14-3 ティナ・セルラトの秘密
クロードが魔力を奪われたのは、五年前。
ティナの魔力が増加したのは、四年前。
魔力測定は一年に一度しか行われない。時期が少しズレていてもおかしくはなかった。
「あ……」
ティナが小さく震えていることにアルフォンスは気づいたようだ。
「ごめんね。不安に思わせてしまって。幼い私はティナを婚約者にしたくて必死だった。悪気はなく、これしか思いつかなかったんだ。許してほしい」
優しい声で語りかけてくるアルフォンスの顔を、ティナは見ることができない。どのような表情をしているのか、確認することすら恐ろしかった。
「まだ幼かったから、というのは言い訳になってしまうが、研究の全容を理解はしていなかった。求められるがままに転移魔術の協力をしてしまった」
それはアルフォンスだけでなく、クロードも同様のはずだ。
彼は純粋に薬の研究をしていた。有害な物質を身体から剥がす。きっと誰かを助けたくて行っていた研究だ。それを魔法局や王家に利用されていた。
クロードは、魔力を奪われたことを恨んでいた。
しかしその魔力を奪う研究に深く関わっていたのが、クロード自身だっただなんて……!
彼を利用し切り捨てたウイルズ、魔法局や王家に怒りがこみあげる。
「研究は大成功だ。五年前から魔力譲渡は絶えず行われるようになった。王家と一部の貴族の間でね。ビヴァリーだって紛い物の魔力さ」
「そんな……」
「私も魔力譲渡については、よく思ってはいないんだ。だってそうだろう? 魔力を奪うだなんて恐ろしいじゃないか。
今までは国のために、身分の低い優秀な者も重要な役職に登用しなくてはならなかった。
だけど、彼らから魔力をすべて奪うことが出来たら……?」
ティナは思わず口を押さえた。不快感が胃から込み上げてきたのだ。
ここ数年で消えた者たちはどれほどいるのだろうか。
彼らは優秀だったはずだ。今までなら、学園に入学し、上位貴族ほどの出世は叶わなくとも、王都で充分な生活ができたはずだ。
それが……ただ、魔力だけを奪われて……そのあとの彼らは……?
「大丈夫かい、ティナ? 君は優しいから本当は聞かせたくなかったんだよ。驚いただろう」
震えるティナをアルフォンスは優しく抱きよせた。ティナは彼から距離を取りたかったが、身は完全に固まってしまっている。
「私も、ティナと同じ考えなんだ。
魔力譲渡が運用されてからも、私はずっと受け取らなかったんだよ。それは本当だから信じて欲しい」
彼の何を信じればよいのだろうか。貼り付けられた笑顔に恐怖しかないというのに。
「でもスチュアートは違った。スチュアートの魔力が増えて……理由はわかるね。
私は別に王の座に興味はない、彼が国王でもよいのだよ。
しかし、こともあろうか愚弟は王妃をティナにすると決めていた。おかしいだろう、スチュアートだって婚約者がいるのに。さらに父もそれに賛成した。
誰が王になろうと、王妃は君だったんだ」
アルフォンスの指がティナの首筋をなぞる。
「私の過ちは、君に魔力を多く送りすぎたこと。
ティナが魔力を受け取ったことは誰も知らない、私だけの秘密だったからね。
魔力譲渡を行っていないにも関わらず、魔力が膨大なティナに、次の王太子を産んでほしかったんだ。おぞましいだろう?」
ティナのことを、国王は次の王子を産む道具としか思っていなかった。
またひとつ傷ついたティナは言葉を発せなくなっていた。
「私は疲れてしまったんだよ、繰り返される魔力譲渡に。
君に魔力がある限り、私は誰かから魔力を受け取り続けないといけないかもしれない。スチュアートは野心家だからね」
「……だから、私から魔力を奪った、ということですか」
「そうだよ。薬を飲ませれば、魔力は剥がれる。そして対となった薬を飲めば、魔力を受け取ることができる」
「し……しかし! 私の魔力がなくなってしまえば、アルフォンス様との婚約も解消されるはずです。現に今も婚約者として認められていません」
「そうだよ。さらに最悪なのは、私との婚約が解消されれば、セルラト家のご令嬢である君はどこかの男に嫁がないといけなくなる。だから君の翼をもぎとるしかなかったんだよ」
翼をもぎとる――。
「ティナを高い塔に閉じ込めようと思ったんだけどね。うまくいかなかった」
アルファンスの言葉が、どこか遠いところから聞こえてくるかのようだ。
文字をそのまま受け取ることはできるが、意味はわからないまま。
「まさか……夜会での出来事は……」
それでも確かめずにはいられない。ティナの唇が不安げに疑問を紡ぐ。
「ティナが罪人として幽閉されれば、君はもう誰の物にもならないだろう」
「…………」
信頼していたアルフォンスが……、自分を不自由にするために、閉じ込めておくために、罪人にした…………!?
