14-4 ティナ・セルラトの秘密
「一連のことを考えると、結局のところティナは王妃として縛り付けた方がいいと思うんだ。君は責任感もあるから、与えられた役目は全うするだろう?」
アルフォンスは幼子を諭すような声音になる。
「私はティナの魔力をもらっているから、今の魔力量はかなり多い。今後もスチュアートに負けないように、気は進まないけど他からも魔力も受け取るよ。国王として責務も果たす。
ティナの魔力もすぐに戻るよ。もらえばいいだけだから」
アルフォンスは片手でティナを抱きかかえながらも、もう片方の手で砂糖菓子をかざして見せた。優しいラベンダー色の砂糖菓子が禍々しく見える。
「い、嫌です……! 私は誰からも魔力を奪いたくありません」
「これを食べればベレニス嬢の魔力が受け取れるのに?」
「ベレニス様をどうされたのですか!」
「大丈夫だよ。魔力を剥がす痛みはないから。お菓子を食べるだけさ。それともベレニス嬢だと不服だった? それならレジーナ嬢はどうかな? 二人分の魔力なら充分だろう」
「……いい加減にしてください! 誰のものも受け取りません!」
「ティナ。これは数ヵ月の記憶を消し去る薬なんだ」
先ほどティナの唇に押し付けたミントグリーンの菓子を見せる。
「君はすべてのことを忘れる。魔力が減ったことも気づかないでいられる。ティナに忌々しい記憶を植え付けたドラン家の息子のことも忘れることができる」
「……嫌です」
「うーん、困ったな。私はティナの中に他の男の記憶があるのが許せないんだよ。ティナが忘れてくれないと」
「ク、クロードさんに何をなさるつもりですか!」
「ああそうだ、クロード・ドラン。名前を思い出してすっきりした。彼のことが大切なら、ティナはすべてを忘れるしかないね」
「私が薬を飲めば、彼には何もしないのですか? ……いえ、信用できません!」
アルフォンスは声を出して笑った。
「確かにそうだね。彼のことを忘れてしまえば、彼が死んだところで、関係ない一市民の死になる。証明ができないね。どうやって信頼してもらおうか」
ミントグリーンの小さな菓子を再度ティナの唇に押し付けた。なんとかティナは首を降り、淡い緑は地面に落ちる。
「まあ、いい子にしていれば問題ないよ。何も心配しなくていい」
ティナは口をつぐんで、アルフォンスを睨みつけた。
……どうすればいい?
敵は国だ。クロードを助けてもらおうにも、誰に助けを求めればいいのかわからない。クロードまで危険にさらしてしまう。
「ティナ、何を悩む必要があるの? これを口にいれれば、ティナにとっては三ヵ月前の暮らしが戻ってくるだけなのだから。恐ろしいことなんて何もなかったんだよ」
優しげなアルフォンスの声音に、ティナの目から自然と涙がこぼれる。
――忘れたくなんてない。
この恐ろしい事実を忘れて、のうのうと平和に暮らしたくなどない。
ベレニスが傷ついて、ウイルズは死んだ。それ以外にもたくさん魔力を奪われたものたちがいる。
ティナがすべてを忘れてしまっても、その事実は変わらないのだ。
ぼやけた視界の中で、アルフォンスが次の砂糖菓子をティナに運ぼうとしているから、手を思い切り払った。砂糖菓子はまた地面に落ちた。
「何度払っても同じだよ。たくさんお菓子はあると言ったよね」
「……私は、忘れたくないのです!」
「それほどまでにクロード・ドランが好きか?」
「……はい。
でもそれだけではありません! 一度知ったのなら、私はこの国の恐ろしい出来事を知らなかったふりなどしたくありません!」
ティナは必死に叫んだ。
「怖い思いはもちろん嫌です。でも何も知らずに生きていく方が今は恐ろしいです。そんな自分には戻りたくありません!」
言葉を発するたびに涙がこぼれる。本当は怖い。相手は国だ。魔力を簡単に奪い、目的のために人を傷つける。そんなものを敵にして、恐ろしくないわけがない。
