4章

13-1 アイビー・ドランの秘密


 ♧


 クロードが王都に到着して、三日が経過した。

 

 宿の窓に小さな白い鳥が止まっているのは毎日のことだ。

 王都に入ってからティナとは会っていない。イリエの小さな鳥を借りて、こっそりと手紙でやりとりをしている。


 セルラト家に戻ったティナは身体を休めることを第一に、屋敷からは出ていないそうだ。

 ベレニスを自宅に招いてお茶会をすることが決まった、と手紙には記されていた。ティナの冤罪が報じられてからエイリー家は世間から白い目で見られており、必死なのだろう。

 

「問題はウェイト家との接触か」


 クロードは王都で、街人に紛れて人々の噂を聞いていた。

 さすが王都なだけあり、彼らの関心はアルフォンスとその婚約者に向けられている。

 ビヴァリーが婚約者になり、未来の王妃になるのだろうというのが世論のようだ。


 レジーナの話を聞いた今、ビヴァリーは怪しいのだが、彼女から話を聞くにはどうしたのものか。


 そう考えながらクロードが手紙の続きを読むと「本日は両親と共に王城に出向き、殿下と面会してまいります」と記してあった。

  

 今はティナに逐一報告をしてもらっているが、一連の事件が全て終われば、この手紙のやり取りもなくなり彼女との縁も終わるのであろう。


 午後クロードは宿を出て、ドラン家に向かう。

 クロードが王都に出てきたのは、今日のためにあるのだ。

 タウンハウスが立ち並ぶエリアに到着し、五年ぶりにドラン家の前に立つ。

 ベルを鳴らすと若い使用人が出迎えてくれた。クロードは知らない者だ。


「クロード・ドランだ」

「伺っております。ようこそいらっしゃいました」

 

 庭に入るとあまり雰囲気は変わっていなかった。クロードが育てていた薬草の畑もまだあり、アイビーが管理してくれているのだとわかる。クロードは応接間に案内された。


「申し訳ございません。まだお嬢様は戻られておりませんので、お待ちいただけますか」

「わかっている。用事が早く終わったから予定よりも早くついてしまった。こちらこそすまない」


 クロードは慣れない笑みを浮かべた。アイビーとの約束の時間よりも早く、館に入りたかった。

 使用人がお茶をテーブルに並べているところに

 

「少しだけ話し相手になってくれないか?」


 微笑むことが出来たのかは怪しいが、使用人は笑顔を返してくれる。

 

「ええ。私で務まるのでしたら」

「君。今回の事件で、王政府に褒められたのだろう。君のおかげでご令嬢の監禁がわかったのだとか」

「私が発見したわけではないですが、お話はさせていただきました」


 若い使用人は気をよくしたのだろう。頬が緩んでいる。


「あの研究室は僕も過去に使わせてもらっていてね。そこに監禁されていたと聞いて驚いているんだよ。あそこは人が住める場所ではないからね」

「ええ。私もご令嬢が監禁されているだなんてまったく気づきませんでした」

「でも君の証言で監禁が判明した、と聞いたが」


 クロードが知っているのは、研究室にティナが監禁されたことになっていること。若い使用人の証言によって判明した、ということだけだ。

 

「ひと月ほど前に食事を用意したからですよ。食事もウイルズ様が運ばれていましたので、私が見たわけではありませんが」

「君は誰かが監禁されていたことは知っていたのか?」

「とんでもありません! ウイルズ様は以前からあの小屋をよく他者に貸し出されていたのですよ。食事を用意することも何度かありました。ですから今回も監禁だなんて思いませんでした」

「貸し出していた? 誰に? 会社ではなくわざわざあの小屋を?」


 使用人は慌てて説明をした。

 ウイルズは有望な人間を見つけると、元クロードの研究室を貸し出し、研究をさせてやっていたのだという。

 そのなかで優秀な芽がでたものは、会社で雇ったり、関係のある貴族に斡旋していたのだという。

 

