女始末人絵夢3(5)浅草攻防戦
電車の中で絵夢とカラナザン三世は胸をなで下ろしていた。
「ああ、恐かった。だけど、あのヘリ。一体何かしら?」
「おう、美人さん。怪我は無いね。どうやら、あのヘリ。迷子のヘリね。きっと私達に道を聞きに来たね」
「そうね。きっと、そうよ。あたし達がカラナザン御一行だなんて、判るわけないわよね~」
「美人さ~ん。声が大きいです」
迷子の戦闘ヘリが機関砲を使って道を聞きに来る・・確かに有り得ることかも知れない。
ごく普通の女性に怪物級猫又と天災級猫又が憑いている世界では。
彼女の未来が数万年を生きる災厄の化身そのものに交わる運命にある世界では。
やがて多くの猫又が彼女と蛇の戦いの間で踊り狂うことになるこの世界では。
その時は静かに、そして止めようもなく、近づいて来る。
かちん。足下で音がした。
「あれ? あ、あたしのかんざし。どうしてここに」
「投げた後で、どこか服に刺さったのでしょう。凄い幸運でーす」
「ああ、あたしって・・・ラッキー!」
・・暢気な子である。網棚の上でMとナオがまた溜め息をついた。
原宿から山手線でぐるりと回り、そこで路線を乗り換える。
やがて電車が目的地に着いた。
「おお、浅草。これはまた面白い所ですね。美人さん。
ここはフーテンの寅さんの聖地です。時代に取り残された昭和が色濃く残る街で~す」
「わああい。カラちゃん。綿飴買って~、甘酒買って~」
「わかりました。でも、体重は大丈夫ですか?」
「カラちゃん、それは言わない約束よ」
「おう、すみません」
大きな提灯が吊るされた大門をくぐり、石畳の雑踏を二人は歩いて行った。
左右にはこれでもかとばかりに露店風の店が並ぶ。そこにはケバケバしい商品がずらりと並んでいる。
人混みの中に紛れた殺し屋達が、そっと二人の背後に近付く。
拳銃で。毒塗りのナイフで。特殊改造のスタンガンで。
その手が上がり銃の引き金を引く前に、白くて大きい恐ろしい前足がどこかから出現すると、相手の首の骨を素早く折る。そしてすぐに妖気をその体に吹き込む。
隠形の術の中での手練の早業だ。人間の目では捉えられない速さで行われる妖魔の技。
すでに浅草寺に参る人々の半分はゾンビと化していた。そのすべてを操っているのはMだ。一応絵夢を襲った者たちだけがゾンビとされている。珍しくもMの仏心である。
ぞわり、ぞわりと人混みの半分が見えない波に乗っているかのように左右に揺れながら歩く。まるで出来の悪いソンビ映画のようだ。
もし絵夢とカラナザン三世が後ろを見ていたら腰を抜かしていただろう眺めだ。むろん、前からすれ違いに歩いて来る人達はその悍ましさに顔を歪めている。
いったいここで何が起きているのか?
その思いだけは共通であった。
一端足を止め、それから左右を眺めて抜け道を探し、最後に震えながらこの集団の横を駆け抜けていく。
「美人さん。日本では皆、寺院に参るときはこんなに怯えた顔をするものなのですか?」
「変ねえ。行きは良い良い、返りは恐いって歌はあるけれど」
・・後ろを振り向くことは考えつかない絵夢であった。
近くに止めていた大型トレーラーの中で会話が飛んだ。
『カラナザンだ。やっぱり来たぞ』
『いつも、浅草に行きたいと言っていたからな。フーテンノトラサンって何の合言葉だ?』
『昭和オタクの趣味なんか知るものか。よし、機関始動。ゴー』
トレーラーの後部扉が開くと、大きな戦車のようなものが滑り出て来た。それが出て行くにつれあまりの重量に潰れていたトラックのタイヤが復元する。
それは周囲の通行人が目を見開いている前で、変形を開始した。
武器が満載された二本の腕が生じた。二本の足、補助用の車輪ギミックが二つ左右に張り出している。かろうじて頭を連想させる上の突出部。
金属の巨大ゴリラ。
新開発の陸戦用特殊外骨格。開発名ファイヤー・グラント。
合体こそしないものの、男の子が大好きな超合金変形ロボの要件はすべて満たしている。ただし腕が外れて飛ばないところだけはいただけない。
組織が盗みだしたパーツで組み上げた秘密兵器がこれである。
金属ゴリラは背中のロケットに点火し、ジャンプした。
十三トンの金属の塊が宙を飛ぶ。その噴射をまともに食らった背後の民家が衝撃で半壊する。
その空中への飛翔を見ていた者は誰もいない。