知らなかったことにすれば、セルラト家の令嬢として、アルフォンスの妻として、不自由なく生きていける。
だけど、もう目を瞑っていたくない。
「ティナ、どうしたんだい? そんな乱暴な女性ではなかっただろう。従順で可愛い、私のティナ」
「違います。殿下は知りません、私のことを何も!」
ティナは叫ぶと、力いっぱいアルフォンスを押し、走り出した。
ティナの反撃を予想していなかったアルフォンスは一瞬驚いたが、ティナに向かって手を伸ばした。
「あ……っ!」
ティナを囲んでいた生け垣から蔓が伸び、ティナの手足にまとわりつき枷のかわりとなった。
花の蔓はそのまま生け垣にティナをくくりつけた。手足を拘束されてしまえば、それ以上は逃げられない。薔薇の棘が手足に刺さって痛みを感じる。
「ティナ、なんて美しいんだろう。最初からこうしておけばよかったのかもしれないね」
「殿下。このようなことをされても、私の心は貴方に向きません……!」
「別にいいんだよ。ティナが私のことを兄としか見ていないことは以前から知っていたからね」
アルフォンスはティナの白い手首をとった。薔薇の棘が食い込んで、白い肌に血がにじむ。
「だけど夫婦となれば別だ。君は王妃として、妻の仕事を全うする。世継ぎのために私とひとつとなり、私を愛そうと努力をしてくれるだろう。それで私は充分だ」
「でしたら! 最初から……このようなことをなさらなくても、私は……貴方の元から逃げ出したりしませんでした!」
ティナはアルフォンスを家族のように慕い、彼との未来をみていた。冤罪事件など引き起こさなければ、王妃となっていた。国の恐ろしさには気づかずに。
「そうだね。君は私の妻として立派に過ごしてくれたことだろう。
だが、私の欲が出てしまったんだ」
アルフォンスは口元をゆがめた。淋しい瞳が過去を見ている。
「私はティナの心が欲しかった。塔に閉じ込めて、私以外のものを瞳にうつさなくなれば、君の心は手に入る」
「そんなことで心は手に入りません……!」
「入るよ。だってティナはクロード・ドランを愛したのだろう?」
「愛して――?」
「無自覚かもしれないけれど。君のそんな表情は今まで見たことはない。そんな表情を君にさせただけで男は殺したいくらい憎いけど……ひとつ気づきはくれた。
ティナを孤独に、一人きりにしてしまえば、その時助けた者を愛すようになる。それしか頼れるものはないのだから、自然と愛になる」
「違います! クロードさんへの気持ちはそういったものではありません!」
これが愛だとか、恋だとか、そういったものなのかはティナにはよくわからない。恋愛というものはいまだにわからない。
けれど、クロードに対しての感情は、寂しさや孤独を埋めたものではない。
もっと穏やかで優しい、あの家のオレンジの光のような、優しい感情だ。
孤独から逃れるように、愛を乞うて、手を伸ばした感情ではない……!
「どれだけ私を孤独にしたとしても、クロードさんへの感情を、殿下に向けることはありません!」
「うるさい……っ!」
アルフォンスは初めて怒りをあらわにして、ティナの肩を掴んだ。荒々しくミントグリーンの菓子をティナの唇に押し付けて、ティナは唇を尖らせ阻止する。
その仕草に苛立ちで顔を赤くしたアルフォンスは菓子を自身の唇に挟み、ティナに唇を押し付けた。
歯と歯がぶつかって、唇が切れたのだろう。
血の味がした。
ティナは顔を振るが、両手でがっちりと顔をおさえつけられる。力で適わなければ、魔力もない。
ただ唇の中の異物感をこらえると、甘い小さな塊が入ってくる。
それがあの薬だと気づいた、ティナは押し戻そうとするが、舌はアルフォンスの舌にからめとられる。
(助けて……!)
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