 クロードは過去のウイルズを思い出した。

 孤児であるクロードに研究室を与え、養子にひきとってくれたことを。

 ウイルズは変わってしまったと思っていたが、そういった部分は変わっていなかったのだろうか。


 確かに身元が明らかでないものを会社で雇うのはリスクがある。しかし、しばらくここでこっそりと育成すれば活躍できる場も増える。彼はそういった活動をしていたのか。

 クロードは五年前のウイルズの笑顔を思い出した。


「なるほど。それではなぜティナ・セルラトが監禁されていたと?」

「ウイルズ様が亡くなったあと、捜査が入りました。私たちも初めてあの小屋の中をみました。小屋にはベッドが置いてあり、手枷や足枷が取り付けてあったそうなのです」


 ベッドも――それから、もちろん手枷や足枷はクロードが住んでいたころには存在しなかったものである。


「ご令嬢の行方がわからなくなった時期と私が食事を用意していた時期がほとんど同じだったそうです」

「なるほど。しかしそれだけでは彼女だと断定できないだろう」

「ええ。しかし……小屋の中にご令嬢のネックレスが落ちていたのです。青い石のついたもので、それはご令嬢が消えた当日につけていたものらしく――」

「なに?」


 使用人が嘘をついているようには見えない。実際に彼はその場に立ちあい、ネックレスを目にしたのだから勘違いでもないだろう。

 しかしクロードは夜会の日にティナがつけていた青い石のついたネックレスを知っている。また、ティナはアクセサリーはひとつも欠けていないと言っていた。

 ……どういうことだろうか。


 そのとき、応接間の扉が開かれた。


「お兄様……!」


 部屋に一人の少女が飛び込んできた。ピンクブロンドの髪をゆらし、エメラルドの瞳は涙で光っている。

 そして彼女はクロードに思い切り抱き着いた。


「お久しぶりです、お会いしたかったです……!」

「元気そうだな」

「もう……! 私が今、元気でないことはご存知ですよね」


 アイビーは涙をぬぐって唇を尖らせると、クロードの隣に座る。


「お兄様から突然手紙が届いて驚きました。まさかお兄様にもう一度お会いできるだなんて思っていなかったので本当に嬉しいです! お兄様がアイビーのことを気にかけてくださっていたことが嬉しかったです。お兄様は今どちらにお住まいなんですの? お父様は何も教えてくれなかったから、手紙すら書けなかったのです。お兄様のことですから、どこかで研究をされていたのですか?」


 五年ぶりにクロードに会えた嬉しさが止まらないようで、アイビーの唇から弾んだ言葉たちが溢れていく。

 

「そうだわ! お兄様の夕食を準備してくれる? それからお部屋も準備して」


 アイビーは使用人にてきぱきと指示を出す。


「ねえ、お兄様。長旅で疲れていらっしゃるでしょうし。今日は泊って行かれるでしょう?」


 アイビーが自分をどう迎えるのか、想像はついていなかった。五年の間で連絡を取ったこともなければ、もう自分は平民なのだ。

 侯爵令嬢となったアイビーとは立場も違う。冷たく追い払われる可能性も考えていたクロードは、大歓迎の様子に拍子抜けする。


「お兄様?」

「……ああ、すまない。それでは頼む」

 

 ――しかしアイビーは容疑者だ。

 この家に滞在できるのであれば、調査もしやすい。今夜は泊まって館の中や、例の小屋を覗いてもいいだろう。


「そうだわ。薬草茶を飲みますか? お兄様が育てていた畑を私が引き継いだのですよ。庭の畑をご覧になりました?」


 アイビーは無邪気に話し続ける。事件のことなどなかったかのように、クロードに話をする隙を与えないかのように。

 

「茶はいい」

「そうですか? でしたらお菓子はいかが――」

「アイビー。僕がここに来たのは、事件について聞きたいからだ。君の兄に戻ったわけではない」


 クロードの尖った声に、アイビーは傷ついたような表情を見せる。


「……そうですよね。申し訳ございません。お兄様も事件のことをお聞きになったのですね。今回はご心配をおかけしました。ですが、お兄様」


 アイビーは潤んだ瞳でクロードを見上げた。


「お兄様、この家に戻ってきてくださいませんか。このままではドラン家は終わりです」

「……何か沙汰はくだされたのか?」

「いいえ。殿下が私にも同情はしてくださっていて、ドラン家は存続できます。薬品の会社については、ひとまず責任者にお願いをしております。私は魔法局の勤務もありますから……しかし、お兄様がお戻りになればお兄様があの会社を――」

「僕は死んだことになっている」

「でしたら、私の婿という形ではどうでしょうか」


 ばかなことをいうな、そう返そうと思ったクロードだったが、アイビーはひどく真剣な面持ちだった。


「私は殿下の婚約者候補からは外されました。今のドラン家に婿に来たいものなどもおりません」

「薬屋にいる貴族を迎え入れた方がよっぽどいいだろう。あの会社を自分のものにしたいものはいくらでもいる」

「しかし私は――」

「アイビー、僕はこの家から追い出されている。今さら戻る気はない」


 アイビーの瞳に涙が溜まり、溢れるのを隠すように俯く。


「お兄様の気持ちも考えず、申し訳ありませんでした」

「僕はこの事件について知りたい。五年前に僕は魔力を失った。それが今回の一連の事件に繋がっている気がするんだ」


 アイビーがぱっと顔をあげた。目は見開かれ何かに思い当たったようだ。


「まさか……」

「君は何か知っているのか?」

「そんな、まさか……。お兄様の魔力を奪ったのも……?」

「知っていることがあれば教えて欲しい」

 

 アイビーは信じたくないと言った様子で、首を小さく振る。


「アイビー、頼む。この家は何を隠している?」

 

「……お兄様の五年前の件に関しては、正直わかりません。ですが、心当たりはあります」


 アイビーは覚悟を決めたように口を開いた。


「お兄様には隠し事は出来ませんね、昔から。


 ――私は、人から魔力を奪ってしまったのです」

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