元締」

 絵夢が額に皺を寄せた。このまま癖にならなければ良いが。

「あたしには荷が重すぎますう」

「放置すれば、まだまだ続くだろう。無力な子供達が次々と・・」

 元締は絵夢の抗議は構わずに続けた。

「残念ながら、他の始末人は皆、手が一杯でね。絵夢。君だけが子供たちを救えるんだ」

「でも・・」とあくまでも乗り気でない、絵夢。


 それはそうだ、ただのか弱い人間の女性が、暇つぶしに子供を食ってしまうような犯人に立ち向かえるだろうか?


「ここに子供達から始末人に来た手紙がある。読んであげよう。

 【こんにちは。しまつ人のおじさんたち。ぼくたち小学こうのせいとです。

  きょう、つよしくんがさらわれました。おとなの人たちのはなしでは、すぐにかえってくるって言ってますが、きっと・・】

 まだまだ続けるかね?

 絵夢? これは正義の行いだ」

 それを聞いて絵夢の目がおかしな光を帯びた。

「正義の行い。正義の行い。正義の行い。大事なことだから三度言ったぞ」

 元締がたたみかける。

 正義の行いはパワーワードだ。絵夢はこの言葉を聞くと、何かおかしなスイッチが入る。

 その通り、いつの間にか絵夢はかんざしを構えていた。

「やる! 元締。あたし・・やる!」目の中に憑かれたような炎が燃えている。

「そうか。絵夢。やってくれるか」元締は頭巾の下でほくそえんだ。

「これが他の始末人が調べた敵の本拠地だ。くれぐれも注意して行ってくれ」

 調べに行った始末人の一人が帰って来ないことを元締めは黙っていた。



 にゃあ。

 Mは顔を押し付けて眠っていた熊の腹から頭をもたげて鳴いた。

 絵夢が頭を撫でてくれる夢を見たのだ。

 熊が起きて、ふんふんとMの顔を嗅ぐと、べろりと嘗めた。

 あの一件以来、二匹はなぜか仲良しになってしまった。

 にゃあ。

 ふかふかを夢見て再びMは眠りについた。



 ざわざわ・・闇の中でそのモノたちが騒ぐ。

「居心地のいい街だ。ここは」その中の一匹が口を開いた。

「肉が旨くて柔らかい子供たちがたくさんいるからな」と別の一匹。

「この間の男どもは堅くてまずかったなあ」

「食べるなら柔らかい若い女の肉が一番だ」

 ゲラゲラと無数の笑い声が闇の中に満ちる。

「だがどちらにしろ最後には刈り屋の古都家が出て来る」

 その言葉に倉庫を満たしていた騒めきは一斉に静まった。

「総一郎か?」搾りだすように言う。

「あいつは住処を離れられない」

「では二姫は?」

「海の近くには近づくな」

「総五郎なら?」

「都会ならばこちらの勝ちだ」

「総十郎は?」

 そこで皆はどっと笑った。

「あれは古都家の恥さらし」

「どれが出て来るにしろ、俺たちは数多い。誰かが必ず生き残る」

「我らは不滅」

「我らは永遠」

 ゲラゲラという笑い声はやがてクスクスという忍び笑いとなり、最後には微かな木霊となって消えた。

「後は、この匂いの問題だな」

 一匹が憎悪を込めて言うと、キキキキと闇の中のモノたちが騒ぐ。

「うむ、この匂い。俺達の敵の匂いだ」

「微かに街のあちこちに匂いがある。きっとこの近くにいるに違いない」

「一匹、二匹と襲われるのではたまらん」

「俺達を倒せるものなどいるものか」

「こちらから襲うのもいいな」

 我らが恐れるモノはアイツだけ。白くて大きくて残虐な大妖魔。

 それをわざわざ口にする妖魔はいなかった。



 とんとんとんとん。ちゅう。


 絵夢は台所で包丁を奮っている。

 ネットでの知合いが風邪を引いたので『絵夢特製おじや』を作って持って行こうとしているのだ。ふかふかしているのが特徴のおじやだ。


 とんとんとんとん。ちゅうちゅう。とんとん・・。


「きゃあああああ! ねずみいいいいい」

 ようやく鳴き声の主に気付いた絵夢の悲鳴が木霊する。

「ナオ! ネズミよおお。あんたの出番よお!」


 なお?

 ナオが怠惰な眠りから起きて台所に駆け込む。

 ぱしーん。ナオの猫パンチが一撃でネズミを殺す。

「やったわね。ナオ。ご褒美に後でチーズあげるね」

 なお~、と得意そうなナオ。

「もう、Mったらこんな大事な時に家出してるんだから・・」

 なお~。ナオはまた肯定した。

 手の下のネズミの死骸の感触は面妖なことにカサついていた。



 ガサガサと薮を掻き分ける熊の背中の上で、Mはちょこんと座って揺られていた。

 目を瞑って、その熊が絵夢だと想像してみる。分厚い毛皮をそっと撫でる。

 熊が不思議そうな顔で背中のMを見つめる。

 すりすり~すりすり~、ごわごわごわごわ。

 熊の背中はそれなりに温かかったが、絵夢の撫でる手には敵わなかった。


 にゃあ~。絵夢のふかふかにすりすりする自分を考えてみる。

 にゃあ~。絵夢に頭を撫でてもらうことを想像する。

 にゃあ~。絵夢の膝の上で居眠りする心地良さ。

 にゃあ~。M、御飯よ。と言ってくれる声。

 にゃあ~。こら、M、逃げるんじゃない、と尻尾を掴む絵夢の手。

 にゃあ。絵夢。

 にゃあ。絵夢。

 にゃあにゃあにゃあ。絵夢絵夢絵夢・・。


 決めた!

 Mは熊の背中の上で仁王立ちになった。

 家出は止めだあ!

 ふんふんと心配そうに見ていた熊の鼻を、世話になったなとMは嘗めた。

 ざらりとした舌で鼻の頭を嘗められたので熊は迷惑そうだ。

 そのまま熊の背中から絵夢の住む街を目がけて一直線に駆けだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る