13-4 アイビー・ドランの秘密


「なんのために……」


 アイビーは怒りが混じった困惑の表情を浮かべていた。悪人の父だとしても、罪のないことで陥れられ殺されてしまうのは納得できないのだろう。


「あの研究室に最後に囚われていたのは、アイビーが魔力を奪うことになった男か?」

「はい。それは間違いありません。私はあれ以降、研究室を気にしていました。お父様の様子を見れば、私の魔力をさらに増やしたいのは明らかでしたから、また誰かが犠牲になってしまうかと思ったのです。常に見張ることができたわけではありませんでしたが、毎日小屋を覗いておりました。使用人にもお父様に食事を頼まれたら、報告するように言っておりました。それに殿下との面会後――婚約者候補としての顔合わせです。面会後から、父と私に衛兵の見張りがついているようでした」


 イリエも同じことを言っていた。ドラン親子には常に見張りがつくようになったと。


「ですから、父も誰かを監禁するなどできなかったはずです」


 王家はウイルズの魔力譲渡について知っていたが、衛兵にまでその事実を伝えるわけにはいかない。

 ウイルズが不自然な行動をすればきっと目についたはずだ。


「しかし監禁されていたのがティナ・セルラトと結論づけるのは乱暴すぎないか?

 ティナ・セルラトの行方がわからなくなった時期にドラン家に人が監禁されていた。その小屋に女性のアクセサリーが落ちていた。それだけで決めつけるのは。アクセサリーがあるからといって彼女のものだと限らないだろう。アイビーのものでもなかったのか?」


「ええ。しかし、ティナ様のもので間違いないと思いますよ。ネックレスをご覧になった殿下が、過去に殿下がティナ様に贈られたもので、行方がわからなくなった当日につけていたもので、間違いないと仰っていましたから」


「なに?」


 クロードは表情を硬くした。

 

「犯人は夜会の日に彼女が落としたものを偶然拾ったか、騒動のさなかで奪ったのでしょうか?」

「いや、それは無理だ」


 ――ティナは青の宝石のネックレスをなくしていない。夜会で落としてもいない。


 では、なぜティナのネックレスが研究室にあった?

 ……いや、用意できた?


 クロードはティナの首にある種を思い出した。


「待てよ……」


 首に種が見つかった者。

 ウイルズ、クロード、そしてティナ。


「アイビー、ウイルズの亡くなった部屋に入れるか」

「本当は禁止されていますが、少し覗くくらいなら大丈夫だと思います。荒さないように言われているだけですので」


 アイビーはクロードが亡くなった私室に案内した。

 五年前よりも華美な装飾品が目立つ部屋だ。


「お兄様。あの大きな鏡が先ほど話していた扉です。あの鏡が扉のようになっていて奧に小さな通路があります。通路は研究室に繋がっています」


 この鏡も五年前はなかったものだ。

 

「この通路を通ってウイルズは研究室に捕らえた人間と接触していたのだな」


 金色に縁どられた大きな鏡は部屋の真ん中にある。ソファの真ん前に鏡があり、この位置どりだと落ち着かないのではないかと思う。

 しかしこれが扉では、彼は背を向けるわけにもいかなかったのかもしれない。

 鍵はかかっていても心から安心はできなかったのだろう。獲物が脱走して、自分に襲い掛かってきてもすぐに対応することができるようにしたかったのだろう。


 ……鏡? まさか。


「アイビー、ウイルズは首元から胸元を魔法攻撃を受けて死んだのだったな」

「ええ、そうです。お父様は胸元をおさえていらっしゃいました」

「自分で魔法をつかったんだな」

「ええ、そう言われています」


 クロードは五年前のあの日を思い出した。

 首元に種を発見し、種を抉り取ろうとした。小さな攻撃魔法で。

 想像以上に血を吹いたと思っていた。


 ベレニスはティナに回復魔術をかけようとした。

 強い光に包まれて、気づけばベレニスは首元から血を流し倒れていた。

 

 ウイルズも自分に魔法をかけたのではないか?

