12-1 旅の終わり
♧
翌日、マリオット領をこっそりと出たクロードとティナは王都へさらに進んだ。
「レジーナ様にお会いできてよかったです」
馬車に揺られながら、ティナはそう呟いた。
ティナの表情は穏やかで、クロードはいつかの月夜を思い出した。悪夢にうなされていた彼女はレジーナの裏切りを想像して震えていた。
レジーナとまた話すことができて、安心できたことだろう。
「そうだな」
「私はレジーナ様のお話に嘘はないと思う……思いたいのですが、クロードさんはどう思われましたか?」
「僕もそう思う。彼女があの話をわざわざする必要もない。それに彼女は僕の事情も知らない」
ティナを陥れるための作り話とは思えなかった。
下位貴族の失踪。魔力の低下。そして彼らとウェイト家とドラン家の繋がり。
「しかしここでもドラン家の話が出てくるとはな……。ウイルズが一連のことに関わっているのは間違いない」
自分でそう言いながら、クロードの気持ちは暗くなる。
ティナがレジーナを思うように、クロードも心の奥ではアイビーを信じていた。
彼女は純真で心優しい少女だった。
しかし五年もあれば……人は変わるのだ。
教会で初めて会った時のウイルズ。そしてクロードを冷たく見下ろし、馬車に押し込んだウイルズを。
追放されて彼のことを恨んでいた。しかし……殺されたとなると、胸に虚しさが広がるのだった。
・・
王都へは明日には到着するだろう。
最後に宿泊する村に到着すると、クロードはティナの髪をまとめてフードをすっぽりと被せた。
ティナは罪が晴れ、保護される立場になっている。絵姿も出回り、王都に近いこの村であれば、ティナのことを知っている人間も多いだろう。
丁寧に保護してくれるのならいいのだが、誘拐し、セルラト家に脅しをかけるものもいるだろう。
(なぜここまで大々的に報じるのだ。肝心の彼女を探し出せても、危険もあるだろうに)
浅はかな王政府の対応に舌打ちしたくなる気持ちをこらえる。
簡単な夕食を購入し、二人は宿屋に入った。
詮索されないために宿屋では夫婦だと偽り、一つの部屋に入る。クロードたちと時間をあけて護衛も泊まることに決まっている。
宿屋の部屋に入れば、ティナが戸惑ったようにこちらを見ていた。
「今日の宿は同じ部屋なのでしょうか?」
「そうだ。もうここは王都から近い。夫婦としておいたほうがいいだろう」
「そうでしたか」
ティナが顔を赤らめていることに気づいた。
「僕たちは今まで同じ家に住んでいたんだぞ」
「しかしこの宿はベッドがひとつしかないようです」
ティナの目線の先には大き目のベッドが一つ。ベッドと小さなテーブルとイスがあるだけのシンプルな部屋だ。
「気になるなら僕は床で寝る」
「いえ、気になりません……! あ、食事にしましょうか」
ティナは赤い顔のまま、買ってきた食事をテーブルに並べ始めた。
(ずっと同じ部屋に住んでいたのに今さら何を)
そう思っていたクロードだったが。
「今日で最後ですね、こうして髪の毛を乾かしていただくのも」
風呂を終えたティナの髪の毛をいつものようにクロードは乾かしていた。ベッドの縁にティナを座らせて後ろにクロードも座っている。
王都に戻れば彼女には侍女もいる。こうしてクロードが髪を梳くことは二度とない。
指から小さな風を出して、風をあてていく。ぬるい風が彼女の髪の毛をあたため、指にするりとした髪の毛が絡まっていく。
忌々しいさ種が埋まっている白い首筋は滑らかで折れそうなほどに華奢だ。
何度も繰り返してきた行為だけど、今日はなぜか意識してしまう。
クロードが部屋の鏡を見れば、ティナは気持ちよさそうに風をうけていた。
「これからどのように調べていきましょうか」
「そうだな……」
今までは二人で暮らし、種について話し合っていた。しかし今後、二人の関係は変わる。
