14-2 ティナ・セルラトの秘密
アルフォンスはティナに一歩近づくと首筋にふれた。ティナが種を隠すためにつけていた首元のスカーフを剥ぎ取り、種を撫でる。
「君の魔力は私に移動している。この魔力は返せない。だけど以前の君と同等の魔力を与えることなら出来るんだ」
「……ど、ういう意味でしょうか」
「大丈夫だよ、何も心配することはないから」
「いや……です!」
ティナはアルフォンスの手を振り払い、胸を押し返した。
「傷ついたな。今までのティナは私のいうことを疑わなかったのに。どこかの誰かにそそのかされたのかな」
「アルフォンス様。私の魔力があなたに、とおっしゃったのはどういうことなのでしょうか」
「ティナは知らなくてもよいことだよ」
「私は知りたいのです」
ティナは知らない、ということを知らなかった。
与えられた生活をそのまま受け取っていた。
民の生活も知らなかった。
王都の憧れて地方から出てきた者を、学園や魔法局が切り捨てていることを知らなかった。そして華やかさの裏に魔力が不正に奪われているかもしれない出来事も知らなかった。
アルフォンスは困ったように息を吐いてから笑う。そして再度砂糖菓子を取り出した。
「いいよ、教えてあげる。どうせすべて忘れてもらうしね」
ミントグリーンの菓子だ。アルファンスにそれを唇に押し付けられたティナは顔を振り、菓子は地面に転がっていく。
「落としちゃったね。いくらでもあるから大丈夫だけど」
アルフォンスはもう一度ティナの手首を強く握る。
「ティナ、知りたいんだろう。教えてあげるよ。
―—君はこの国が馬鹿馬鹿しいと思わないか?」
ティナはアルフォンスに向き直った。彼にもう攻撃の意志は見当たらない。
「なぜこの国が魔力を重要視するかは知っているね?」
「……はい。大国である隣国に攻め入られないように魔術で対抗できるようするためかです」
「そうだ。魔術を組み立てるには魔力量も重要だ。だから魔力の多いものは重宝される。であれば、純粋に魔力を多く持つものが国の中心になるべきではないか?」
「その通りです。実際魔力を持つものは、魔法局で活躍していらっしゃいます」
「そうだろうか? 魔力量や魔術の才能がある者を求めるくせに、昔から続いている身分制度にも固執する。もちろん一部の優秀な者は登用しているよ、君の友人のレジーナ嬢のようにね。しかしほんの一部であるし、マリオット子爵家の娘であれば、王妃にはなれないだろう?」
アルフォンスの言いたいことがわかり、ティナはうつむいた。
クロードは魔力を奪われるまでは重宝されていた。しかし魔力を失ったとたん、追放された。
レジーナは誰よりも優秀だけれど、王妃になることはできないのだろう。候補者に入れられることはあっても、王妃にはなれない。学園の首席だとしても。
ティナは侯爵家の令嬢だ。魔力が失っても今までの地位を剥奪されることもない。魔力が戻れば、王妃にも選ばれる。
魔力を重視するといっても、身分制度からは離れられない。
ティナの表情の変化にアルフォンスは満足気に微笑んだ。
「そしてそれは貴族にとっても呪いになる。その国のトップである王は、魔力が多大でなくては国を率いることができない。
——しかしアズモンド家は代々魔力が減ってきているんだ」
王家の魔力量は公開されていない。
「しかし! 殿下の魔術は非の打ち所がない――」
「人並み程度の魔力さ。王妃の選定に魔力を重視する意味もわかるだろう?」
魔力は遺伝する。
アズモンド家の魔力を強めたい意図があったのか。
「アズモンド家はそれが露呈することを恐れていた。
だから、秘密裏に魔力譲渡について研究をはじめたのだよ」
「王家が魔力譲渡を……」
「ばかげているだろう?」
アルフォンスは呆れたような薄い笑みを浮かべた。
「人から魔力を奪う方法は以前から研究されていたんだ。しかし、うまくいってはいなかった。それが六年前に、とある研究者があらわれたことによって変わった。優秀な薬草学の者でね」
「……それはドラン家の方でしょうか……?」
「なんだ、ティナも知っていた? そう、ドラン家の者だった。彼は有害な物質を剥がす薬を発明していたんだよ。研究にドラン侯爵——当時は男爵だったか。も関わっていてね、彼は魔力譲渡術に息子の発明が使えると思ったらしい」
「彼は……魔力譲渡の研究だと知らなかったのですか」
「どうだろう。でもきっと知らなかっただろうね。彼はその後実験体になったから」
ティナの身体に熱いものが駆け巡った。全身の熱がふつふつと燃える。
「そこに私も研究者として加わった。君と初めて会った頃くらいかな。転移魔術に関しては幼い頃から得意だったんだ。そうして魔力を剥がして、移動させる。シンプルで高度な魔術が完成したんだ」
アルフォンスがラベンダー色の砂糖菓子を取り出して見せた。
「もうこれのことは忘れてしまったかな?」
「……もしかして、私は……」
「そうだよ。ティナを私の婚約者にするためには、君は誰よりも魔力が多くないといけなかったんだ」
「…………」
ティナの熱くなった身体が一瞬で冷えた気がした。
人から魔力なんて奪いたくない。
ベレニス事件でそう感じ、自分の魔力を奪った人間を心のどこかで憎んでいた。魔力を奪うなど、おぞましい行為だと思っていたから。
五年前に、周りから魔力を奪ったと言葉を投げつけられ、それを否定していた。
……けれど結局。誰かから、魔力を奪っていたのか。
「安心して。そのときには研究も進んでいたし、君の身体に有害なことはないよ」
青くなったティナを励ますようにアルフォンスは言った。
「もともとは私が受け取る予定だった魔力なんだ。その人間の魔力は膨大だった。彼からすべての魔力を受け取ることは出来なかったけれど、ティナの魔力の増加は素晴らしかった」
……まさか。
嫌な予感がティナの皮膚を撫でていく。
「……アルフォンス様。まさかその方は、ドラン家の実験体となった方なのですか」
「ああ、よくわかったね」
目の前が真っ白になり、足が震える。
(……クロードさんの苦しみを作っていたのは、私だったのか……!)
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