 どんな魔法をかけようと思ったのかわからない。面会した者が何か指示をした可能性もある。


「種がある者に、魔法をかけると……魔法をかけたものに攻撃が……?」


 クロードは――種を抉ろうと手元が狂わないようにガラス棚を見ながら攻撃を放った。

 ベレニスは、自分の前にいるティナに。

 

 そして……クロードは金色の縁の大きな鏡を睨みつけた。


「いや、種がある者に魔法をかけると、暴発するのか」


 魔力が反発しあって小さな爆発が起こる。それは目の前にいるものを傷つける。


「ベレニス事件は事故だったのか……そしてウイルズは種を利用して、殺された」


 以前から種をウイルズに仕込んでおき、研究室で秘密裏に面会し、遺書を忍ばせる。そのあとは自分に何かしらの魔法をかけるように指示をすれば……。

 

「お兄様、どういう意味でしょうか?」


 話についていけないアイビーが尋ねるが、クロードは考えこんだまま動かない。


「いや、ベレニス事件も事故だったのか? ベレニスは善意でティナに近づいた……本当に?」 


 ベレニスが怪我をしたのは事故。

 しかしその事故が仕組まれていたものだとすれば……?


 ベレニスを動かすことができたのは誰だ?

 ベレニスは、ティナに魔力を奪われると思いこんでいた。

 誰かに相談されていたのだとしたら?


 すべてが計画なのだとすれば。

 犯人はティナがあの夜会に来ることを知った。

 それとも……。

 

 クロードの脳裏に青いネックレスがきらめく。


 研究室に落ちていたネックレス。

 それを用意できるのは、ネックレスを拾ったものか奪った者しかありえない。しかしティナはネックレスを落としてなどいない。


 もしくは――。

 

「アイビー、すまない。夕食はまた後日にさせてくれ」

「えっ」

「僕はすぐにいかないといけないところがある」


 クロードは立ち上がると、館の出口に向かって走った。


「お兄様?」

 

 アイビーの戸惑いの声が聞こえる。 

 走るなど、久しぶりのことですぐに息が切れた。

 

 ――しかし、このままではティナが危ない。


 館から庭に出るとクロードは空に向かって叫ぶ。


「僕をすぐに転移させろ!」

 

 黒い鳥がばさばさと降りてきて、クロードの左肩にとまった。


「どうしたの~? めっちゃ焦ってるね? どこに転移させたらいいの?」

「王城へ。それくらいの距離なら、クロードはすぐ転移出来るだろう」

「出来るけど。城の中までは転移できないよ」

「近くでいい!」

「何かあった?」

「いいから早く……!」


 焦ったように怒鳴るクロードに、黒い鳥は嘴を傾ける。


「お兄様、どうされたのですか!?」


 アイビーが館の中から飛び出してきたが、クロードはそちらに目を向けることなく怒鳴った。

 

「イリエ! 早く!」

「はいはい」


 アイビーの目の前で、一匹とクロードは消えた。


 ・・


 王城の近くに降り立つと、クロードは城に向かって走り出す。


「飛べないのは不便だよねえ、クロードなら飛べそうだけど」


 クロードの隣を並走して飛ぶイリエは呑気な声をあげる。反応しないまま息を切らしてクロードは走り続ける。


「ねえ本当に何があったの? クロードがそんなに焦るところを初めて見たんだけど」 

「……彼女が、あぶない……っ!」

「ティナちゃん? 今日は父親と王城へ面会に行ってるんじゃないの?」


 クロードが立ち止まり、黒い鳥を睨む。


「だから危ないんだ……! イリエ、この国では王家主導で魔力搾取が慢性的に行われている……!」

「説明して――る暇はなさそうだね。ま、つまりこの国は、価値のない国ってことだ?」


 クロードは息を切らしながらしっかりと頷く。それを見た黒い鳥は別の方角へ飛んでいく。

 

 クロードはただティナの元へ走った。

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