17-2 二人のこれから

 

 翌日、セルラト家にクロードとイリエが訪れた。

 午後には王都を出るというクロードを考えて、ティナはお茶くらいのつもりだったのだが、セルラト侯爵がぜひ二人におもてなしをしたいということで、急遽昼食の席が用意された。


 二人がティナの恩人だということは前もって伝えていたが、イリエがガーランド王国の王子であることにセルラト侯爵は大変に驚いていた。


「ガーランド王国は、この国ほど魔術や魔力を重視しないと聞いております」

「セルラト家は魔道具専攻なんだっけ。魔道具はあっちのが優れてるかもねー」

「ぜひ詳しくお聞かせいただきたい!」


 誰の前でも態度が変わらないイリエと、魔道具に前のめりなセルラト侯爵を中心に、ランチは和やかに終わった。 


 昼食後、セルラト家の庭園を三人は歩いていた。


 こうして三人で話せるのは今日が最後かもしれない……。ティナはそう思って食後の散歩に誘ったのだ。


 季節の花が整然と並んでいて、散歩をするくらいの広さはある見事な庭園だ。


「へえ。すごく丁寧に手入れされているんだね。さっすがセルラト家だね」

「母がガーデニングが好きでして、花ばかりで畑はないのですが」

「いやそれはそうでしょ。薬草学を専攻してるわけじゃないんだから」

「少しスペースはもらえるので、クロードさんからいただいた種を育てようと思っています」


 レチア村の最後の日にクロードからもらった種のことだ。


「なんか形見みたいになってない!? クロード死んでないよ?」


 イリエがいつもの調子でふざけてみせると、ティナはほんの少しだけ笑い、クロードはむすりと無言のままだ。

 ティナとクロードは纏う空気は重い。セルラト侯爵がいなくなれば会話はまったく弾まない。

 

「イリエさんはいつ頃、この国を出られるのですか?」


 きまずさを壊すようにティナはイリエに質問した。

 クロードと話さないといけないとわかっていても、話しやすいイリエに逃げてしまう。

 

「んー? 俺はまだ帰らないよ。帰ったらややこしい処理をたくさんするはめになるのがわかってるからね。仕事も終えたんだからのんびりするつもり」

「あら、そうなのですね。もうすぐに帰られるのだと思っておりました」

「ああ、それはクロードが口実で――」

「イリエ」


 イリエを遮るようにクロードが咳払いをする。

 

「僕はそろそろ出る。今日はご馳走になった」

「お忙しいなか、こちらこそありがとうございました」 


 ありきたりな言葉を交わし終えると、沈黙が場を支配する。

 別れの瞬間だと空気から伝わってきて、肌をつきさすようだ。


(何か話さないと……)


 そう思うのに、何を話してよいのかわからない。

 だからといってすぐには別れたくない。


 二人を代わる代わる見てイリエは大きなため息をつく。


「二人はさあ、考えすぎ。もっと気楽に俺みたいに話せばいいんだよ!…………って、突っ込んでよクロード」


 無言のままのクロードにイリエは呆れた目を向ける。


「最後に二人で話したらどう? 俺がいると逆に話せない気がしてきたし。二人とも俺に頼るからさあ」


 イリエはティナを見つめる。


「今回の事件でいろいろと知れてよかったって言ってたけど、それって当事者から話を聞いたからでしょ。ティナちゃんがどう思ってるか、俺もクロードもわからないわけだし。黙っててもどうにもならないよ」


「……イリエさん。ありがとうございます」


「んー、俺はまだこの国でぶらぶらしてるから。さっき、ティナちゃんのパパにも言ったけど。ガーランド王国は魔力をそこまで重視してない。ティナちゃんは優秀だから……もしティナちゃんがこの国を苦しいと思うのなら、ガーランド王国においでよ。案内してあげる」


「そうですね。……今後についてひとつに決めつけなくても、選択肢はありますね」


「そうだよ。ティナちゃんもクロードも賢いくせに視野はまあまあ狭いからね。そこらへん鳥でもある俺の視界は素晴らしいよ」


「ふふ、ありがとうございます」


 イリエの笑みは今までずっとからかいを含んでいたけれど、今ティナに向けた微笑みはすべて優しさだとわかる。


「……イリエさん、いままで本当にありがとうございました」


「だから俺とは別に別れじゃないんだってば。呼んでくれたら明日でもくるよ。……クロード睨まないでよ」 


「睨んでなどいない」


「ははっ。じゃあ女心に疎いクロードさん。わからないなら、ちゃんと聞くんだよ、ティナちゃんの気持ちを」


 イリエがその場で跳ねると身体は大きな黒い鳥に変わる。

 そのままセルラト家の庭から、青い空に飛びたち、すぐに姿は見えなくなった。


「クロードさんは長距離は飛べないのですよね」

「そうだ。今日も馬車で移動する」

「馬車のお時間は大丈夫なのですか」

「……問題ない」


 クロードが何を考えているのかいつもわからない。

 だけど、この返答は……まだ一緒にいてもいいと、ティナと同じく離れがたいと思ってくれているのではないだろうか。

 それはただのティナの願望かもしれないが、クロードはすぐに帰る素振りを見せなかった。


「まだお時間が大丈夫でしたら、あそこに座ってお話しませんか?」


 ティナは庭園の隅にあるベンチを指さした。クロードが頷いたことに安堵しティナはベンチに腰をかけた。クロードの隣に座る。ベンチは思いの外狭く、肩と肩が触れ合った。

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