幕間劇2 拾い物には魔が潜む

 夕食の買い物に出て行ったはずの絵夢がすぐに大慌てで戻って来ると、ダンボール箱を持ってまた飛び出して行った。

 しばらくして戻って来ると、手にしたダンボール箱の中にはびしょ濡れでドフの臭いを放つ瀕死の黒猫が一匹入っていた。

 全身骨折、内臓破裂。猫というよりは黒いずた袋と言ったほうが近い。

 もしやと思ってMが覗き込むと、やはり・・涅瞋鬼と名乗っていたアイツだ。

 いったい誰がこんなひどい事をと思ったところで、それが自分の仕業だと思い出し、Mはテヘペロと舌を出して見せた。


 この時間でもやっている動物病院はどこ~と絵夢が大騒ぎでネットを検索している間、Mはじっと黒猫を見つめていた。

・・次に目の前に現れたら殺すと言っておいたはずだぞ・・

 人の耳には聞こえない声で話す。

・・どうしようも・・なかった・・

 黒猫には死にかけながら、まだ意識はあった。

 Mは考え込んだ。

 ここでこれを殺しておくか。それとも見逃すか。

 Mとしては殺したいが、そうすると絵夢が問題だった。

 どこで見つけたかは知らぬが、自分が救いあげた猫が死んでしまった場合、絵夢はどうするだろうか?

 きっと朝から晩まで泣き喚くだろうな。

 それは容易に想像がついた。そしてしばらくの間Mの世話はなおざりになる。

 ふうとMは猫らしからぬため息をついた。

 どうして毎回こう事が面倒になる。

 ここで殺すわけにはいかない。一度元気にしてそれから、家出したという形にしてひそかに殺すのが善い。

 うん、それが善い。

 それならば絵夢はあまり悲しまないだろう。


 Mはすうと息を吸い、集中した。

 自分の内にある猫又の妖力を呼び起こす。

 殺すも自由。生かすも自由。

 黒猫の体を妖力で探り、その命の中心があるべき場所が空っぽであることを知る。

 蟲術で作られた人工の猫又。術で作られた瞬間に妖力の中心は抜き取られ、術者の手中に収められる。術者が死ねば、その中心は解放されることなく消滅させられる。

 人間でいえば魂に相当するもの。黒猫にはそれが欠けている。

 Mが炎を吐いた。

 妖力の炎。

 地獄の獄炎。

 炎の魔神の力の小さな一欠片。

 そしてそれは黒猫が今までただの一度も触れたことのない大いなる力であった。

 炎は黒猫の体に吸い込まれ、その内部に侵入し、空いていた場所を満たし宿った。

 力の炎。炎の力。

 黒猫は蘇った。

 破れていた腹が復元を始め、骨が音を立てながら繋がる。


 ペット・キャリングケースを持って絵夢が戻ったとき、ダンボール箱の中には泥だらけのままの元気な黒猫がじっと蹲っていた。

 絵夢の背後でMが黒猫を油断無く見張っている。

 Mの瞳にはまだ地獄の炎が宿ったままだ。

 体こそ元気にはなったが、黒猫の命はまだ天秤の上で危うく揺れている。

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