王都に一歩踏み入れれば。ティナは侯爵令嬢に戻り、クロードは田舎に住む薬売りの平民だ。ティナとこうして二人きりになることを許してもらえるのかもわからない。
「しばらくはそれぞれで調べるしかないだろうな。僕はひとまずドラン家に向かう。アイビーには話を聞かなくてはならないし、君が監禁されていたと噂の僕の研究室も確認したい。君のかわりに誰かが監禁されていたのか、それともドラン家の狂言か……」
そしてそれにアイビーが関わって、いるのか。
「君はどうしたい?」
「まずは家に帰ります。それからベレニス様とビヴァリー様と面会を申し込もうかと思っています。家同士でお茶会をすることはありましたから……」
二人もこの事件に関わっている。話は聞いた方がいいだろう。しかし……。
「しかしウェイト家は危険ではないか」
一人で動くのは危険だ。貴族同士のお茶会にクロードが参加するわけにもいかない。
「ですが、クロードさんもイリエさんも、動いてくれています。私だけ何も知らないでいるのは嫌なのです」
レジーナの話を聞いたティナを思い出した。何も知らないでいた自分を恥じ、くやんでいた。
「私は何もしらないでいる世間知らずでした。今回は自分が関わっていることです。これ以上、私は何もしらずに過ごしたくないのです」
ティナは振り向いた。強い意志を持った瞳がクロードを見つめる。
「わかった。でも必ず僕に連絡するように。同席はできなくとも方法を考える」
「ありがとうございます」
「それから、この種。出来るだけ隠して過ごせるか? 魔法局にも届け出ないほうがいい」
「わかりました」
レジーナの話、消えた彼らは種を植えられていたかもしれない。そうであれば、ティナも消えなくてはならないのかもしれない。誰が疑わしいのかも今はわからないのだ。
「これからもクロードさんに会えますか?」
ティナの目が少し潤んで見えた。
「最後まで謎を解明するんだ。情報はすべてあったほうがいい」
「……ありがとうございます」
王都に戻れば、二人の結びつきは謎だけだ。
本来なら関わることのなかった相手。これからは別の人生を歩んでいく二人だ。
「寝るか」
クロードはそう言うと立ち上がろうとして――服の裾をティナに掴まれた。
「床は固いです」
「布団を下に敷いて寝る」
「一緒に眠りませんか? ベッドは広いですから」
ぎこちない表情を作ってティナは微笑んだ。
「こうして一緒にいられるのは、最後ですから」
「……両親にこんなことがばれたら、追い出されるんじゃないか?」
「そうしたら、またレチア村に行ってもよろしいですか」
「あの村がいいなんて変わっている」
ぶっきらぼうにいいながら、クロードはベッドに寝転ぶ。
ティナが明かりを消した後、隣で衣擦れの音がした。彼女が身体を横たえた気配を感じる。
「クロードさん、今まで本当にありがとうございました。私の人生で最も穏やかな時でした」
「罪人だと追われていたのに呑気だな」
「ふふ、そうでした」
寝返りを打つティナの髪からはいつもと違う石鹸の匂いがした。窓の外から月明かりが入り込む。
クロードはティナに背を向けて目を瞑る。
なかなか寝付けないでいると、隣のティナも眠れないのかごそごそと落ち着いていない。
「眠れないのか」
「王都に戻るとおもうと少し緊張してしまって」
「それはそうだ」
「こんな夜はクロードさんの薬草茶を飲みたくなりますね」
「今はない」
しばらくの沈黙の後、背中から控えめに問いかけられる。
「また薬草茶を飲みにお邪魔してもよろしいですか」
「いつでも来たらいい」
答えに安心したのか、小さな寝息が聞こえてくる。
規則正しい音を聞いているうちにクロードは眠りに落ちた。日付が変わる前に眠るのは何年ぶりのことだっただろうか。
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