第十二話 夜風

 賑やかさを未だ残す店内から外へと歩み出れば、そこはとうに寝静まったラドフォードの街が。そして静けさに包まれたまま、フィーネたちは街の外れへと歩みを進めていった。


「姉さん、まだどこかに行きたい場所でもあるの?」


 何も言わずに歩き続ける姉の数歩後ろから、エリーは呆れたように声を掛けた。すると、フィーネはおもむろに振り返って、口を開く。


「残念ながら今日は良い月が出ていないな」


 そうとだけ言うと、フィーネは再び前を向いて歩き出した。

 姉の気まぐれに振り回されるエリーだったが、一度小さなため息をつくと、その後を追った。




 街を囲む林を抜けて姉妹が辿り着いたのは、静かに水を湛える池だった。

 猫の目よりも細くなった月は水面にその姿を僅かに映し、ささやかな月と星明りだけでも対岸が見て取れるほどに狭い場所だったが、二人があの晩を思い出すには十分であった。


「なあ、覚えてるよな?」


 何を、と口に出して言わずとも、フィーネの言葉が指す意味をエリーは分かっていた。


「ええ、覚えているわ」


 腰掛けるにおあつらえ向きの丸太に二人は腰を下ろすと、夜風の作るさざ波をぼんやりと眺めながら言葉を交わし始めた。


「あの時のお前は、まともに炎すら扱えなかったというのに」

「そうね」

「強くなったな」

「好きでなったわけではないけれど」

「なあ」

「なに?」


 フィーネはは前を向いたまま言葉を止め、エリーも同様に前を向いたままだった。

 時折強く吹く風が木々を揺らし、水面がざわめくように波立つ。


「……ごめんな」


 フィーネが喉奥から絞り出した言葉は、木々のざわめきにかき消されてしまいそうな程に弱々しかった。勝気な彼女が心の奥底に仕舞い込んでいた想いは、どこまでも脆く、後悔に満ちていたのかもしれない。

 けれども、姉の謝罪にエリーは短く息を吐き出すと、おもむろにその身をフィーネの側に寄せてこう言った。


「何を謝っているのか分からないわ、まるで心当たりが無いもの」


 そして、エリーは呆れたように目を細めてフィーネの顔を見遣ると、口元を僅かに緩ませて言葉を続ける。


「姉さんを恨んだ事が無いと言ったら嘘になるわ。姉さんが先生とあんな約束をしなければ、ここまで話は拗れなかっただろうし。でも、もし私があの時の、お母様が亡くなった晩の姉さんの立場なら、きっと同じ事をしていたと思うわ。それに今こんな風に居られるのは姉さんのお陰よ」


 言い終えたエリーは少々恥ずかしそうに視線を外すと、再び眼前に広がる幽美な景色に目を向ける。黒々とした水面は星々の煌めきで飾られたビロードの絨毯のようで、時たま響く水音は耳に心地よく、辺りに響き渡った。


「ありがとう」


 呟くように口にした感謝の言葉は、果たして妹へと届いたのだろうか。フィーネは睫毛を伏せたまま、涼風が運んで来た夏の夜の香りに抱かれていた。




「明日は早いのか?」

「ええ、誰かさんのせいで寝不足が確定よ」


 東の空が白み始めた頃に、二人はようやくレンフィールド宅へと帰り戻った。


「すまなかったな、こんな時間まで付き合わせて」


 静まり返った裏路地にフィーネの声が微かに響くと、エリーは小さなため息と共に肩をすくめる。


「別に構わないわ。それに……」


 すると呆れ顔でそう答えたエリーは、一転、表情を変えると、夜と朝の合間の空を見上げて言葉を続けた。


「私も姉さんとこんな風に話せて良かった。きっと、普通の姉妹というのはこういうものなのかもしれないわね」


 言葉を受けたフィーネは口元を緩ませて、妹の方を見遣った。


「そうだな」


 エリーも姉の視線に気づくと彼女の方を向く。そしてそれ以上、二人は何も言葉を交わさなかったが、互いに目を細めると、小さく頷いた。

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ミーナの冒険 女王の夏休み きょん @kyonnc19

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