王都にて アルフォンス・アズモンド
私がアルフォンス・アズモンドとして、ティナ・セルラトに対面したのは八歳の時だった。
しかしティナと出会ったのはそれよりも前。
彼女が一年に一度の魔力測定に魔法局を訪れていた七歳の頃だ。
私が、魔術や魔力が人並み程度なのは幼少期の頃からだ。
優秀な弟と比べられ、家庭教師には「このままでは王位継承権もどうなるかわかりませんよ」と常に脅されていた。今冷静に考えれば、当時は弟と大きな魔力差があるわけでもなく、第一王子である私が弟にその地位を譲ることなどなかったのだが。
その日は実際に魔法局に赴き、様々な魔術を学んだ。そして庭園でひっそりと、自分の不甲斐なさに涙を零していた。
そこに現れたのがティナだった。――というのは恋物語の始まりとしては少々ありきたりだったりもするが。とにかく私はティナに出会った。
第一王子として涙を見せるわけにはいかない。すぐに逃げ出そうと思ったが、ティナは私を王子だとは気づかなかったようだ。名家のご令嬢は学園に通うまで、誰かと交流することもなく、その場には私たちだけで、教えてくれる大人もいなかった。
「どうして泣いているの」
「魔術がうまくできないから」
「まあ。あなた、私と同じくらいなのに、もう魔術を学んでいらっしゃるの?」
「私はこの国を守らなくてはならないから」
「素敵ね。でも魔力が少なくても大丈夫ってお父様が言っていたわ。お父様は魔道具を作ってらっしゃるの。魔力が少ない方でも、楽しく生きられるようにって」
ティナは私の手のひらに小さな魔道具を乗せた。
「お父様の失敗品らしいけど、あげる。お守り」
ラベンダー色の瞳を輝かせて、彼女は微笑んだ。
「ティナ様、どちらにいらっしゃいますか?」
どこからか、彼女を呼ぶ声が聞こえ、目の前の少女がティナという名前だと知る。
「ごめんなさい! ここにいます!」
ティナは慌てたように声がする方に戻っていった。
手のひらに乗っている魔道具を見つめる。ゼンマイがついていて、何の魔道具かもわからない。使い方すらわからないが、失敗品というのだ。役立つものでもないだろう。
だけどその魔道具は、ティナの言う通り、お守りになった。
……魔力が少なくても、大丈夫。
相手が王子だと思っていないからこそ、気軽に言えた言葉だ。
しかしその時の私にとっては、心の位置になる言葉だった。
それから一年が経ち、私たちは婚約者候補として再会した。
もっともティナは私のことを王子と思っていなかったし、あの出会いのことをぼんやりとしか覚えていなかった。
「殿下に失礼なことをいたしました!」と少し大人びた彼女に謝罪もされた。
ティナ以外にも婚約者候補はいる。
婚約者が正式に決まるのは学園入学後だ。
家柄は皆概ね同等で、あとは魔力や入学後の成績で決まるだろう。
毎年彼女たちの魔力測定や家庭教師からの報告を受けたが、能力的に特出している者がいるわけではなさそうだ。
セルラト家は野心が薄く、積極的に働きかけてはこない。
……あの時お守りをくれた少女が、セルラト侯爵家のご令嬢と知った時点から、私が愛したい者はティナしかありえない。
・・
「過去のことを思い出すなんて。相当参ってしまっているな」
自分自身に苦笑し、アルフォンスはデスクの上に置いてある書類を見た。ここはアルフォンスの執務室。進めなくてはいけない書類仕事があったというのに、感傷に浸ってしまっていた。
アルフォンスは、デスクの隅に置いてある箱から、自分の瞳の色をしたネックレスを取り出す。ティナが消えた日に身に着けていたもので、ドラン家で見つかったものだ。
アルフォンスの希望通り、ティナが婚約者に決まり、それからずっとティナは自分の側にいてくれるものだと思っていた。
どこから、どう間違えてしまったのだろうか。
ティナが消えてしまう日が来るだなんて想像もしていなかったのに。
「殿下、失礼します!」
ノックもおろそかに、コーディが急いだ様子で執務室に入ってきた。
「ティナ様が! ティナ様が見つかりました!」
コーディは上気した頬で息が荒い。主が喜ぶ大きなニュースを持って、ここまで駆けてきたのだろう。
アルフォンスは、一瞬耳を疑いながら慌てて立ち上がった。
「なんだって!?」
「昨日セルラト家にお戻りになったそうです!」
「……そうか……良かった……」
そう呟いたアルフォンスは椅子に座りなおした。喜びと安堵から力が抜けて、立っていられなかったともいう。
「セルラト家から面会の申し込みが来ています。今回の騒動についての謝罪をしたいと」
「わかった。予定を調整してくれるか?」
「明日は予定が入っていますから、翌日の――」
「明日のウェイト家との面会は断ってもいいだろう」
「なぜですか、明日は重要な場でしょう」
ドラン侯爵が犯人となり、ベレニスに批判が集まった今、アルフォンスの婚約者はビヴァリーでほぼ確定の雰囲気になっていた。
明日はウェイト家と最後の話し合いのもと、正式な決定が下されるはずだった。
「ティナが戻ってきたんだ。やはり私の妻は、ティナしか考えられない」
「しかし……」
アルフォンスの決定にコーディは口ごもる。
「ティナは事件の犯人ではなかったのだ。何も問題ないだろう」
「ですが、ティナ様は魔力を――」
「関係ない。私にはティナしかいない」
「いいえ、殿下。お言葉ですが……セルラト家からさらなる報告がございました。ティナ様は魔力をすべて失っているということです」
「…………」
「そのまま婚約継続をするのは難しいかと思います」
魔力を重視するこの国で、魔力がない者は妃としてふさわしくない。
「あははは、残念でしたね」
後ろから笑い声が聞こえる。そこに立っていたのは第二王子のスチュアートだった。コーディが急いで執務室に入るのを目ざとく見つけて入ってきたに違いなかった。
「ごめんなさい、聞いてしまいました。お兄様、ティナ様に魔力を分けて差し上げたらどうですか?」
「……」
スチュアートは口角を上げて、アルフォンスを眺める。
「ふふ、臆病者のお兄様にはできないでしょうね」
「スチュアート様、無礼ですよ……っ! そもそも魔力を分けるなんて――」
「出来ない……?」
コーディの言葉にスチュアートは楽しげに笑いながら執務室の出口に向かう。扉に手をかけてから、振り返った。
「いつまでも清廉なお兄様に、この国の王の座は務まりませんよ」
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