女始末人絵夢1(3)M,暗躍す
またもや絵夢は目的のビルの前に立った。
ビルは窓も玄関口も狭く作ってある。監視カメラが目立たない位置につけてある。内部の廊下には角が多い。
外部から襲撃し難いように作られている典型的な裏社会が所有するビルである。
ここねと心に喝を入れて足を踏み入れようとした絵夢の目の前に大男が立ちはだかった。
「お客さんかい?」
声を掛けられた。大男の目つきは鋭い。常に暴力を奮っている者が持つ雰囲気が漂っている。来ている半袖の腕に派手な入れ墨が見えた。
「あの・・」
絵夢は口ごもる。流石にこれは怖い。
「客じゃねえなら帰りな」
大男は凄んだ。むっとその体から暴力の臭いが噴き出す。
小さく悲鳴を上げた絵夢の前で大男の姿がいきなり横に引っ張られて視界から消えた。
ごり・・と音がした。
がり・ぺちゃ・・めきり。
最後にあううと何かの呻き声。
それから静寂。
すぐに柱の陰から大男が再び現れる。
目に光がない。
「入んな・・お嬢ちゃ・・ん」
声にも生気がない。
慌てて絵夢がビルの奥に進むのを確認してから、大男は横の階段に座り込むと偽りの生命を停止した。
長い毛の白猫が一匹、階段を駆け上る。その尾は二つに分かれていた。
扉にノックがあった。
若頭と呼ばれる男は手元のパソコンの画面から目を上げた。
指の動き一つで画面を消す。ここで別のキーを押せば内部の記憶はすべて消える。だがそれはやりたくない。バックアップを取った所まで戻って仕事のやり直しになってしまう。
エマージェンシー・キーの上に指を置いたまま誰何する。
組長の訪問予定は入っていない。だから今日は誰もここには来ないはずだ。部下たちなら入る前に声をかけるはずだ。それは厳しく躾けてある。
引き出しの中の銃に意識が飛んだ。弾倉には弾がフル装填してある。予備弾倉は十分にあったかな。様々な考えが頭をよぎる。
扉がそっと開くと、見たこともない女性が顔を覗かせた。
「あの・・」
「どちらさまかな?」
油断はしない。
ここはビルの最深部だ。それなのに見知らぬ人間が誰にも止められずに入ってきている。それ自体が何かまずいことが進行していることを示している。
相手に気づかれないように机の端にあるボタンを押しこむ。二つ下の階にある休憩室に今頃は警報が鳴っているはずだ。
くそっ。役立たずの部下たちめ。何をしている。
若頭は唇を噛んだ。最近は組員の質が落ちていけない。ちょっと厳しく躾けると組の金を持って逃げ出すような手合いばかりだ。お陰で手持ちの山の中はもう死体を埋める場所がなくなってしまっている。
「あのっ。私、絵夢と言います」その女性は自己紹介した。
「はい。その絵夢さまが何の用ですか?」
金を借りに来た客の一人が何かの手違いでここまで紛れ込んだのか?
その可能性もわずかながらある。
「あの、その、依頼がありまして」
「届け物の?」
おかしなことに、まだ誰も階段を駆け上がって来ない。そっと引き出しを開けてその中の銃に触れる。
「いえ、その、貴方を・・」
「私を?」
「・・殺せって・・」
その言葉を聞いて若頭の頭に血が上った。ただの小娘が俺を殺すと脅すだと?
「馬鹿野郎!」
若頭は拳銃を取り出して絵夢に向けた。指が無意識に動きセーフティを解除する。
きゃあと叫んで絵夢が部屋を飛び出す。
なんだあいつは。俺を殺すだと。若頭の目の前が怒りで赤く染まった。部下の誰かがドッキリを仕掛けたのか?
そこで若頭は深呼吸をした。
そんな馬鹿なことをする部下がいるとは思えなかった。自分を怒らせた同僚が何人も殺されて埋められるのは見てきたはずだ。
そこでやっと思い当たった。
しまった。部外者に拳銃を見られた。怒りすぎて理性の箍が外れてしまった結果だ。
大変にまずい。警察に垂れ込まれたら非常に厄介なことになる。毎月渡している賄賂の額が跳ね上がてしまう。
部下を追わせねば。電話機の内線ボタンを押して怒鳴りつける。
「誰か! 誰かいないか!」
返事はない。
くそっ。役立たずどもめ。思わず本音が口をつく。
拳銃を手に、絵夢の後を追おうとしたとき、もう一度ドアが開き、そこから部下たちが雪崩込んで来た。
どの顔も死人の目をしていた。
絵夢はビルの外へ飛び出た。
その拍子に手にしたカンザシが壁にぶつかる。階段横であの大男が壁にもたれて居眠りをしているのが見えた。
「無理無理無理無理無理。絶対に無理!」
小さくつぶやきながら絵夢はもう家に帰ることにした。元締めには怒られるが仕方がない。
絵夢が去ってしばらくすると、猫のMがビルから出て来た。入口に座ると顔についた血を舐めとる。
汗臭い男の肉はあまり美味しくはない。
柔らかくて美味しい女の肉が食いたいなあと猫なりに呟く。
背後でぴしりと音がした。
Mが振り返るとビルの壁にヒビが走り出している。カンザシが刺さった場所を中心にヒビが留まることなく成長している。
ビルは頑丈に設計されていたが、金額を抑えたために施工は手抜きだった。
亀裂の成長は止まらずにビル全体へと広がって行く。自重がそれにトドメを刺す。
崩れ始めたビルからMは慌てて逃げ出した。
どうしていつもこうなるんだとは、Mは敢えて口にはしなかった。
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