12-2 旅の終わり

 

 馬車はセルラト家の前に到着した。

 家の前には大きな黒い鳥と、セルラト家が待ち構えている。

 護衛に支えてもらえながら、ティナは馬車を降りた。

 そこにクロードの姿はない。


 ティナはお礼にとセルラト家に招いたのだが、クロードが断った。

 

 自分のような田舎の平民の家に自分の娘が住んでいるとわかったら、親御さんはきっといい思いをしないことと、

 ティナとクロードに関係があると、王都の人間には誰にも勘づかれたくないからだ。


「ティナ……!」

 

 馬車から降りたティナを抱きしめたのは、ティナの母親だ。後ろにいた父や二人の兄が代わる代わるティナを抱きしめ、無事を喜んだ。


「あなたが生きていてくれて本当によかった」

「心配をかけて本当にごめんなさい」

「いいのよ、あなたが元気でいてくれたら」

「そもそも僕たちはティナがやったなんて思っていなかったけどね」

「嘆願書も受け入れてもらえなくて……」

「でも本当によかった……!」


 一通り喜びを分かち合ったところで、懐かしい家に入る。

 紛れもなく自分の生まれ育った家だったが、不思議な気持ちになる。

 クロードの家の何倍も広い家は落ち着かない。


 リビングルームのソファに座り、ティナはもう一度頭を下げた。


「本当に申し訳ありませんでした」

「気にするな。しかしティナはどこへいたのだ。私たちはお前の罪を疑ってはいなかったが、監禁や失踪と聞いたときは驚いたよ」


 ティナはしばらくの間、表向きには幽閉されたことになっていた。

 ティナの両親は、王城の一室で保護されていると説明を受けた。

 無罪を信じ解放されるのを待っていたら、ドラン家に監禁され失踪したとニュースが舞い込み、驚愕したのだという。


「私は……親切な方に匿っていただいていました」


 すべてを説明すれば驚かせてしまうかもしれない。ティナは簡単な一言に留めておく。


「そうか。ティナから帰るという手紙をもらうまで、生きた心地がしなかったよ」

「もう少し落ち着いたら、その方にお礼をしたいのですが、よろしいですか」

「もちろんだよ。どこの家の方だ? 丁重にお礼をしなくてはな」

 

 セルラト侯爵は優しく微笑んでくれる。しかし彼は平民や下位貴族を知らない。

 立派な馬車で送ってもらったからそう思わせたというのもある。だけど父の頭の中には、上位貴族以外はいないのだろうとティナは思った。


「それからもう一つ、謝罪することがあります。魔力を完全に失ってしまったようなのです。ですから魔法局も学園も――」

「いいんだ、ティナ。大変な目にあったんだ。まずはゆっくりしなさい」

「殿下との婚約も解消されましたし……」

「もちろんそれも気にしなくていい。魔力がなくとも、ティナを迎えてくれる家はある」


 セルラト侯爵にとって最大限気遣った言葉だ。

 しかし今のティナにとっては空しく聞こえる。

 ……セルラト家の長女として、どこかに嫁がなくてはならない。


「ティナが戻ってくることは王家にも伝えてある」

「殿下に謝罪をしなくてはなりませんね」

「今までよくしていただいたお礼もある。今回もセルラト家の立場が悪くならないように尽力いただいた」

「そうでしたか」


 それにはティナも心からほっとした。

 ティナが王都で親しくしていたアルフォンス、レジーナ、そして家族はずっとティナを想ってくれていたのだ。


「殿下に面会の許可をいただこう」

「よろしくお願いいたします」


 侍女が紅茶やスイーツを運んできた。ティナの好物ばかりでティナを労わる気持ちがうかがえる。


「今日はゆっくりするのが仕事だ」

 

 セルラト侯爵は優しく語りかけた。

 ティナは大好きな紅茶を一口飲む。ずっと飲み続けているお気に入りの茶葉を選んでくれている。だけどティナが思い浮かべるのは、クロードのはちみつ入りの薬草茶だった。


 王都に入る前に別れたばかりなのに、もうクロードに会いたかった。


・・


 翌朝、ティナはセルラト侯爵に呼び出された。


「今後のおまえについてだが、ひとまず学園は休学とさせた。魔力が完全になくなったことについて魔法局でも調べたいと申し出がきている」


 ティナは首に巻いたスカーフにそっと触れた。

 家族にも種の話はしていない。

 魔法局の申し出自体が怪しいわけでもない。魔力がなくなったとなれば調査したいのも当然だ。しかしレジーナの話を聞いた今、魔法局を信頼しきれない。


「ありがとうございます。申し訳ありません、もう少しだけ休ませていただいてもよろしいでしょうか。長旅の疲れというよりも……魔力がなくなってしまったことに関して、私もまだ気持ちの整理がついていないのです。改めて測定されるのも恐ろしいのです」

「それもそうだな。魔法局には言っておこう」


 父に嘘をつくのも心苦しかったが、セルラト侯爵はティナの言い訳をすんなりと受け取った。


「殿下との面会はどうしようか。疲れがあるなら、日を遅らせてもいい」

「いえ。ひと月以上ご迷惑をおかけしたのですから、そちらは構いません」

「大丈夫か? それからこれも――断ってもいいのだが、エイリー家からも面会の希望が来ている」

「エイリー家からですか」

「ああ。謝罪したいと言っているんだ」


 ベレニスは夜会で、ティナが犯人だと名指しした。しかしティナは冤罪だったのだ。

 セルラト家は名のある家である。

 エイリー家としてきちんと謝罪しなくては、面目が立たないのだろう。


「かしこまりました。我が家にお招きしましょう。お茶会の準備をしていただけますか」


「ティナ。許さなくてもいいんだぞ」

「いえ。あの状況であれば、私が犯人だと思うのも無理はありませんから」

「わかった。準備しておく」


(ベレニス様とはお話したいと思っていた。どうしてあの時、私が犯人だと思ったのか。それを彼女の口から聞きたい)


 そしてビヴァリーのことを思い浮かべる。彼女とはどうやって話をしようか、と。

 ティナは休学中であり、学園ですれ違うことも今は出来ない。

 

(クロードさんも今頃アイビー様とお話されている)


 レジーナと再会したとき。ティナは本当は恐ろしく逃げ出したい気持ちだった。

 レジーナを信じたい。しかし、彼女が自分を陥れた人間だったらどうしよう、と不安でたまらなかったのだ。


(私は、隣にクロードさんがいてくれた)


 クロードもアイビーと会うのは恐ろしいにちがいない。

 かつて一緒に暮らした大切なひと。

 しかしドラン家が一連の事件に何かしらで関わっていることはもはや疑いの余地もない。


 今、自分がクロードの隣にいられないことがティナはどうしようもなく苦しかった。










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