その重量で浅草寺の屋根を突き破って、身長四メートルの巨人が着地する。爆炎にも似た八十年物の粉塵が巻き上がる。
動力は爆発性燃料パックを使用して、何よりも超機械化兵士強化プロジェクトの成果である全身に仕込まれた武器群が秀逸だ。グラントは戦車という見方もできるが、正式には歩兵である。
ネオコブラ2030が空の王者ならば、これは陸の王者だ。
もちろんたった一人の人間を暗殺するのに使うにはあまりにもオーバーキルと言える。
「おう、美人さーん。これは何かのアトラクションね。あれ、私知ってまーす」
カラナザン三世の暢気なセリフを聞きながら、絵夢は目を剥いている。
「何か知っているのカラちゃん。いったい何よ?」
「ははは。あれは仁王さんね。日本の仏像ね」
がらがらと瓦礫を振り払いながらファイヤー・グラントは立ち上がった。微かなアクチュエーター音を漏らし、金属の巨体が一歩進む。
強化外装骨格についた無数の武器が煌めく。ロケット弾のポッドが背中からせり出す。右腕の機関砲が磨かれた黒光りの砲身を誇る。
はっと絵夢が我に返った。
「絶対に違~う! カラちゃん。逃げましょ」
二人は踵を返すと今来た道を走って戻る。後ろに控えていたゾンビの群がぞわりと左右に別れて二人を通した。
ずいぶん親切な人達ね、そう思いながら絵夢とカラナザンはそれ以上は考えずにひたすら逃げた。
『逃げるぞ』
『なんだか、人の動きが変だな』
『巻き添えにしても構わん。第三帝国のためだ。撃て』
ふいいいんん。モーターの駆動音を立てながら、ロボが機関砲のついた右腕を上げる。
一連射で五十口径の機関砲弾が六十発。ビルでも穴だらけにできる攻撃量だ。人間ならば骨も残らない。
だが絵夢とカラナザン三世を挽肉にするはずの三連装自動照準機関砲は、しかし発射されることは無かった。
ばっと、ゾンビの一人がその腕に飛びついたからである。
『ぼんんばあ』
叫び声と共に爆発した。衝撃でロボットの右腕は照準を外し、発射された砲弾は空中に撃ち込まれた。そのまま砲弾は3キロの距離を飛び、オフィスで不倫中の中年カップルを二人まとめて打ち抜いて終わった。
この爆発で対戦車ミサイルの直撃にも耐えるはずのロボの腕の装甲にへこみがつく。
次々にゾンビがロボットに飛びつくと爆発する。
脆いセンサーが千切れ飛び、装甲の一部が吹き飛び、投光器が爆発の余波で破裂する。
恐ろしい力で弾帯が引き千切られ、腕部装甲が剥がされる。
『馬鹿な・・・これは・・人間爆弾!?』
操縦者の悲鳴が無線に轟く。
『電撃を流せ。最大出力。奴らの体内の爆弾を誘爆させるんだ』
『最大出力。放電します』
きゅばっつ!
ロボから放たれる青白い閃光と共に、ゾンビの群が一斉にびくりと飛び上がる。
電流による筋肉の不随意収縮。だが、それきりで何事も無かったようにゾンビ達はまたロボットに群がった。ゾンビの焼けた身体から怖気を震わす煙が上がっている。
『駄目です。効きません』
『どうして・・いったい・・』
『わああああああ』
もはや悲鳴は意味を為していない。
くそっ。操縦者は世界共通の呪いの言葉を吐きながら、すべての武器のトリガを引いた。
機関砲弾がゾンビの体を切り裂いた。
前面装甲が自切し、その影に隠れていたクレイモア地雷が爆発すると数百の鉄球を撃ち出してゾンビの群れを吹き飛ばす。
多目的ミサイルはサイロから顔を出す前にゾンビの自爆に巻き込まれた。賢いミサイルは誘爆は起こさずに爆発ブロックだけを切り離して自壊する。
火炎放射は悪手だった。射出管が歪んでいたせいで、周囲が火だるまになると同時にグラントまで火に包まれた。
自機の温度が上昇し、内部に警報が轟くと操縦者のパニックには拍車がかかった。
どうしてこいつらは、頭を吹き飛ばされても体を半分にされても動きを止めないんだ?
ゾンビじゃないのか?
バタリアンなのか?
だがどれだけパニックになっても問題は解決しない。
『ぼんばああ』
どか~ん!
『ぼんばあああああ』
どか~ん!
『ぼおおおんんばああああ』
どど~んどか~んどどどどどどどん!
黒煙は宙高く登り、爆発はMの気がすむまで何時までも何時までも続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます