13-3 アイビー・ドランの秘密
「五年前、お兄様の魔力を受け取ったのは……王家ではないでしょうか」
アイビーのエメラルドの瞳が、クロードを見つめる。
「そう……だな。多大な魔力を与えるのなら、ドラン家にとってライバルにならない相手。絶対的にドラン家よりも上の家しかありえないだろう。……それに王家は他の貴族と違って魔力測定を義務づけられていない」
スチュアートの魔力が上がっていた、とイリエが言っていたことを思い出す。
しかし彼の魔力が上がったのは最近のことで、五年前ではないだろう。
そうなると最近……ティナの魔力を奪ったのは……スチュアートかもしれない。
「この家をとりまく恐ろしい企みはわかった」
ウイルズ・ドランは王家や上位貴族と共に、下位貴族から魔力を奪っていた。
ウイルズに課された役割は、魔力を奪うものの選定と、それから実行役というところだろうか。
王都に出稼ぎにきた地方貴族。そのなかで学園や魔法局に所属することが叶わず、田舎にも戻れないような者の受け皿となる。もしくは、クロードのように魔力はあるが身寄りのない人間を連れてきていたのだろう。
ドランの薬屋やウェイト家など貴族の家に召し抱えてもらえるなら、希望するものはいくらでもいる。
レジーナが把握しているよりもずっと多く消えている人間がいるはずだ。
ドラン家の地位があがった時期から考えて、クロードがいなくなってからの五年間、定期的に行われていたのだろう。クロードは初期の実験台だったかもしれなかった。
五年の間、種についての情報を拾えなかったのは王家が関与していたからだ。
「しかし、なぜウイルズは死んだのだろう。僕は自殺とは思えない。エイリー家の夜会を苦にして、というのも繋がらないな」
「はい。お父様は悪人だったのでしょう。魔力を奪うだけでも恐ろしいのに、お父様を信じてくれていた方を裏切っていただなんて。ですが、夜会の件はお父様は関係ないと思っています」
「僕も同感だ。アイビーはなぜそう思った?」
「すみません、ただの主観です。私が婚約者に内定したときの驚きと喜びようは演技だとは思えませんでした。ただそれだけのことです」
証拠にもならない、ただの身内の意見だ。
だが、ウイルズとベレニス事件はどうにも繋がらない。
「エイリー家の夜会にウイルズがいたというのは本当か?」
「わかりません。お父様は会食で夜でかけることもありましたから。正式なお誘いでなければ私もわかりません」
「なるほど」
「お父様は私を婚約者にするためにティナ様を冤罪にしたと報じられていましたが。そんなことをせずとも、ティナ様の魔力を私にうつせばよいだけではありませんか?」
「それはそうだが、その場合ウイルズが犯人だとすぐに疑われる。ウイルズが魔力譲渡に関わっていることを知っている者がいるのだから」
「それはそうですね」
それでも納得しきれない表情をアイビーは浮かべる。
「僕も夜会の犯人はウイルズではないと思っている。そもそもウイルズは中庭から攻撃したと言われているが、ベレニスの傷は正面からだと思う」
「でしたら――」
「ウイルズが犯人ではない証拠はない。しかし犯人である決定的な証拠もないのに、犯人だと決めつけられている」
「つまりお父様は誰かに陥れられたのでしょうか」
アイビーは続きを紡ぐのをためらい、唇は震えている。
ウイルズを陥れたい者がいるならば、それは上位貴族か……王家なのだから。
「魔力譲渡絡みでウイルズが邪魔になったとしても、ただウイルズを消せばいいだけだ。人を雇い襲わせればずっと簡単に終わる。わざわざベレニス・エイリーを攻撃し、ティナ・セルラトを最初の容疑者にしなくとも」
なぜベレニス事件が起きたのか。
なぜウイルズを陥れる必要があったのか。
「僕は夜会の事件は真犯人がいると考える。その真犯人によって、ウイルズは罪を着せられ、自殺に見せかけて殺されたのではないか。それがなんの目的かはまだわからないが」
真犯人は、きっと上位貴族――もしくは王家に違いない。
そして魔力譲渡に大きく関わっている。
「今の時点ではわからないな。他の観点から考えていこう。ウイルズが死んだときの話を聞かせてほしい。何か現場で気になることはあったか?」
「部屋は荒らされた形跡もなく、遺書も見つかったことから、自殺だと言われていました。しかし遺書の筆跡が少しお父様と異なる気もするのです。なんとなくなのですが……似せたような気がしました」
遺書はウイルズの衣類のポケットから見つかった。朝に着替えていることから、ウイルズしかポケットに入れられなかった、と判断された。
「ウイルズは魔法攻撃で死んだ。これは間違いないか? 何か不思議な点はなかったか?」
「はい。身体に争ったような形跡もなかったそうです。それも含めて自殺だと判断されたのです。
……ああ、そういえば。一つ不思議なことがありました。お父様の首……右耳の下あたりだったかしら。石のようなものがあったのです」
「なんだって……!?」
クロードが声を張り上げた。アイビーが驚いたようにクロードを見つめる。
「すまない。それはどういったものだ? 色や形状や硬さなどは」
「……ええと、黒っぽいもので、ごつごつしたものです。手のひらに収まる大きさでそんなに大きくはなく、丸っぽくて石のような――」
「種だ」
「種……?」
なぜウイルズに種が?
クロードは戸惑いを隠せず、動揺していた。アイビーがその様子を見て「大丈夫ですか?」と気遣うほどであった。
「大丈夫だ。部屋は確かに密室だったのか?」
「ええ。私は鏡の扉の通路を通って、研究室から逃げたのではないかと思ったのですが、研究室にも鍵がかかっていたそうです」
「ふむ。その日、来客もなかったのだな」
「と、使用人は言っています。しかしそれはあくまで館の方の話です。研究室の方からこっそり入れば、使用人にとって来客はなかったことになります」
クロードは、マリオット領での出来事を思い出した。
マリオット家を見張っていた衛兵はレジーナが館から一歩も出ていないと思っているが、実際には館の裏道からこっそりと村人の家までやってきた。
「ですから私はお父様に恨みを持った下位貴族に殺されたのでは?とも思ったのです。魔力を奪われた方のお知り合いに。研究室から入り込み……」
「そんな人間ならウイルズはすぐに警戒しただろう。もしアイビーの言う通り、誰かと会っていたとするのなら……それは上位貴族か王家だろうな」
「はい」
「それなら研究室にティナ・セルラトのネックレスを落とし、遺書をポケットにいれることもできる。問題はどうやってウイルズを殺すことができたか、だな。密室というのはかわりない」
ウイルズとこっそり会い殺すことは出来る。
しかし、そこからどうやって逃げ出す、かだ。
貴族が住まう王都の住宅は防犯防止のために、転移魔術が発動できないようになっている。
「それでは結局犯人はわかりませんね」
「そうだな。だが、犯人の目的の一つはわかる。
犯人は研究室にあえてティナ・セルラトのネックレスを落とした。ウイルズがティナ・セルラトを監禁していたと思わせるために。
つまり、ウイルズ・ドランをベレニス事件の犯人だったと思わせる必要があった」
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