今度こそティナは身体の力が抜けてしまった。
地面にへたりこむかと思ったが、アルフォンスにきつく抱きしめられていた。
「ドラン家の館は面白いんだ。魔力を奪う牢屋があるんだが、そことドラン侯爵の私室は繋がっているんだよ。
ティナが入る予定だった牢も私の部屋と繋がるようにしていたんだ。安心して、不自由な思いをさせない造りにはしている」
アルフォンスはティナの首にある種をそっと撫でる。
「君の美しい首に副作用が出るのは嫌だったけどね。なぜか魔力を奪うときにいつもこの石のようなものが出てしまうんだ」
種を埋めたのは、アルフォンスだった。
「そうそう。私は最近もう一つ副作用があることに気づいたんだ。この石のようなものが魔力を吸い取っている最中に、外から魔法をかけると魔力同士の暴発が起きるんだよ。鋭くて範囲の狭い攻撃魔法が身体から出てしまう形になるんだ。
だから、これを利用してみたんだ。君の魔力は膨大だったから吸いきるまでに時間もかかる。猶予はたっぷりあった」
「そ……そんな理由で私を罪人にして魔力を奪い、ベレニス様を傷つけたのですか……!?」
「でも死ななかったから良かったよ。私もさすがに殺すことはしたくなかったしね」
「…………」
「それにベレニス嬢は、君と私の婚姻を望んでいなかった。ティナの魔力が減少しているのに婚約者でいるのはおかしい、と何度もしつこくてね。ティナに一言いうと息まいていたから、バルコニーで休んでいることを教えてあげただけだよ。彼女は回復魔術をかけるふりをして、ティナに何かするつもりだったかもしれない。本当に恐ろしい女性だよ」
アルフォンスは強くティナを抱きしめながら熱に浮かされるように呟いた。
「計画通りに進み、あとはティナを私たちの部屋に連れて行くだけだったんだ。
それがまさか、いなくなるなんて夢にも思わなかったよ。たしかに数例、転移してしまうことはあったんだ。魔力譲渡薬は転移魔術をかけあわせているわけだから、魔力を奪った者の場所まで移動することはあった。けれどすべて魔法局の研究室内だけで……」
饒舌に語っていたアルフォンスの言葉が途切れる。
にこやかに微笑んでいた顔つきも変わる。
「……まさか。
ティナは転移先で、調合薬の手伝いをしていたと言ったね。
君はドランの息子のもとに転送されたのかな?」
アルフォンスの鋭い視線が突き刺さった。
クロードの魔力は、ティナに移動していた。
種が暴発したときの影響で、クロードのもとに転移していたというのか……!
思い当たりながらも黙ったままでいるティナをアルフォンスは至近距離でじっと見つめた。
「なるほど。ティナはドラン家の男にほだされたんだね」
「ち、ちがいます……!」
「そういえばドラン家に配置させた衛兵に、息子らしき者が戻ってくると報告を受けたな」
ティナの背中を冷たい汗が流れる。今の話を聞けば、アルフォンスがクロードに何をするかわからなかった。
しかしアルフォンスはほぼ確信しているようで、不用意な発言はできない。
「他の男がティナに影響を与えているのは腹立たしいけど――まあいいよ。どうせその男のことは全て忘れるから」
アルフォンスはもういちど砂糖菓子を取り出した。
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