14-1 ティナ・セルラトの秘密
王城と学園を結ぶ広大な庭園を、ティナはアルフォンスと歩いていた。
「こうして一緒に歩くのはなんだか久しぶりな気がするね」
西日に照らされてアルフォンスの髪の毛に赤みがさす。
「本当にそうですね」
アルフォンスと庭園を歩くのは数年ぶりだった。
ここ数年は、王太子とその婚約者として、誰に見られても恥ずかしくないように振る舞っていた。
普通の学生同士のようにこうして歩くのは久しぶりだ。
夕方が始まるこの時間はほとんど学生はおらず、二人はゆったりと花の中を進んでいく。
午後からティナは父と共に、王城を訪れた。
国王とアルフォンスと面会し、今回の騒動について謝罪をした。
国王もアルフォンスもティナの心身を気遣ってくれ、学園や魔法局についてはすぐに辞めなくてもよい。まずはゆっくりと静養するようにと声をかけてもらった。
既に婚約は解消されているので、婚約については何も触れられなかった。
それでも最後に今までの感謝を直接伝えられたことにティナはほっとしていた。
簡単な面会を終えて、両親と共に帰ろうとしたティナにアルフォンスが声をかけた。
「セルラト侯爵。最後にティナ様と二人でお話をさせてもらえないでしょうか」
「ティナ、いっておいで。もう殿下と二人でお話できる機会はないかもしれない」
正式にアルフォンスの婚約者が決まれば、今までのように二人で話すことは許されなくなるだろう。
「久しぶりに庭園を歩かないか?」
アルフォンスは少年の頃のように微笑んだ。
・・
そうして今、二人は庭園を歩いている。
「ここを歩いていると、幼い頃ををよく思い出すんだ」
「私もです。殿下とはよく隠れんぼをしていましたね」
このローズガーデンの、アーチや高い生け垣は姿を隠すのにちょうどよかったのだ。
「ふふ。それは昔すぎないかな。ああ、そうだ」
アルフォンスは小さなケースを取り出した。手のひらサイズのもので、中には淡い色が見える。
「良かったら、どうかな」
アルフォンスが手のひらに乗せているのは、ラベンダーの砂糖菓子。
「……懐かしいですね」
「覚えていてくれたんだ?」
「ええ。実は先日その頃の夢を見たのです」
「私の夢を見てくれていたんだ」
柔らかな時期の思い出だ。まだアルフォンスの婚約者にも決まっておらず、誰かから注目を浴びなくてもよかったあの頃。
「久しぶりに食べないか?」
「ここで、ですか? ふふ。私はもう子供ではありませんよ」
「はは、それもそうか。なんだか子供の頃に戻った気持ちになってしまった」
アルフォンスは笑うと、足を止めてティナに向き合った。
「ティナ。やはり私の婚約者は君しかいないと思うんだ」
「……ありがとうございます、殿下。お心遣い感謝いたします。しかし私には王妃はつとまりません」
「魔力のことを気にしているなら、大丈夫だ。今魔法局では魔力を増加させる研究も行っているんだ。きっと時間が経てば君の魔力も戻る。もう一度、魔法局に調べさせよう」
アルフォンスがティナのことを大切にしてくれているのは、ティナにもわかる。
魔力を失っても、婚約を解消しなかった。ティナの失踪中もティナを信じてくれ、セルラト家の立場が悪くならないよう尽力してくれた。
ティナもアルフォンスのことは兄のように思っている。
しかし……。ティナは王都以外の世界を知った。
「実は私はこのひと月半。王都から遠く離れた場所にいたのです」
「そこに逃げていたのか?」
「気づけばそこにおりました。どうやら転移してしまっていたようなのです。王都から遠く離れた村に移動していて、親切な方にお世話になっていたのです」
「遠く離れた村……?」
「はい。親切な方と生活をして、魔力がない私にも出来ることがあると知りました。どれもすごく小さなことなのですよ。自分で着替えるだとか、料理を作ってみるだとか、本当に小さなことなのです。魔力はなくなってしまいましたが、どれも本当に楽しいことでした」
ティナはクロードとの日々を思い出しながら、顔をほころばせた。
優しいオレンジ色の光に包まれたあの家が、瞼の裏に浮かぶ。
「私は生まれたときからセルラト家の娘として、学園に入学して魔法局に所属する。その未来に向かって必死に走ってきました。その日々ももちろん充実していましたが、私には不相応でした。私は自分のことに必死で、民のことまで考える余裕がなかったことに気づきました。
――私に王妃としての器はありません」
アルフォンスは無言のまま、ティナをじっと見つめている。
「殿下が私のことを気遣ってくださるお気持ちだけで十分です。ありがとうございます。このまま魔力が戻らなくても、自分の出来ることをやっていきます」
自分の存在が、彼の足枷になってはならない。
アルフォンスの婚約者として、私は釣り合わない。
その気持ちからティナは正直に自分の想いを話した。
王都に戻ってきたティナは、セルラト家の令嬢に戻った。
身の回りの世話は侍女がはりきっているし、料理を作らせてもらえるわけがない。
何もしなくても、色々なものが用意される生活は確かに便利だ。
しかしティナが求めているものは何一つ、王都にはなかった。
「このまま魔法局に戻れずとも、調合薬を作るお手伝いをして暮らすのもよいと思っております」
「なるほど。ティナは別に魔力が戻らなくてもいいのか」
アルフォンスの瞳がすっと細くなる。
「もちろん戻れば嬉しいです……! 魔法局で魔術を組むことは大好きです。調合薬を作るにも魔力がないと完成しませんから」
「……調合薬はその村の人間と作っていたのか?」
「ええ」
柔らかく微笑むティナの腕をアルフォンスが掴んだ。込められた力は強く、痛いくらいだ。
ティナは痛みに顔をしかめながら、アルフォンスを見上げる。
「やはりティナは私から離れて行こうとするんだ」
「殿下……?」
「翼をもぎとったのに、それでも君は自由だ。どうしてなんだ」
「……?」
「私の手を抜けて飛び立ってしまう。私が王に収まったとしても結局そうなるのだ……! 私に王の器はないというのに」
「殿下……? 殿下は王になるべき方です! 公正で、慈悲深く、民のために――」
「君から魔力を奪ったのが僕でも?」
ティナを見つめる青い瞳は、海のように深く、底知れない感情が浮かんでいる。
「私こそ王に不相応なのだよ。君と一緒にいられるなら王の座など捨てて、どこかに逃げてもいいと思ったんだが……。
君は翼がなくとも逃げようとするんだね。それならやはり立場で縛り付けて、王妃にさせるしかない」
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