13-2 アイビー・ ドランの秘密
「そして……私は監禁されていたのが、ティナ様ではないと断言できます」
アイビーははっきりとそう言った。
「なぜわかる」
「監禁されていた方を知っているからです」
「なに?」
「……私はその方から魔力を奪いました」
アイビーは言葉と同時に涙をこぼした。
「ひと月半ほど前……あの夜会の事件が起きてから七日ほど経った頃でしょうか。この家にお父様の会社の方がいらしたのです」
アイビーはひと月前のことを語り始めた。
**
お父様は時折夕食に人を招くことがありました。
貴族ではなく、お父様の薬屋の社員や目をかけている学園生などです。
お父様のよいところは、身分に関係なく、様々な方を登用するところです。
実際お兄様の例もありますし、社員以外でもお兄様の研究室を貸出していたこともあります。
そこで見込んだ有能な者を貴族に紹介していたことも聞いています。
身分関係なく夕食に招待し、その席で彼らが皆お父様に救われたと語るのを誇らしく思っていました。
お父様のそういった面を疑うことなく、心から尊敬していました。
ですが、それにはおぞましい裏があることを知ってしまったのです。
その日、ドラン家に招かれたのは、私と同年代の男性でした。数ヶ月前から薬屋で働き始めたそうです。
食事を終えた後、お父様に急用が入ったそうで離席されました。
彼は今までのゲストと同じように「ウイルズ様に私は救ってもらったのだ」と仰り、お父様について教えてくださいました。
彼は地方から出てきた方なのですが、学園に入学することが叶わなかったそうなのです。彼いわく入学テストで、魔力は合格できたが、筆記や実技で不合格となった、と。生活魔法は使えるけど、専門的な魔術はうまく使えなかったそうです。
彼は貧しい地方の出身で、高い魔力を家族に見込まれ、学園に入学し魔法局に勤めようと考えていたそうです。学園も魔法局も、能力がある者は、貴族なら誰でも受け入れていますから。
しかし、せっかく王都まで出てきた彼は入学することはできなかった。
地方に戻っても職もない。そんな彼は、噂を聞いてドランの薬屋の門をたたき、そのままドラン家で働くことになったそうです。
噂というのは、地方貴族のなかで出回っているもので、職に困ったらドラン家に相談しろ、というものでした。
学園に入ることが叶わなくても、有能なものはドラン家で雇ってもらえる。そこで、上位貴族を紹介してもらうことができ、その家で雇ってもらうこともできると。
普通は地方の下位貴族や平民は、上位貴族には近づけませんからね。
元男爵であり身分を気にしないドラン家に実績を作ってもらうことで、職業を斡旋してもらえると評判だったそうです。
私はその話を聞いて、お父様のことがますます誇らしくなりました。
私はもっとお父様のお話が聞きたくて、食後のお茶もご一緒させていただきました。食堂からこの部屋、応接間にうつりお茶を飲んでいました。
「ウイルズ様は、本当によくしてくださいます。ドランの薬屋をとっかかりにして、好きな場所に勤めてもよいと、他の家での職も紹介してくださるんですよ」
「まあ、そうだったのですか。どこにでも紹介できるなど、貴方は優秀な方でいらっしゃるのね」
「私は他の家に行く気はありません。私がお仕えしたいのは、ウイルズ様ですから。ウイルズ様の役に立ちたいのです」
彼はそう言うと手を伸ばし、私の手を握りました。湿った手でした。
「私の夢はドラン家の一員になることなんだ」
彼は熱っぽい表情で私を見ると立ち上がり、私の隣に座りました。
「アイビー様、貴女からもウイルズ様にかけあってもらえないだろうか」
そう言って彼は私を抱きしめ、私は恐ろしくて固まっていました。すると、
「少し酔いすぎではないか?」
「ウ、ウイルズ様……」
にこやかな笑みを浮かべたお父様が部屋にいらして、私はほっとしました。
彼は慌てたように私から距離を取りましたが、私に向ける下衆た微笑みは変わらないままでした。
「どうだ。今から私は晩酌をするんだが、もう少し付き合ってくれないか」
「もちろんです」
「いいワインが手に入ったんだ」
お父様は私に微笑んで見せました。今のうちに自分の部屋に戻りなさいと言うことでしょう。
お父様がこうして貴族を招くときは、このように嫌な思いをすることもありました。いつもは警戒していましたが、今回はお父様の良い話を教えてもらっていたことで危機感がゆるんでいたようです。
翌日、朝食の席に既に彼はいませんでした。
仕事があるので早くに帰宅されたということです。
朝食後、お父様に私はお菓子を渡されました。
小さなラベンダー色の砂糖菓子です。
「これは?」
「今開発中の魔力があがる薬だ。既に結果も出ていて危険性はない。飲めるか?」
「……ええ」
私は頷くしかありませんでした。
婚約者候補に選ばれてから、お父様は私の魔力がさらに上がらないかを常に気にされていました。
今まで会社で作った薬をいただいたことはなかったのですが、今回は必死なのでしょう。
