11-2 レジーナ・マリオット
「最近といっても、ここ数年の話です。学園や魔法局に所属している下位貴族が、いなくなることが頻発しているのです。彼らが王都を去ること自体は不思議なことではありません。成績や能力が芳しくない下位貴族は進級や所属の継続ができないことはままあることなのです」
そのことを以前のティナなら信じられなかっただろう。
魔法局も学園も、有望な人材は下位貴族であろうが迎え入れると大々的に謳っている。レジーナのように田舎から出てきた女性でも魔法局で活躍していることでも証明されている。
しかしクロードの過去を聞いた今、魔力を失えば「役立たず」と追放されることを知っている。レジーナのように優秀でないのなら……。
「皆、領地に帰ったのだと思っておりました。その中に私の両親の知り合いの娘がいました。彼女は領地に戻っておらず、彼女のご両親はまだ娘が王都にいると思っていらしたのです」
「なに……」
「それが判明したのがふた月前です。そこで初めて疑問に感じ、王都から去った者についても調べました。その結果、皆行方がわからなくなっていたのです」
「…………」
レジーナから恐ろしいことが語られていることに気づき、ティナは言葉をなくした。
「共通点は、地方から出てきた下位貴族であること、そして成績や能力が落ちたと判断されている者でした。
彼らは元々学園時代から成績が芳しくなかったようです。それでも下位貴族として学園への入学や魔法局への所属が認められたのは、魔力が基準よりも高かったのです」
「それは……」
「彼らは元から魔術の成績は悪かったのですが、魔力の多さでなんとか技術をカバーできていたのです」
「しかし、魔力が減少したことで、カバーができなくなった」
「ええ。つまり消えた者は皆、魔力が減少していたのです」
……それはクロードとティナと同じ、というわけだ。
ティナはクロードの唇が「種」とつぶやくのを見た。
「調べているさなか、ティナ様の魔力が減少したと聞いて、もしや、と思ってはいました。ですがティナ様は侯爵家のご令嬢ですので、魔力が減少したとて、王都には残られるとは思っていました。いたずらに脅かしてもいけないと思っていたのです。ティナ様が失踪されたと聞いて、本当に驚き悔みました……ですから、ご無事でよかったです」
レジーナは後悔するように吐露した。
「なるほどな。この件を知っている者は?」
「私は独自に調べていましたから誰も。地方が出てきた貴族が王都を去るなどよくあることですから、気にする者もおりません。王都に来ている者は兄弟が多く、ほとんど地元にも帰りませんから、ご両親は気づいていないのでしょう。上位貴族はもちろん下位貴族のことは気づきません」
レジーナの言葉に、ティナはうつむいた。
未来の王妃として、国のことを知っているつもりになっていたが、何も知らなかったのだ。
「調べて、他にわかったことは?」
「彼らの友人に尋ねたところ、もうひとつ共通点がありました。消えた者は、学園や魔法局を辞めるかもしれないと打ち明ける割に悲観的な様子はなかったそうです。田舎に戻るつもりもない、一度学園や魔法局に所属したものであれば職には困らないと言っていたそうです。
上位貴族と親しくしていたようで、上位貴族が経営する会社やその家の従者や侍女として迎え入れられたのではないか?友人たちは思っていたそうです」
「実際には」
「そのような事実はありません」
消える前に上位貴族と親しくなり、職を紹介してもらえると思っていた。しかし彼らはそのまま王都からきえてしまった。
「彼らはドラン家やウェイト家が開催する夜会に参加していたそうです」
ここでもドラン家の名前があがる。
そしてウェイト家――婚約者候補のひとり、ビヴァリーだ。
「……ビヴァリーちゃんは魔力が増えていたよね。何か関係あるかな」
もし彼らがウェイト家により、種で魔力を奪われていたとすれば……。
ビヴァリーの魔力が増えたのも頷ける。
