王都にて ベレニス・エイリー


 ティナが王都に戻ってきた報せはエイリー家にも届いた。


「どうしてくれるんだ……!」

 

 エイリー侯爵がベレニスに向かって鋭く叫んだ。

 

 エイリー家のダイニング。エイリー侯爵は顔を真っ赤にさせている。


「ティナ・セルラトは無罪だった。そして彼女に罪を着せたのはお前だ、わかっているなベレニス!」


 ベレニスを憎々しく睨むのはエイリー侯爵にとって初めてのことだった。

 ベレニスは小さくなって震えている。彼女の背をさすっているのはエイリー夫人だ。


「おやめください。ベレニスは攻撃された被害者なのですよ」

「だからなんだと言うのだ。結果だけだ、すべては」


 ティナ・セルラトが罪人となり、アルフォンスとの婚約は解消された。


 自動的にベレニスが婚約者候補となった。婚約者候補のうち、二名は選ばれないことはわかっている。ベレニスは事件の被害者であり、アルフォンスは情に厚い。

 事件後、何度か面会し、アルフォンスもベレニスを心配して何度も訪れてくれていた。このままベレニスが婚約者に選ばれるとエイリー侯爵は疑わなかった。

 エイリー侯爵はベレニスに傷をつけ、自ら婚約者の席からおりたティナに感謝をしていたくらいだ。


「それが……」


 エイリー侯爵は忌々し気に呟いた。


 ベレニスが婚約者に選ばれたという報せを待つだけの日々を過ごしていたエイリー家に届いた報せは「真犯人はウイルズ・ドラン」だ。ウイルズはティナを監禁までしたらしい。


 そしてそれと同時に世間がエイリー家を見る目も変わった。

 罪のない人間のことを無責任に犯人呼ばわりをして、自らを婚約者だと主張していた、と。


「罪を着せられ、監禁され、どこかを彷徨う、かのご令嬢はまるで悲劇のヒロインだ。そのまま、死んでくれたらよかったものを……」


 エイリー侯爵の瞳に怒りが浮かぶ。ベレニスはそれを呆けた様子で見ていた。


「しかし、ティナ様は魔力をすべて失っているとのことでしたので、婚約者には戻らないかと」


 エイリー侯爵の付き人が控えめに言うと「ばかもの!」とエイリー侯爵はしかりつけた。


「セルラトの娘は既に婚約破棄されている。どうだっていい。しかしベレニスはあの女を罪人にしてしまったのだ……! もう殿下の婚約者はウェイト家の娘に決まりだろう」

「そんな……! それはありえません!」


 小さく震えていたベレニスが突如叫んだ。


「殿下は私と一緒になるのを希望していらっしゃるのです。あの障害物さえ排除すれば、殿下は私と結婚してくださるのです!」


 普段大人しいベレニスが血走った目で叫ぶのに、エイリー侯爵も一瞬ひるんだ。


「旦那様、お許しください。ベレニスは殿下のことを心から愛していたのです」


 夫人が涙をはらはらとこぼし、ベレニスに向けて同情の瞳を向ける。


「お前がこうなった今、殿下のお相手はビヴァリー・ウェイトになるだろう」

「いいえ、殿下が愛しているのは私です!」


 なおも叫ぶベレニスにエイリー侯爵は冷たい目線を向けると、


「今からセルラト家に謝罪してくる。そして正式な面会を申し込む。ベレニスも同席して誠心誠意謝罪しろ」


 乱暴にジャケットを羽織り、部屋から出て行った。



・・


「ばかにして……っ!」


 自室でベレニスは髪の毛をかき乱した。美しい赤毛を神経質にかき混ぜる。

 父にも、ティナにも怒りが止まらなかった。


 あのあと、セルラト家からお茶会の招待状が届いた。

 謝罪したエイリー侯爵に、セルラト侯爵は怒りもせずに同情さえ示したのだという。気遣ってお茶会に呼んでくれるなど、あそこの令嬢は寛大だ。おかげでうちの立場が悪くならなくて済むとエイリー侯爵が感心したように言った。


「寛大ってなにが……!」


 鏡にうつる自分の首から胸元に一筋の傷が入っている。


「中庭から攻撃されたですって……!? ありえないわ……! 私を攻撃したのは私の正面にいたあの女しかありえないのよ……! どうやってウイルズに罪を着せたのよ……!」

 

 怒りが次から次へと口をついでる。


「殿下と私の間を引き裂こうとして……! 絶対に許せないわ……あの女が消えて、殿下も安心なさったのだから……だから、私のもとにも通ってくださったのよ」


 ティナが不在のこのひと月半の間。アルフォンスは何度もベレニスを見舞ってくれていた。


「あの女は魔女なのよ……表では聖女のような顔をして……魔女なのだから……彼女が王都に戻ってきた……殺される……殺される殺される」


 ベレニスの歯がガチガチと鳴り、顔がみるみるうちに青ざめていく。それは怯えだった。


「アルフォンス様のことを愛しているのは私……アルフォンス様が愛しているのも私……アルフォンス様をあの女からお守りしないと……皆騙されているんだわ……お守りしないと……」


 震えながらもう一度鏡を見て、ベレニスは愕然とした。


「なにこれ……」


 自分の左耳の下に何か黒いものがついている。触れてみると硬く、ごりっとしていて石のようだ。それに気づきベレニスはまた震え始めた。


「おなじだ……」


 ベレニスは夜会の日。ティナの首に、同じものがあったことを思い出す。


「呪われた……あの魔女に呪われたのだ……」


 ベレニスの脳裏に浮かんだのは、ティナが闇に引きずり込んでくる映像だ。

 

 ベレニスは自分の得意な回復魔術をかける。刺さったこの石を取り除き、傷をふさがなくては……殺されてしまう……!


 ベレニスの指先から青い光が放たれた。





 








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