お父様は王家と関わりはありますし、今は侯爵です。しかしウェイト家やエイリー家にはとてもかなわないでしょう。四名の中から私が選ばれるだなんて思ってもいませんでした。
しかしお父様は将来の王妃の父という位置に執着しているようにも見えました。
ですから、大人しく魔力が上がるという砂糖菓子を食べました。
それから数日後、婚約者候補は皆魔力測定を行いました。
私の魔力は上がっておらず、お父様は「間に合わなかった……」と嘆いていましたから、砂糖菓子は効かなかったか、もしくは効果は遅いのだと思っていました。
その夜のことです。
夕食後、お父様が食事を持って、自分の部屋に入っていくのが見えました。
両手で食事を運んでいたので、扉を開けっぱなしにしてしまったようです。
扉を閉じて差し上げようと部屋に近づき、驚きました。
お部屋の中にお父様が見えなかったのです。
倒れているのではないかと慌てて部屋に入りましたが、お父様は部屋にはおらず、部屋で一番目立つ大きな鏡が扉のように開かれていることに気づきました。
……それは通路に見えました。
私は好奇心に負け、通路を通り、そして見てしまったのです。
お兄様の研究室に、見慣れないベッドがあり、先日宿泊して朝には帰ったはずの彼がベッドに繋がれているのを。
その場は恐ろしくなってすぐに引き返しました。
翌朝、庭の仕事をしながら、研究室を覗きました。そこにはもう彼の姿はありませんでした。
「アイビー」
心臓が飛び跳ねるとはこういうことをいうのでしょう。小屋を覗く私の背後にはお父様がいました。
「昨日見ていたのはやはりお前だったか。昨日のうちに処分をしておいてよかった」
昨日見たものは夢だったかもしれないと思っていました。
ですが、その希望はすぐに打ち砕かれたのです。お父様は笑って言いました。
「あの男はたいして魔力を持っていなかった。この魔力量ではアイビーの魔力はあまり上がらないかもしれないな」
「ど、どういうことですか」
「その通りの意味だ。あの男は魔力だけは有り余ってる。であれば、未来の王妃であるアイビーにその魔力を渡すのは当たり前のことだろう」
「……仰る意味がわかりません」
「あの男は愚かにも自分がウイルズ家の一員になれると思っている。ばかばかしいことだ」
彼を部屋に拘束していたことと、魔力の繋がりがわからず私は戸惑っていました。
「大丈夫だ、あと数日たてば魔力は少しはあがるはずだ。これはタイムラグが発生するのが難点だな。
――もうすぐ殿下との面会があるだろう。その際に魔力測定のやりなおしを希望しよう。少しでも魔力があがっていれば、アイビーが選ばれる確率は高くなる」
「お父様、私は婚約者に選ばれるはずなどありません」
「いいや。アイビーは選ばれた者だ。魔力が足りないのであれば、さらに足せばいい」
お父様のことが怖いと思ったのは初めてでした。
「お父様……先日私が食べた砂糖菓子は、関係がありますか?」
「そうだよ。あれを食べれば、あの男の魔力がアイビーに移動する」
「そんな……。お父様、もしかして……。わ、私は砂糖菓子はもう必要ありません……!」
「アイビーは何も心配することはないよ」
それ以上は恐ろしくてきけませんでした。
今までこの館を訊ねてきた方たちはどうなったのでしょうか。
そして、研究室を貸し出していた方は……?
**
話を終えるとアイビーは涙をこぼした。
「五年前にお兄様の魔力を奪ったのも、お父様なのでしょう」
クロードは強く拳を握りしめていた。あまりの力の強さに血がにじみ出ている。
ウイルズが、下位貴族たちの魔力を奪っていた。その事実に怒りが止まらなかった。
下位貴族たちは、皆クロードと同じようにウイルズを信頼していたはずだ。身分が低いことを理由に活躍できなかったものたちに活躍の場を与える。
それがどれほど彼らにとってありがたく、嬉しかったことか。
その気持ちを踏みにじったウイルズに怒りが止まらなかった。
なんとか気持ちをこらえてクロードは訊ねた。まだ種の謎はとけていない。怒りは一旦おさえなくてはならない。
「……しかし、僕の魔力がなくなったあと、アイビーもウイルズも魔力は増えていないんだろう」
「ええ。私はこの件から少しずつお父様のまわりについて調べていました。お父様が亡くなったことがわかり、私はすぐにお父様の寝室にある書類を自分の部屋に移動――させました。……衛兵たちに知られてはならないと思ったからです」
「知られたら、消されるだろうな」
「ええ。お父様は奪った魔力を上位貴族に売っていたと思いました。どうやらお父様は有力貴族から定期的に金銭を受け取っていたようです。特にウェイト家との繋がりが深いようでした」
クロードのなかで三つがつながった。
婚約者候補の中で、ビヴァリーの魔力が上がったこと。
ドラン家の爵位が不自然に上がっていたこと。
レジーナから聞いた、下位貴族の失踪。ドラン家やウェイト家と深いかかわりがある者が多かった。
「そして……ウェイト家以外にも、お父様と繋がりが深い家があります」
「王家、か」
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