「最近ビヴァリーちゃんのことすっかり忘れてたよ。王都に行って、三人の婚約者候補とは話さないといけないね」
「――僕たちはウイルズの死は怪しいと思っている。君はどう考える?」
クロードがレジーナに問いかける。
「私も同感です。全体像が見えませんが、何かよくないことが起こっているのではないかと思うのです」
ベレニス事件、ティナとクロードの種、ウィルズの死、消えた地方貴族。
これらはつながっているのだろうか。
「ありがとうございます、レジーナ様。確かにこれは王都では話せないことだわ」
「監視の目があるので、この件について私はしばらく調べられません」
「それは任せてよー。俺たちも王都に帰るからさ。この二人が容疑者たちと直接対決するから。ね?」
イリエは相変わらずニコニコとしていて、緊張感がない。
「だけどレジーナちゃんも気を付けた方がいいんじゃない? 地方出身の貴族で魔力が多いのはレジーナちゃんにも言えることだよね?」
「私は婚約者候補にまで選ばれていますし、消えればさすがに目立ちます」
「消えても問題なさそうな魔力が高い子が選ばれてたわけだもんね。……それで考えるとクロードとティナちゃんも当てはまらない気はするけど。
まー、とにかく王都に戻ってもウェイト家とドラン家に関しては気を抜かないようにしよう! ご忠告ありがとう、レジーナちゃん」
「レジーナ様とお話ができて良かったです」
「こちらこそありがとうございます。長旅でお疲れのところ、マリオット家でもてなしができず申し訳ありません。この家は彼の家ですから、宿代わりに本日使っていただいて構いませんので」
レジーナが部屋の隅に目を向けると、黙って話を聞いていた青年がこちらに向かってにこりと笑顔を向ける。
「この家は部屋も多いですし、皆さんが宿泊できるように準備もしてあります。それに僕は料理が得意です! 期待してくださいね!」
「毒は大丈夫だろうな」
「クロードさん! レジーナ様のことまだ疑っていらっしゃるんですか」
「当然だ。彼女だって魔力が増えているんだからな」
クロードはそう言うが、ティナはやはりレジーナのことはもう疑えなかった。
何にでも公正で真っすぐな、ティナのよく知っているレジーナがここにいてくれたからだ。
イリエは先に王都に戻ると言い、ティナとクロード、それから護衛が一晩宿泊することになった。
結局青年が作ってくれた夕食をクロードはしっかり平らげていた。
「ティナ様、それでは私は館に戻ります。明日もお見送りも出来ず、すみません」
「そんなことはお気になさらないで。また王都でお会いしましょう。今回のことは本当にありがとうございます。貴女のような方が王妃となるべき方なのでしょう」
「まさか。私は地方から出てきた下位貴族ですよ。殿下にはお引き受けすると言いましたが、到底選ばれるわけないと思っているから言えたことです」
レジーナは当然というようにきびきびと答える。
「しかし、私は学園や魔法局で起きている失踪についてまったく知らずに過ごしてきました。自分が同じ立場になってようやく深刻さに気づいたのです。この国を支えているのは、民ですから。民の気持ちがわかるレジーナ様が王妃に適任なのではないでしょうか」
「私はティナ様が一番適任だと思いますよ。ご自身が巻き込まれたからといって、そのような目線になれる方は多くありません」
レジーナはそう言うと、小声で付け足した。
「それに私は彼と結婚の約束をしているのです」
てきぱきと夕食の後片付けをしている青年を見てレジーナは言った。
「そうだったのですか」
「彼は私の幼馴染で……マリオット家の館からここまでの抜け道を作ったのは、家を抜け出して彼と会いたかったからなのですよ」
レジーナは少女のように柔らかく微笑んだ。それはティナが初めて見る彼女の顔だった。
「それでは殿下の婚約者候補から外れるしかありませんね」
ティナも微笑み、青年と何か言い合っているクロードを見つめた。
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